ザイラスの死
「どけっ。儂がやる」
僧兵たちの背後から進み出てきたのはマレヌスである。部下の腕ではこの若い使者を殺すことは出来ないと判断したのである。部下の命など取るに足らないが、無駄に失ってはこの後の仕事に差し支える。そう考えたのである。
「お前が謀反人の長か?」
そう叫ぶザイラスに、マレヌスがにやりと笑って答えた。
「私は僧兵長のマレヌス。神帝を殺害した賊を誅罰するのだ」
要するにザイラスが神帝殺害の犯人だというのである。
(計られた)
ザイラスはそう思い、彼らの企みに気づいた。彼らは謀反を起こして神帝を殺害する。ここへ呼び寄せたザイラスを殺してその犯人に仕立て上げる算段である。マレヌスは剣を振り上げ、ザイラスは防戦のために短刀を構えた。ただ、マレヌスは大きく踏み込んできてザイラスとの距離を縮めた。マレヌスが振り下ろす長剣の勢いを短剣で受けることは出来ず、ザイラスは身をかわそうとした。この時、彼一人なら避けることが出来たかも知れない。しかし、彼が身を避ければ、敵の刃の先に神帝の身があった。マレヌスはそれを狙ってザイラスにも神帝にも届く距離で剣を振り下ろしたのである。神帝の身を守るためにはザイラス自身の体を避けるわけに行かず、彼は神帝をかばうように正面からマレヌスの剣を受けた。彼は声も上げずに絶命した。
「お前はこのような忠義の若者まで無為に殺しおるか」
玉座に縛られたままの神帝はそんな言葉で彼の死を惜しんだ。
「いいえ、この者は神帝を殺害する謀反人にて」
ニヤリと笑ったトロイアスは、ザイラスの死体から短剣を手にして、神帝の胸に突き立てた。神帝は言葉を発する間もなく、口から血のしぶきを吐いて絶命した。アトランティスが戦乱の世を神帝の元にまとめ上げられて十数年。初代神帝の治世はここで終わり、新たな戦乱の世を迎えるのである。
「では、後は手はず通りに」
トロイアスはロゲルスゲラの者どもを眺め回すように言い、彼らもそれに応じるように薄笑いを浮かべて頷いた。
トロイアスは僧兵部隊を三つに分かち、ルージ国公邸、リダルに賛同して同時に兵を挙げるヴェスター国とグラト国公邸を襲って、留守居役の者ともから、使用人の男女に至まで神帝殺害の謀反関係者として皆殺しにする。
ロゲルスゲラの者たちは、反逆者アトラス王子の直属の将が神帝を殺害したというルージ国謀反の報と、彼らを討伐せよとの使者を、シュレーブ国とフローイ国に送るのである。その点、あらかじめ詳細に計画されていて齟齬はなかった。
リダル王が将来は息子アトラスを支えると信じ、アトラスは密かな兄に対する敬意を感じていたザイラスはここで命を終えた。もちろん、ザイラスの運命をアトラスは知らない。




