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帰国2

 先頭のリダルと距離が開いた。それを言い訳にするように、アトラスはそれ以上の言葉を発せず、エリュティアの言葉も聞かず、愛馬を駆けてエリュティアの傍らを離れて列の先頭の父親の傍らに戻った。男女関係に未熟なアトラスにはそれ以上の言葉はなく。エリュティアも突然の出来事に驚くのみでアトラスを引き留める心の余裕はなかったのである。

 やがて、ルードン川の南の岸辺が見えてきた。小規模ながら上流や下流の町を結ぶ港があり、リダルらはここで船に乗り換えて河口の町に出る。そこには聖都シリャードに侵入できないルージ国の軍船が停泊している。それに乗り換えて母国に帰るのである。

 その港に異様な一団がいた。シリャードに駐留するアテナイ軍である。数は五十人ばかりだが、大きな盾や槍を持った完全武装の姿で、人々を威圧しているのである。港にルージ国の一行が入ってくるや、アテナイ兵たちは盾と槍を打ち鳴らした。リダルは怒りを込めた視線で応えたが、配下に手出しはさせなかった。ここはアトランティナにとってもっとも聖なる場所で、いかなる理由があれ、各国は戦火を交えるわけにはいかないのである。それを知っているからこそ、示威行動とも言えた。ルージ国一行が船に乗り込むのを見届けたアテナイ兵は一斉に雄叫びを上げた。ルージの者どもをシリャードから追い払ってやったと言わんばかりの勝利感をにじませた声である。


(ほぉっ)

 リダルは川辺の蛮族を眺めていた憎々しげな表情に、口元をゆがめて笑顔を作った。傍らにいる息子アトラスの様子に気づいたのである。蛮族の兵士の威圧にもひるむことなくじっと彼らを眺めていたのである。父親はその姿を息子の剛胆さとみた。しかし、その本当の姿は恐怖感より、異なる民族への好奇心であったかもしれない。事実、アトラスの視線は昨日剣を交わした一人の若いアテナイ人に向けられていた。エキュネウスである。盾と槍を打ち鳴らす兵士の端で、彼自身は昨日出会ったアトラスを凝視しながら、鎧の胸板を拳で叩いて名乗りを上げていた。

【私は、エキュネウス】

 繰り返される言葉に、船上のアトラスは彼の名を理解し、二人は互いの人格を探り合うような視線を交わしあっていた。

【私は、エキュネウス。戦場でお前と相まみえ、勝利する者だ】



 ピーーー。

 この時に、甲高い指笛の音か響きわたって、人々の視線を集めた。長い黒髪の少女が岸辺の木に登り、太い枝に腰掛けて船上を眺めていた。肩まで露わになる質素な一般民衆の衣服を着た少女がフローイ国の王女だと気づく者は、アトラス以外にいなかった。

「別れに来たのか?」

 アトラスはそう呟いた。リーミルはアトラスが与えた腕輪を左腕にはめて振って見せたが、言葉は発しない。どんな言葉を交わせばいいのだろう。互いに好意が混じった好奇心を感じてはいるし、夫婦という関係をぼんやりと意識しもした。今は、ただそれだけの関係である。二人は小さくなる互いの姿を黙って見送った。

 ルージ国王子アトラス、シュレーブ国王女エリュティア、フローイ国王女リーミル、アテナイ軍の若き将エキュネウス、この四人の運命は絡み合いつつも、ここで解ける。様々な思いとともに、四人の運命が再び絡み合い始めるのは、五十日ほどの時を経てからである。

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