帰国
アトランティス議会の奥で起きていることを知らぬまま、議会の終了と供に各国の国王は帰国の準備を始めていた。ルージ国王リダルは、猛る心に曳かれるように兵を挙げるべく、この日に帰国の途についていた。
ルージ国を示す青い旗を捧げ持つ従僕の直後に、馬に乗ったリダルが続いた。行列は総勢八十名ばかりである。
「もっと、近こぅ」
リダルの言葉は常に短い。アトラスは父の言葉をよく察して、彼が乗る馬を父に寄せた。リダルは言葉を継いだ。
「民の目をよぉ見ておけ、戦の道筋が見えてくる」
行列を眺める人々の目には、勇猛さを持って鳴り響くリダルに対する畏敬、リダルがもたらす戦乱へ恐れがあり、行列に顔を背けて囁きあっている者どもからも、不安感が漂ってきた。リダルは道筋という言葉を好んで使った。戦の道筋というのは、この場合、これから起こす戦の目的ということだろう。リダルは息子に、民を眺めながら、何のための戦かを考えろと言うのである。
「あれは」
前方からやって来た行列は足並みを街道の端に寄せて停止した。行列の先頭の旗持ちが掲げる旗を見れば、シュレーブ国の王族の行列だとわかる。向こうもこちらがルージの王の行列だと判断して道を譲ったのである。この場合、王族より国王の行列が優先させるのが習わしである。リダルは馬上からシュレーブの列に一礼したのみで、その傍らを通り過ぎた。
「あっ」
一瞬、シュレーブ国の列の中央の輿の傍らを通過しようとしたアトラスは、輿に乗る人物と視線が合った。アトラスの心が乱れた。輿にいたのは神帝を訪問した後、帰途についたエリュティアである。彼女もこの地を去るために、叔父である神帝に別れの挨拶に赴き終えていた。その帰りの行列だった。外見の武人の姿の内側の純朴な青年の心の中で複雑に思いが絡み合った。彼女に対し失礼な対応をしてしまったことに対する後悔の念や、自分の行為を謝罪しなくてはならないという思い、しかし、自分の思いをどうやって伝えるべきかわからないもどかしさ、口に出して言葉で表現できない心の内が、アトラスの表情に戸惑いを浮かべさせ、やや乱暴な仕草で懐から小さな袋を取り出させた。
「月の女神の涙と申します。涙とともにあなたの心が癒され、心の平安が訪れますよう」
アトラスは輿に馬を近づけて、エリュティアに押しつけるように謝罪の印として袋を渡した。輿の中でアトラスの言葉の意味を確認するように袋を開けたエリュティアの手のひらに一粒の真珠が落ちた。大粒で美しい光沢を持っていた。しかし、普通に見かける球状ではなく、やや一部歪んでいて涙の滴のようにも見える。
エリュティアはとまどいつつ、アトラスの背に声をかけた。
「願いますれば、貴方様が救国の英雄として、私の元にお戻りくださいますように」
アトランティス救国の主として再び出会いたいというのである。




