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ロゲルスゲラの陰謀

 その夜、アテナイ軍の砦に引き上げていたエキュネウスは、部屋に副官カルトレウスの訪問を受けた。用件は夕刻の娼家のトラブルの事かと考えたがそうではなかった。

「エウクロス様がお呼びです」

「この国の者と剣を交わしたことなら報告済みだが」

「いえ。これから客人が来るので同席せよと」

「客人だって?」

 カルトレオスに案内されて入った司令官室の光景は、この国の腐敗を聞いていても、若く理想に燃える青年には驚きを伴った。招き入れられた男は、目立たない質素なフード付きの衣類をまとっていたが、高慢さと卑屈さが漂い、他人に命令するのに慣れた人物だと知れた。

 男は卑屈な笑顔を浮かべてアテナイの言葉で、エウクロスと挨拶を交わした。エウクロスと同席するエキュネウスを紹介されたものの一片の会釈を与えたのみで、若造など相手にできないというエキュネウスを舐めきった態度を隠そうとはしなかった。

 エウクロスはテーブルに客を導き、向かい合って座った。エキュネウスと副官カルトレウスはエウクロスの背後に控えて立った。

最高神官ロゲルスゲラのお一人、クジースス殿であらせられます】

 エウクロスがささやいた言葉にエキュネウスは驚きで目を見開いた。エキュネウスにとって信じがたいのは、この人物がこの大地の九カ国を統率するシリャードの政治を司る六神司ロゲルスリンを構成する最高神官ロゲルスゲラの一人だと言うことである。



 クジーススは卑屈な笑みを浮かべてエウクロスに語った。

【アトラス王子は我らの挑発に乗り、神を侮辱したばかりか、反逆者の汚名を着ました】

 そんな言葉に驚く様子も見せずエウクロス司令官は日常話のようにさりげなく、しかし、注意深く質問をした。

【リダル王は?】

【父の狼は、牙を剥きだして、アテナイに戦を挑むとのこと】

【戦とはいつのこと?】

【ルージ国一行は明日帰国いたします。戦支度を整えて戻ってくるのは2ヶ月後かと】

【して、その兵力は?】

【七千から八千。ルージ軍に合流する国の兵力を合わせれば、総勢一万五千を超えるかと推察されます】

(一万五千……)

 その数字の大きさに、エキュネウスは息をのんだ。ギリシャ諸部族がかき集めてこのシリャードに駐留させている兵士は二千人。その数倍の兵力で攻め寄せてくると言うのである。しかし、エウクロスは動揺も見せずに他人事のように聞いた。

【勝算はおありか?】

 エウクロスは戦うのはアテナイ軍ではないと言わんばかりである。クジーススは笑って応えた。

【ルージと、フローイ、シュレーブ、牙を持つ者どうし、噛み合わせれば、互いののど笛を食いちぎりましょう】

 自信満々で答える様子には、既にアトランティスの国々を争わせる計略が立ててあるということがうかがい知れた。

【なるほど。楽しいお話でしたな】

 エウクロスは席を立って面会を打ち切って、クジーススを入り口へと導いた。クジーススは姿を現したときと同様に深くフードを被って顔を隠し、足音も立てずに立ち去った。



【彼らはいつも来るのか?】

 エキュネウスの問いに副官のカルトレウスが答えた。

【いつもは使者が来ます】

 エウクロス司令官は甥のエキュネウスを振り返り、意味深な笑みを浮かべた。

【事が重大ゆえ、我々のご機嫌を取るために直接来たのだろうよ】

【アトラスとか言う王子を反逆者にしたとか?】

 エキュネウスの言葉に興味がないと言わんばかりに、エウクロス司令官は話をそらした。

【儂は退屈でたまらぬ。儂が何をせずとも、利に聡い奴らが自らの保身で、我らのために働いてくれおる】

 副官のカルトレウスが頷いていった。

【全くです。この地は欲と猜疑心でまみれています。我らはその混沌を少しかき混ぜるだけ。彼らの心の底の憎しみが水面にわき出して参ります】


 エウクロス司令官は何かを思いついたようにニヤリと笑って言った。

【そうだ、ちょうどよい。一つ仕掛けてみるか】

【何か思いつかれましたか?】

【エキュネウス。明日、港でルージの者どもに挨拶して参れ。アトラスという王子のことが気になるなら、その時によく見て参るが良かろう】

【挨拶?】

【武装した兵士五十名ばかりつけてやる。帰国するルージの王族に我らの雄叫びを聞かせてやるのも良かろう】

【戦端を開く決心をした者どもです。戦いになりませんか?】

 エキュネウスのそんな疑問を、エウクロス司令官は笑い飛ばした。

【このシリャードは彼らにとって血で汚せる場所ではない。たとえ挑発を受けようと、我らに手出しはできまいて】

【なるほど、ルージの者どもに我らを意識させ、必ずや兵を挙げてもらわねばなりませんからな】

 副官エウクロスのそんな言葉に、エウクロス司令官はニヤリと笑って頷くのを、若いエキュネウスは黙って眺めていた。


 そんなエキュネウスを振り返り思いついた素振りを装って言った。

【おお、エキュネウスよ。お前は剣を失ったとか。この剣をお前にやろう】

 エウクロス司令官が差し出したのは派手な装飾からほど遠いが、束はよく手に馴染み、鞘から抜いてみれば幅広く厚みのある鋼の刀身が曇りのない光を反射していた。

【これは?】

【我が兄、そしてお前の父親から、儂がもらったものだ。しかし、今のお前に相応しかろう。良く鍛えられた刀身は容易に折れることはあるまい】

 エウクロス司令官は考えた。この甥は、夕刻に自分が戦った相手が誰か、まだ知るまい。明日、それを知ることになる。どろりと粘るような陰謀の中で夜がふけていった。


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