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剣を交わす

 アトラスがその剣の切っ先を新たに現れたアテナイの指揮官らしいエキュネウスの喉元に向けて何かを言ったが、エキュネウスにはその言葉の意味が分からない。ただ、新たに十数名の兵士が現れたにもかかわらず、彼アトラスは臆する様子を見せなかった。

【待て。我々はその者どもを罪人として砦に引き取るために来た】

 エキュネウスはアトラスに向けて大声でそう呼ばわったが、アトラスの言葉が理解できないのと同様、アトラスにもエキュネウスの言葉は理解できまい。ただ、エキュネウスに戦闘の意志がないことは察したらしい。エキュネウスに向けた太刀の切っ先を転じた。まだ抵抗を続けてアトラスに向けて剣を振る兵士に、アトラスは止めの太刀を振り下ろそうとしたのである。

【待てと言うに】

 そう叫び終わるまもなく、エキュネウスは腰の剣を抜いて駆け寄って、アトラスとの間を詰め、アトラスが振り下ろした剣を下から払った。思いも掛けない攻撃に、アトラスは剣を取り落とし、エキュネウスは剣の切っ先で地面に落ちたアトラスの剣を指して言った。

【争う気はない。剣を拾って去れ】

 エキュネウスは剣を鞘に収めつつ、去れと言った言葉の意味はアトラスには通じていないらしいことを悟った。若者は落とした武器を拾えと言ったことは察したらしく、地面に転がった剣を拾い上げたが、エキュネウスに剣を向けて向き合ったのである。エキュネウスも再び剣を抜かざるを得ない。目の前の青年が剣を抜き、指揮官エキュネウスもまた剣を抜いて応戦しようとするのを見た部下たちも手にしていた槍を構えた。

【お前たちは手出しをするな】

「ほぉっ、一人で私の相手をするというのか。その無謀さ、教えてやる」


 エキュネウスが推測したとおり、アトラスはよほど訓練を受けていてその剣裁きは鋭く、受けた剣を通じて腕がしびれるようだった。一方で、アトラスは兵士として一通りの剣の使い方を経験しただけの兵士を相手にして、アテナイ人の剣の強さを推し量っていたが、新たに剣を交えた男の剣さばきと身のこなしに舌を巻いた。剣を会わせること数十合。二人は互いに荒い呼吸を整えるために剣を構えたまま距離を置いた。

「面白い。なかなかやる」

【お前のような者に出会えたこと、戦闘の神アレースに感謝を捧げよう】

 二人は再び接近して剣を会わせた、一合、二合、そして、破滅的な音。エキュネウスの剣がアトラスの剣の激しさに耐えられず折れたのである。両者の剣の扱いの上手下手ではなかっただろう。既に百年以上もの長きにわたって鋼の剣が鍛えられているアトランティスと、古い青銅の剣が鋼に置き換わろうとする時期のアテナイの未熟な製鉄技術の差であったに違いない。

 エキュネウスは次の攻撃を予想して右手に残った剣の束を捨てて、武器を持たないまま身構えたが、アトラスは意外にも剣を鞘に収めた。その行為を剣を失った敵に対する哀れみだと考えたエキュネウスは叫んだ。

【剣は折れても、アテナイの誇りは折れては居ないぞ】

 もちろん、そのアトラスが言葉の意味を理解することはない。アトラスは静かに言った。

「これ以上、戦う理由があるとでも?」

 偶然、三人の女を守らねばならない状況に遭遇して、その義務は果たした。見たところ、新たに駆けつけた蛮族は仲間を収容に来たのみで、女たちや周囲の民衆を傷つける気配はないのである。アトラスは蛮族を一瞥して立ち去ろうとした。この時、二人が発した言葉が同じ意味を持っていたのは偶然だったろうか。

「この次は、戦場にて」

【軍神アテーナーが我々二人を戦場で相まみえさせるように】


 蛮族どもに背を向けて立ち去りつつ、アトラスは妙に心地よい興奮を覚えていた。勝利感でも優越感でもない。今まで誰かが指示や運命に身を任せて生きてきた。あの蛮族の青年との戦いは、アトラスが初めて自分で運命を決めたきっかけになったのかもしれない。

 エキュネウスもまた、あの不思議な若者の表情をハッキリと心に刻んでいた。このアトランティスでは占領軍として憎しみの視線を受け、蛮族タレヴォーとして侮蔑的な扱いも受ける。しかし、あの青年がエキュネウスを眺める目にそんな感情は皆無だった。というより、まるで巧みに操られた人形のように感情そのものを感じ取ることが出来なかったのである。

 事件のきっかけになった三人の娼婦は、彼女たちに仕事の報酬と事件の謝罪を兼ねているらしい銀の小粒を丁寧に渡して去ったエキュネウスを、先に彼女たちの礼も聞かずに立ち去ったアトラスと見比べるように見送った。社会の底辺で蔑まれる事が多い職業の女たちだが、いままで彼女たちに蔑みの感情を持たず、彼女たちを人として扱い、接したという意味で、アトラスとエキュネウスはよく似てたのである。


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