反逆児
一方、神帝も目の前のアトラスに好意的な興味を抱いていた。エリュティアが嫁ぐ相手かもしれないという興味である。神帝はアトラスに声をかけた。
「おおっ、そなたがアトラスか」
「左様です」
その短い返事を聞くやいなや、神帝の傍らに控えていた最高神官の一人グリポフが、アトラスを遮るように声をかけた。
「王子、無礼はなりません」
神の座に列する神帝に直接に返事ができるのは、各国の国王のみ。たとえ、神帝から声をかけられた王家の者であろうと、直接返事を返すなど許されないというのである。もちろん表向きの儀礼で、神帝はエリュティアとは叔父と姪の関係で直接に話をしている。神帝はグリポフを制して言った。
「まぁ良い。儂はこの若者と話して居る。アトラス、勇敢な戦士よ。リーミル姫を救ったとか。その勇気と剣はお父上譲りか?」
「勇気と信念は父から、剣と格闘技は師から学びましてございます」
「そなたが受け継いだものと、学んだものを大切にするがよい」
神帝はそう声をかけながら、これがエリュティアの婿になるのに相応しい青年かどうか値踏みをしてもいた。神帝は続けて答えた。
「そなたは、何のために力を得、誰に仕えるために知恵を得る? 愛する者を守り、その者の敬愛を勝ち得ることができるか?」
神帝は今の神に連なる立場では、エリュティアを姪とは呼びにくいが、その姪を妻に迎えて幸福にできるのかと問うのである。模範解答をすれば神々に仕えるという返答をしなければならないし、神帝が示唆するものを察していれば、妻とともに神の導きによって歩むという回答をすればいいのかもしれない。ただ、この日のアトラスは、このシリャードで起きた様々な出来事で心が落ち着かず、神を奉る神聖な場で、神ではなく、自らと人々の存在に心を奪われた。
「私はこの大地と、ここで受けるた生を見守る者に、仕えるのみ。神々にはその姿をご照覧いただきたく」
「聞き捨てなりませぬ」
最高神官の一人ガークトがそんな言葉でアトラスを遮って、侮辱のこもった疑問を投げかけた。
「未熟な王子よ。そなたが仕えるのは、この世界におわします神々か、それとも、己の野望にか」
「このアトランティスを害そうとする者があれば、それが例え神であろうと私の敵です」
「またれよ、若き王子よ。それは、神々を冒涜しているのか」
「我らはそなたの神々への侮辱は聞き流せぬ」
神帝の右傍らに控える最高神官の一人、クジーススが席を立ち、憎々しげにそう叫んだ。アトラスの発言は激しいが、神々への侮辱というほどではない。これだけならクジーススという男が、アトラスを非難することで、自分自身の信仰の篤さを喧伝しようとしたのかともとれる。しかし、最高神官の狡猾さはこの男だけではなかった。神帝の左傍らのブクススも立ち上がりアトラスを糾弾した。
「如何にそなたが勇敢であろうと、神に対する不敬は許されぬ。王子よ、履き物を脱いで、即刻、神に謝罪されよ」