アトランティス議会にて
アトランティス議会の様子など、アトラス自身は噂で聞き知っていたのみである。その光景が今のアトラスの目の前に広がっている。議会の門をくぐった所に控えの間があり、各国の侍従たちはここから奥へは入れない。この先は神々が支配する神聖な場所として、神に仕える巫女や神官、各国の王のみしか入ることが許されない。その奥は神々の像が建ち並ぶ、幅一トリスタン(20m弱)、長さ五トリスタンの長い廊下があり、最も奥には巨大な真理の女神像を安置する会議場があるという構造である。神官に導かれながらその廊下を歩くアトラスは、無言のままその精緻さに息を飲んでいた。神々の像が建ち並ぶ巨大な通路というだけではなかった。意図的に小さく設計された窓によって、日中だというのに廊下はやや薄暗い。しかし、さの小さな窓から差し込む日の光がそれぞれの時間に応じて、特定の神像を明るく照らし出すように仕組まれている。外部の水路から引き込まれた水が、川を模して神々の足下を潤し、そこには水草が美しい花を咲かせていた。
「ルージ国アトラス王子のお着きでございます」
アトラスを導く神官がそう伝えると、左右の門戸を守る僧兵が叫んだ。
「開門」
衛士が左右の観音開きの扉に手をかけて開くと、そこに会議場の景色が広がっていた。アトラスは左右を見回すように眺めたが、圧倒されるようで声が出ない。最も奥に見える弓を構えた女神の神像は真理を司るルミリア神である。天井にもうけられた大きな円筒形の明かり取りの窓から差し込む光が像の表情を照らしていた。照らされる角度によって神像の表情のイメージがかわる。像の真正面上部から日の光が差すこの時間帯は、柔和だが人の心の底まで見通すほどの洞察力を感じさせる表情だった。その像の両脇には2本の樹木があり、それを囲む大きな鳥かごの中で十数羽の小鳥がさえずっていた。
そんな像の手前の席に着く者は神帝、その左右に三人ずつ控える者たちは神帝を補佐する諮問機関六神司院の六人の最高神官者だろう。更にその手前に円卓があり、九カ国の王たちの席があった。いまは、ルージ国王リダルと、フローイ国王ボルススが席を離れて門の内側でアトラスを待っていた。
リダルが息子に声をかけようとする寸前、ボルススは祖父が孫を扱うように、満面の笑みを浮かべて大きく広げた腕でアトラスを抱きしめた。
「おおっ、勇者よ。よくぞ、我が孫娘を救ってくださった」
その感嘆ぶり、アトラスを抱きしめる動作の大きさなど、孫娘のリーミルに示す愛情より激しい。ボルススの演出である。リーミルとアトラス、ひいてはフローイとルージの関係を諸国に印象づけておこうというのである。
ボルスス王はアトラスの手を引くように、部屋の奥の国王たちより一段高くなった神帝の玉座の前に導いた。アトラスは神帝を仰ぎ見た。
(ほぉ……)
様々な考えは、神帝から放たれる雰囲気の前で薄れて消えて、感嘆のみが残った。アトラスと距離を置いて眺めれば、アトラスの前と左右にいる3名の人物、昔オタールという名で呼ばれていた神帝と、アトラスの父リダル、フローイ国のボルススは、この神帝の座に推され、各国の投票によってオタールが選ばれたという。アトラスはそのオタールにアトランティスをまとめ上げるに相応しい人柄を感じたのである。ただ、神帝の両脇に3名づつ控える神帝の諮問機関ロゲルスゲリンを構成する最高神官たちから、何故か隠す様子もない悪意が感じられる。




