失意のザイラス
明くる日の朝、アトラスの命でザイラスを探すアトラスの近習の一人、ラヌガンは館の入り口にザイラスの姿を見つけて声をかけた。
「ザイラス。我らが王子がお呼びだ」
その声に怯えるように振り向いたザイラスの表情は、焦燥感に満ちていて、目は充血し、髪は乱れて、普段の理知的なイメージがなかった。昨夜から近習仲間の居室に戻っていなかった。何を思い悩んでいるのかは分からなかったがこの場所で一晩を眠らずに過ごしたらしい。ラヌガンは再び声をかけ、ザイラスはよろりと不安定な足下を踏みしめるように立ち上がった。ラヌガンはザイラスを先導して歩きながら声をかけた。
「ザイラス。良い気持ちか? お前はウルスス殿の進言で出世するそうだな」
このラヌガンという若者はザイラスより年若く、王子の近習としての経験も浅いがザイラスと対等以上の物言いをする。それがラヌガンという青年をよく表していた。度胸もあり剣の腕も卓越している。そして、そんな彼がアトラス王子に抱くのは紛れもなく純粋な忠誠心だが、そのより所は、アトラスがルージ王家の正当な世継ぎだという事である。彼にとって血筋の正しさが全てで、ザイラスは見下す相手である。
「ザイラス。どうした?」
近習仲間のテウススが、ラヌガンにつれられて近習の居室に戻ってきたザイラスを眺めてそう声をかけた。普段は誰より身だしなみはしっかりしていて隙を見せない。近習たちも初めて観るザイラスの姿だった
「とりあえず、身だしなみを整えよ。我らが王子が余計な心配をする」
オウガヌが洗い桶に水をくんで、ザイラスに顔を洗えと差し出した。テウススはブラシを手にして大あわてでザイラスの髪を梳いた。この時、自室でザイラスを待ちきれなかったアトラスが、この部屋に姿を現した。
二人は一瞬見つめ合い、すぐに互いに相手の視線を避けてうつむいた。アトラスには昨日ザイラスに言ってはならないことに触れてしまったという罪悪感があり、ザイラスにはこの王家の人々や仲間を裏切り続けていたという秘密が心の底にわだかまっていた。
アトラスが笑顔を作ってザイラスの声をかけた。
「ザイラス。聞いたぞ。ウルスス殿の部下としてシリャードに残るとか」
そういうアトラスの表情は、まるで出世する兄を褒め称えるような様子がうかがえた。しかし、返事を返すザイラスにはいつもの元気がなかった。
「ありがとうございます」
ザイラスはそう言った後、つまらないことだと言わんばかりに話題を変えた。
「何か、私をお呼びとか」
ザイラスは表情にはわずかに作り笑顔を浮かべてはいたが、その声には感情が感じられない。
(昨日の私の言葉を気にかけているのか)
アトラスはそう思ったが、他の側近の手前、素直に謝罪することもできず、笑顔を浮かべたまま口ごもるように言った。
「今日、私はアトランティス議会に召し出されることになった」
「おめでとうございます」
「それで、議会にゆくに辺り、何か気にかけておくことはないかと・・・・・・」
アトラスは信頼するザイラスに何かアドバイスが欲しいというのである。
ザイラスはアトラスの意図を察し、自嘲的に考えた。
(裏切り者で内通者の自分に、アトラス王子にアドバイスなどできようか)
ただ、その思いを口にはせず、感情を交えず言った。
「我らが王子よ。思うがままになされませ。ご自身の信念の赴くままに」
ザイラスは近習仲間の間でも飛び抜けて思慮深く勉強家で、礼儀作法にも詳しい。ひょっとすれば、同僚から蔑まれる血筋を補うために、身につけたという悲しい過去があるのかもしれない。普段なら、兄のように心のこもったアドバイスをしただろうが、この日のザイラスにはその配慮が欠けていて、アトラスの判断のみに委ねたのである。その冷たく見える態度はアトラスの心に罪悪感を生んだ。
(やはり、私はザイラスを傷つけてしまった)
この時に、リダル王に仕える小者が、王の指示を伝えに現れた。
「我らが王子、出発の時間でございます」
会議に招かれるという嬉しさに相まって不安やザイラスに対する罪悪感が入り乱れたまま落ち着かず、アトラスは議会に向かうことになったのである。リダルは先に議会におり、列席する関係者とともにアトラスを待っている。




