運命の予兆
早朝、シリャードの大地が大きく揺れた。町では水路の水面が踊るように揺れるのが見え、家の中では棚の中の品が床に散乱し、水差しがテーブルの上で倒れ、人は足下の揺れと不安と恐怖で歩くことが出来ないというほどの地震だった。
もちろん、アトランティスの大地が地震に見舞われることは過去にもあった。しかし、平均寿命が五十歳ばかりのこの世界では、年老いた語り部が物語る伝説にも近い事象で、伝説に聞く地震を初めて経験する者も多い。人々は不安におののいた。
幸い人的被害はほとんどなかったが、長い社会的混乱の中にいる人々の不安をかき立て、聖域に蛮族の軍の駐留を許しているアトランティナに対する警告だという者やら、アテナイの神々がアトランティスの神に挑みかかってきたと言う者がいて、シリャードの内部が落ち着かない。更に警備に当たる近衛兵たちがシリャードの被害状況を調べるために町の中を駆け回るようにうろついていて、アテナイ軍との軍事衝突があるのではないかとさえささやかれた。
ただ、政治的な駆け引きをする者たちにとって、地震など無関係であるといわんばかりに、エリュティアが予定通りアトラスの元を訪問するという先触れの使者がルージ王の館に駆け、ルージ側はその使者に、予定通り歓迎の準備を整えているとの返答を持たせて返した。そこにアトラスとエリュティアの意志が反映されることはなかった。
フローイ国王の館では、国王ボルススと孫娘リーミルがなにやらひそひそ話に熱中する様子で、六神司院の者どもは欲望を満たすために占領軍に接近するばかりではなく何かのはかりごとを秘めている。その者を利用しようと図るアテナイ軍や、排除を図る神帝の動き、このシリャードという都市国家の内部は、様々な人々の思惑が渦巻いている。ただ、この地震がこの後のアトランティスの命運を示す予兆だと気付いた者は誰も居なかった。




