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アテナイの若き武将エキュネウス

ルードン河の左岸沿いの街道を上流に向かって遡る一団がある。彼らは東の異郷から海を渡り、ルードン河の河口のソムの港町から大きな丸い盾を背負い、背丈ほどの短槍を手に、腰には剣を帯びてアトランティスの大地を踏みしめながらやってきた。人の顔立ちは似ていてもその装備はアトランティスの物ではない。アトランティスを武力占領するアテナイ軍の一団である。

 彼らは突然に緊張感をみなぎらせ、背負った盾を下ろして構えた。右手の方向から異様に響く馬蹄の音が接近してきたのである。アテナイの占領に不満を抱くアトランティスの不穏分子がアテナイ軍の一隊を襲撃するというのは起こりえる状況であった。兵士は戦闘に慣れた精兵で、すでに道を挟んで二手に分かれ、姿勢を低くして盾と槍を構えていた。

 ただ、部隊の先頭に立つ若い指揮官のエキュネウスは、兵士に指示して戦闘態勢を解かせた。接近してくるものが武装している気配のない二輪馬車で御者の姿がない、馬車の上で怯える二人の女性の姿が見える。何かに驚いた馬が暴走したに違いない。そう判断したのである。

 エキュネウスは街道に立ちふさがり、両手を大きく広げて叫んだ。

「友よ、恐れるな」

 声は低いがよく通り、蹄の喧噪さえ貫いて馬の耳に届いた。エキュネウスは馬に話しかけている。馬は突然に行く手を遮られ、声が耳を貫いた。さすがに言葉の意味は分からないが、包容力のある雰囲気と、立ちふさがった人物の人柄が馬にもよく伝わった。馬は大きく上げた前足の蹄を地に付けて荒い息を吐いて静止した。

 エキュネウスは馬の首筋に体を寄せて乱暴なほど首筋を叩いて馬を褒めた。

「おおっ、なんという見事さ、アポローンの車を牽いていたと聞いても疑いはせぬ」

 エキュネウスは荒々しい手つきを徐々に繊細に動かして、馬の感情を沈めつつ、馬を愛でた。彼の手の平に馬の熱い体温が伝わった。彼の正体をうかがうように振り返った馬の吐息の荒さが静まるのを待って、彼は馬車にいた二人の少女に視線を向けた。


 突然に暴走し始めた馬車の上で命の危険さえ感じていたが、その恐怖から解放された。しかし、見慣れない異郷の武装集団に囲まれている。二人の少女は安堵感と新たな緊張感の混じった感情の中にいる。年格好は似通っているが、幾分年長者を感じさせる黒髪の少女がもう一人の金髪の少女を守るように胸に抱いていた。黒髪の少女、フェミナにしてみれば、命を救われたという状況だが、感謝の念以上に異郷の者に侮蔑的な感情を露わにしていた。

 この時に、後方から息を切らせなが駆けてきた男が居る。振り落とされた御者らしい。主人が異郷の戦闘部隊に囲まれているという状況に、御者は戸惑いながらも腰の短刀を抜いた。主人を守るつもりなのだろう。

 エキュネウスは右の拳を上げて兵士に元の行軍隊形を取るように命じた。御者も冷静になれば、戦っても無駄だということ、何よりエキュネウスらが少女を傷つけては居ないことは分かるだろう。

「友よ、お別れだ」

 エキュネウスは馬の首をぽんと叩いてそう語りかけ、侮蔑的な視線を向ける黒髪の少女にも黙礼をした。エリュティアがフェミナの胸に埋めていた顔を上げたのはこの時である。

(アフロディーテか……)

 エキュネウスはエリュティアの姿をそう評した。顔立ちに幼さが残るが、一瞬交わした視線には内面に深い包容力を感じさせる。エキュネウスはそんなエリュティアの雰囲気に母国の美と豊穣の女神を感じたのである。

 黒髪の少女がエリュティアを武装集団からかばうように抱きしめたために、見つめ合うエキュネウスとエリュティアの視線が遮られた。エキュネウスは夢から覚めるように本来の任務を思い出して兵に短く指示を出した。

「前進」

 すでに目的地のシリャードの城壁が見えていた。

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