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つかの間の平穏と分かれ

 フローイ国王の館の出来事も、何もなかったかのように過ぎ、明くる日を迎えた。

 エリュティアはフェミナに伴われて、御者を伴っただけの馬車でシリャードの城門をくぐった。幼なじみとして、語り合うのに良い場所に案内してあげるというのである。エリュティアの失意の様子を見たフェミナが彼女を励まそうとしたに違いない。

 ルミリアの神殿を中心にぐるりと円形に城壁が張り巡らされて、その内側が聖都シリャードというアトランティスを束ねる都市国家である。

 ただ、その城壁を一歩出れば、アトランティス大陸の中原に存在するシュレーブ国である。北東にはグラト、北方にはレネン国とアルム国、西にはナリズム山系で隔てられてフローイ国があり、南西にはゲルト国、南方にはグラトとラルトの各国、東には海を隔ててルージ国が存在するという位置である。

 この辺りはシリャードに人口が集中し、城門を出ると嘘のように人の気配が絶え、静かで豊かな緑の森が随所に存在する。王族の狩り場に指定され、一般民衆の立ち入りが禁止されている場所も多い。シュレーブの国力を支える豊かな穀倉地帯は、ルードン川をもう少し下った辺りである。

 二輪馬車が向かう先は、そんな森の一つ、道が途絶えるのかと思われるほど細く、熟練した御者が手綱さばきに苦労する様子がうかがえる。やがて道は途絶え、馬車は木々の間を縫うように北に目ざし続けた。

「止めて」

 フェミナが御者に馬車を止めるよう指示し、エリュティアの方に顔を転じて言った。

「見て、エリュティア様。前に見えてきたあの細い川が目印」

 希望が広がるように甘い香りがし、木漏れ日の間を縫うように蜜蜂があわただしく飛び交う場所である。フェミナは馬車を降り、御者には馬車をその場に留め置くように言いつけ、エリュティアの手を引いて小川のほとりを遡り始めた。


「すばらしいわ」

 その景色はエリュティアを満足させ、表現する言葉に詰まって絶句するエリュティアの驚きと満足感の表情はフェミナを楽しませた。細くなってゆく小川を遡って間もなく、川は地の窪みを伝い湿らせる流れとなり、やがて、その水を溢れさせる小さな泉に行き着いた。泉の周囲の水草は白く大きな花を付けて、飛び交う蝶に蜜を提供している。周囲の木々の木漏れ日が泉の水面を刺して微笑みたくなるほど眩しい。ため息をつきたくなる景色だが、二人の少女もその美しさの一部になって泉や森の精のようにも見える。

「夢の中みたい」

 エリュティアはくるりと身を翻して周囲を眺めてそう叫ぶようにそう言った。周囲から隔離された世界の中で、男どもが彼女に背負わせた重荷を感じずにすむのである。

「ええっ。九つの時に、偶然に見つけたのです。この辺りは私のお父様の領地で、誰も立ち入れない狩り場の中。私以外に知る者はいない場所。嫁ぐ前に、もう一度、最後にここを見ておきたかった」

「どうして?」

 エリュティアはフェミナの言葉に疑問を呈した。アトランティス議会のためにこの聖都シリャードに参集した各国の王族が、議会の閉会とともに帰国する。フェミナはそのタイミングでフローイの王子の元に嫁ぐ予定なのである。フェミナはフローイの人々に温かく迎えられ盛大な結婚式になるだろう。そこで結ばれた夫をこの景色を見せてやればいい。しかし、フェミナの雰囲気はそれを拒絶しているように思われた。

「フローイにあるものは、戦と銀細工だけ。あの田舎者たちには、この自然の美しさは理解できないわ」

 フェミナの言葉に彼女が婚儀を望んでいないことが窺い知れた。

「婚儀が嫌なの? それとも、相手のお方が気に入らないの?」

「私は自分が嫌なの。女だということがが嫌なの。女ってなんと無力なものなんでしょう」

 フェミナは同じ境遇にいるはずのエリュティアに同意を求めるように言ったが、エリュティアはまだ結婚と言うことが十分に理解できずにいる。


 約1ライ、現代で言えば1時間。二人は会話らしい会話もなく二人だけで過ごした。この時代、互いに別の王家に嫁ぐということが、ひょっとしたら、幼なじみの二人が過ごす最後の機会になるかもしれず、その機会が深刻な話で綴られることを避けたのかもしれない。ただ、王族という身分を背負った二人に許される自由時間はその程度のものである。

 やがて、二人は立ち上がり、元来た道を辿った。

 忠実な御者は二人の帰りを待ちながら、馬に水を与え、馬の体をブラシを使ってマッサージしていた。この美しい馬は彼の自慢なのだろう。ただ、馬は先ほどからまとわりつくように飛ぶ大きな蜂に不快感をあらわにし、落ち着かない。気づかないうちに蜂の巣に接近してしまっているのである。

 戻ってきた二人を見つけた御者は、馬車の向きを変えて二人を導いた。この時に、二人が振り返って景色を記憶に留めるように眺めるのは、この景色を二度と見ることが出来ないという予感のせいかもしれない。

 御者は馬の轡を取り、馬車を南に向けた。この時である。先ほどから周囲を飛び回っていた蜂の一匹の羽音が馬の耳を刺激した。馬は驚き興奮して、前足を大きく上げていななき、耳に煽られた蜂も興奮して馬を刺した。

 馬車は今から御者台に乗ろうとしていた御者を振り落とし、二人の少女を乗せたまま暴走を始めた。やや幸運だったのは馬車が林の木々の間を通り、道らしき場所に出た辺りだったことである。不規則に木が生い茂る中で、もう少し木々が密に茂っていれば、馬車はいずれかの樹木にぶつかって転倒して馬車に乗っていた二人は負傷していたかもしれない。しかし、蜂を振り払ったものの馬の興奮は収まらず、馬車を牽いたまま疾走している。

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