密偵ザイラスの来訪
リーミルがルージの密偵の来訪を知って、祖父の執務室に姿を見せた。
「彼の者が来ているそうね」
彼女にとってもアトラス行動には興味がある。中央のテーブルにボルススがおり傍らに侍るマッドケウスに、孫娘のいつもの強引さに肩をすくめて笑って見せた。
館を訪れたザイラスは謀略の子宮、フローイ国王の執務室の入り口にいる。部屋に飛び込むようにやってきたリーミルは傍らに居たザイラスに笑顔を浮かべた。
「ご苦労様。それで、状況は?」
王をさしおいて話を進めようとする孫娘に苦笑したボルススが、ザイラスに顎をしゃくってみせて話を進めよと指示をした。
「シュレーブ国王の館の庭園で、王子はエリュティア姫との面会を果たされました」
「それで、」
言いかけるボルススをさしおいて、リーミルがザイラスに続きを促した。
「様子はどうだったの」
「何事もなく」
「何事も? エリュティア姫は王子の腕輪に何か、」
「いえ、お話の内容までは分かりかねませんでしたが、お二人とも熱心にお話をしておいででした」
そんなザイラスの報告にリーミルは眉をひそめて言った。
「姫は腕輪には気づかなかったと?」
ザイラスが頷くのを見て、リーミルはエリュティアを評する言葉を続けた。
「なんと鈍い女」
アトラスの腕輪さえ見れば、どこかの女がアトラスという男の所有権を主張しているのが分かりそうなものだし、その腕輪が精緻な銀細工なら、フローイの女だと分かりそうなものだ。リーミルはそう考えたのである。
「それ以外には? 」
他の情報を求めるマッドケウスにザイラスは首を横に振った。
「いえ、それだけでございました」
「なるほど、何かあれば、また知らせよ」
そのボルススの言葉に、ザイラスは頷いて、深くフードをして顔を隠したかと思うと、足早に部屋から姿を消した。その後ろ姿を見送りつつ、リーミルは祖父に尋ねた。
「おじいさまは、ずいぶん役に立つ密偵を飼っておられるのね。報酬はいかほど?」
「報酬など払っておらぬわ」
「では、あの男、ただ働き? そんな男が信用できるの?」
「いや、恨みさ。あの男は父親をリダルに殺されておる」
「ふうん」
「分かりにくく信用できないとすれば、最高神官の連中よ。あの者どもは陰湿な陰謀を飲み食いして生きておる」
そんな祖父の言葉に、リーミルはふと思い出した。聞き慣れない言葉を話す男が六神司院の中に姿を消したことである。




