アトラスとザイラス
アトラスの両側に両側に各国の王族や貴族の館が並んでいた。館の造りに各国の習慣や独特の意匠が凝らされていて、アトラスは興味深げに眺めて歩いた。ルージ国王の館があるのはこの辺りから水路と街道を挟んで東北の区画である。
その中を連れ添って帰るアトラス主従だが、ザイラスの表情が険しい。気さくに物を言う主従関係だが、アトラスに意見を具申する時のザイラスが、これほど不快感情を露わにすることは珍しかった。
「王子。言っておきたいことがある。先ほどは冷や汗をかいた」
「すまぬ」
幼い頃から生活を共にし、兄弟のように育ったザイラスの言いたいことは分かる。先ほど、アトラスがエリュティアに示した態度である。
(私の尊大さが、エリュティア姫を怯えさせてしまったのではないか)
内側に秘めた素直さは、ザイラスに指摘されずともアトラスを反省させている。
(次に会った時には、今回のことを詫びねばならぬ)
そう言う意識がアトラスの動作ににじみ出すように感じられ、ザイラスはそれ以上の主人に対する苦情を控えた。
「ご自分で分かっていればよいのです。ご婦人に接する時には、敬意と優しさを忘れぬ事が肝要かと存じます」
ザイラスはそう言いながら、もう一つの自分の任務を思い出している。ルージ王家の内情を密かにフローイに伝える密偵という役割である。フローイのボルススは、この面会の事の次第について興味を示すだろうし、情報は早いほど価値がある。
「王子、テウススらが館でくすぶっております。私が連中に何かシリャードの旨い食い物か酒でも見繕って参りましょう」
幼い頃から顔なじみの信頼できる側近たちが、アトラスとザイラスより遅れてこのシリャードに着いていた。しかし、ザイラスの見るところ、連中にはアトラスほどの好奇心は無いようで、聖都という大都市に圧倒される田舎者のように、館に閉じこもるように遠出を避けている。その者どもにルージでは食べられないものを食べさせてやろうというのである。
「それはよい考えだ。大食らいのラヌガンが腹を満たせるように頼む」
アトラスは笑顔で賛同した。幼なじみの側近の名はアトラスから暗さを振り払っていた。ザイラスは僅かに頷いて、一行から離れ、足をシリャードの東の市に向けた。もちろん、市を素通りして戻り、フローイ国王の館に向かうのである。