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マールの日常  作者: スイ
8/11

8.状況判断と適応力

いつも有難うございます。

 ああ、もう!しつこい!

 これだけベロベロ攻撃が続けば、嫌でも襲う気がないことは分かる。


 多分遊んでるつもりなんだ。

 逃げるから追う、ある意味本能と言えば本能なんだろうけど。


 それにしたってさ。

 こっちは逃げ場がないのに…。


 ベッドの片側は壁にぴったりと寄せられてるから、端っこに避けるにも限度がある。

 ヤツはベッドに前脚はかけるけど、全身でベッドの上に登っては来ないからなるべく端に身を寄せたいんだけど、背当てに使ってたクッションが邪魔して寄りきれない。


 仕方なく顔を背けて、ベッドにうつ伏せになれば無防備な首筋を舐めてくるし、両手で首筋を防御すると、隙間から耳を舐めてくる。

 それならばと、クッションの一つをヤツとの間に挟むと、今度は軽く引っ張り合いになったうえに、ヤツの本気度が増して唸られてしまった。


 ダメだこの手は使えない。

 ヤツを落ち着かせなきゃいけないのに、夢中にさせてどうするのよ。

 あいにく犬を飼ったことがないので良い案が浮かばないけど、とりあえずクッションは放棄。


 そもそも何で病室に犬がいるのかしら。

 何処から入って来たのか。何時からいたのか。


 クッションが一つ減った分、ヤツの鼻先からも遠ざかりながら考えてみるけど、病人として初めて来た薬局で薬局内の構造も知らないのに分かるはずもなく、時間だけが過ぎてゆく。


 そろそろ助けが現れてもいい頃だと思うんだけどなぁ。

 普通はこの辺で助けが来るっていうのが相場じゃないかしら?


 通りすがりのカッコイイ人が…なんて言わないから、昼間に薬局長を呼びに来た黒髪のちょっと中性的な見習い君とかさ。


 せめてコールリッジ先生。

 いやいや、こうなったら薬局長でも可なんですけど。


 耳をすましても、距離ができて私にさわれなくなったヤツが鼻をピィピィと鳴らしている音しか聞こえない。


 薬局内には今、私とこの犬しかいないのかな。

 この観察輪、壊れてるのかな。

 ずいぶん良くなったのは実感できるから、もう甘えるなという暗示だったりして。


 もしくは、これからは人に頼らず生きて行け。とか?

 自分の力で何とかしろと。

 つまりは食い意地がはっていて、そのせいで周りに迷惑をかけちゃうような、ぽっちゃり女子は一人で生きて行けと!


 ひどい、ひどすぎる。

 ちょっともったいない精神を発揮しただけじゃない。

 迷惑をかけちゃったのは悪かったけど、いつもはそんな事ないのよ。

 ぽっちゃりだって、『大人になれば自然と引き締まって素敵な女性になるよ』って、昔、隣の綺麗なお姉さんが言ってわ。

『だから嫌いな野菜があっても残さず食べようね』とも言われたけれど。


 あと一年で学園も卒業だし、そしたら嫌でも独り立ちだけどさ…。


 止まないピィピィ音源に目をやれば、耳も垂れた状態で、上目使いにこちらを覗っている。

 その様子は何とも寂しげで、さっきまでの恐怖も怒りも萎んでしまう。


 何がどうなって此処にいるのか分からないけど、この犬は私が目覚めたことを喜んで、喜びが過ぎて遊びに移行しただけなんだ。


 はぁ、とため息ひとつついて、ベッドの上に座りなおし

「お座り。」

 と告げてみれば、ワゥとひと鳴きして、すんなり命令を実行する。


 もっと早く言ってみれば良かった…。


 見下ろせば、尻尾を激しく振りながらこちらを注視していて、その様子は、私からの次の指示を待っているようにも見える。


 今なら呼び鈴を鳴らせるけど、期待のこもった視線を裏切る勇気が出ない。

 何よりもふもふの夢が叶いそうな気配。

 ここはひとつご期待に応えようではないか!


 と言っても、ここは病室。

 はたと見回せば、洗面器に布。これよ。


「そのまま”待て”よ。」

 犬を飼ったことがないから、ちょっと不安だけど、尻尾をちぎれるんじゃないかと思うほど振り回したまま、一応指示は聞いて待機姿勢でいてくれる。


 先ず、濡れた布で顔と首を拭く。

 さっき舐められたからね。


 そろりとベッドの足元から下へ降りて、布を丸めて振りかぶると、わんこは次の行動が分かったのか猟犬のような構えた体勢をとる。


「よし、取って来い!」

 そう言って、細長い部屋の端から入り口の扉に向かって布を放り投げると、わんこは薄暗い室内にもかかわらず勢いをつけて取りに行く。

 病室から出ずに遊ぶ方法は、”引っ張りっこ”か”取って来い”しか思いつかなかったのだけど、この細長い病室を有効活用できるこの遊びは案外良さそう。


 丸めただけの布は投げた途中ではらりと開けて、そう遠くないところへ落ちたけど、わんこはそれを咥えて意気揚々と戻ってきた。

 おまけに、私の前に座って布を差し出す。


 快感!

 嬉しい!

 かわいいじゃない!


 つい頭を撫でれば、もっと撫でろと言わんばかりに頭を押し付けてくる。


 これよこれ。素晴らしい!

 良く見れば、灰色の毛並みは艶々で良く手入れされているのが分かる。

 手触りももちろん柔らか。


 布を受け取ると、次を待つ体勢をとるわんこ。

「今度はちゃんと投げられるように、布を結ぶわね。」


 よーし。

「とってこーい。」


 思いのほか楽しくて何度も繰り返す。

 運動神経がないから、扉に向かって投げてるのに毎回違う方に飛んでいくのだけど、わんこにとってはそれが良いらしい。

 投げてるだけなのに、ちょっと汗ばんできた。


「今度こそ、扉に当てるわよ。」

 ちょっと私の投球練習じみてきたけど、わんこも相変わらず楽しそうだし問題なし。

 放物線を描きまくりだったのが、直線に近くなってきた感じがする。

 距離も伸びて壁に当たるようになってきたし。

 上達してるわ。


「とって、こーい。」

 と力を入れて投げた布は、いい感じに真っ直ぐ扉へ向かう。

 よっし!と内心こぶしを握ると同時に扉が開き、私の手汗とわんこの涎が染みついた布が入ってきた人の顔面に当たった。


 こんなことだけ”お約束”だなんて、やり切れません…。



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