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マールの日常  作者: スイ
4/11

4.謎

 気持ち悪さ三割、恥ずかしさ六割、無気力さ一割で個室占拠を決め込んでいる私を放って置いてくれる気は無いようで、様々な方向から私の心に揺さぶりをかけて来る人が、先ほど扉の外に出現した。


「うがい用のお水と温かいお茶の用意ができてますよ。」

という言葉に喉の渇きを覚え、


「お友達はね、お昼を食べてないって言うから母屋でうちの見習いさんと一緒にお食事してもらうわね。」

という言葉に罪悪感が再燃したところに、


「学園に連絡が済みましたよ。医務室のダルトン先生が来てくださるそうですよ。」

という言葉で現況を思い出させ、


「待合室の患者さん達は、若いお嬢さんが倒れただけと思ってるわよ。」

という言葉で籠城の現最大理由を瓦解させる。


更に

「そこにいては、治るものも治りませんよ。」

と最後通牒を突きつける。


 降参です。

 不利は承知の戦いでしたが、敵方には巧みな話術と心理戦に長けた名将がいたようです。

 こうなっては潔く首を差し出すしかありません。

 


「マール・アンバーさんね。私はグレイス・ゴア。マールさんはカティラナ学園の四年生。教育学専攻の十六歳。今日は美食同好会の学園のお友達とオレアで昼食予定だった。合ってる?」

 這う這うの体で外に出ると、扉の外で待ち構えていた品の良い初老のご婦人がほほ笑みと共に、さらりと状況確認をしてくる。

さすが名将。いや、裁判官かも。


「はい。合ってます。」

 どんな判決が言い渡されるのか。緊張感と共にゴア夫人の一挙手一投足を見つめてしまう。

 薄紫の服に同系色の前掛けをした姿勢の良い姿は、簡素な服を品よくみせ、隙なくきゅっと結い上げられたシルバーグレーの髪と相まって厳しい教師のようなのだが、目じりと口元の笑い皺と声音はふんわりと優しい印象を与える。

 このご婦人、何者でしょうか。

 ゴア夫人は目じりのしわを一層深くしてほほ笑むと、大きく息を吸い


「コールリッジ先生!こちらへお願いしまーす。」

と処置室辺りに向かってびっくりするほど大きな声でそう呼ばわった。


どこからこんな大きな声が出るのか。

子供を叱りつける大家族の母親か、はたまた酔っ払い相手に立ち回る気風の良い女将かという程の大音声に、こちらが声を失った。


直ぐにやってきたコールリッジ先生は、唖然としたままの私の左腕をするりと自分の首に回すと、私の背中と膝の後ろに自分の腕を差し入れてひょいと持ち上げる。



「先ずは着替えましょうね。」

と言い置いて先を行くゴア夫人の後姿と抱き上げられたままの移動に、ふと我に返る。


 これはもしや俗にいう”お姫様だっこ”というやつでしょうか!

 こんなところで初体験するとは!

 あぁ、心の準備が。


 でも初体験がスケベじじいじゃなくて良かった。夢見た紳士、青年でもないけどね。

なんか、ちょっとドキドキしてきた。

後ろに”おんぶ”から前に”だっこ”って、一体何段階アップしちゃったのかしら。

きゃー!もしや、恋とか始まっちゃう?


 コールリッジ先生、ひょろりと細く見えるのに、へたることなく意外に軽々と私を抱えている。

そういえば、背負う背中も広くてしっかりしてたかも。確かに安心感はあったな。


 私、胸はそこそこあるけど、お腹周りもお尻周りも二の腕もそこそこあったりする。

そう、所謂ぽっちゃり体型なのでね、ほほほ。

身内から贔屓目で小さくて可愛いと言われたことはあっても、華奢で美人とは決して言われない、そんな感じ。



 近くなったコールリッジ先生の顎から首のライン。

良く見れば深いこげ茶色の髪はちょっと湿っていて、首筋からは仄かに石鹸のいい香りがする。



 ………これって私がゲロったから、洗い流してきたんだよね。



 視線を自分の胸元に下げれば、モスグリーンの生地に白いレースを胸元にあしらったお気に入りの服は、私の胃液で怪しいまだら模様になっている。


この”お姫様抱っこ”も他を汚さず移動するための最善の方法ということですね。


さっき内心悪態ついてしまったけど、先生が最大の被害者でしたね…。

これは刑の執行場所に移動しているだけですね。



ほんと、申し訳ございません。



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