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マールの日常  作者: スイ
11/11

11.心構え

 

「おはようございます。」

「おはよう。」

 コールリジ先生は私の挨拶ににこやかに返すと、すらりとした長身に薬衣を翻らせ、橙色のカーテンを開けてアディーと共に入ってきた。

 夜遅かったはずだけど、その表情に疲れは見えない。良かった。

 それじゃあ、先手必勝。覚悟が鈍らないうちに早く謝ってしまおう。


「昨夜はご心配をお掛けし、本当に申し訳ありませんでした。」

 先生が椅子に座るのとほぼ同時に言い切って、勢いよく頭を下げる。

 が、そのままゆっくり三つ数えても返事がない。


 あれ?私何か間違った?


 どうしよーと内心焦り始めてから漸く、下げた頭に暖かい重さが加わりワシャワシャと髪をかきまぜられた。

 反射的に両手で先生の手のひらごと頭を押さえ顔を上げると、爽やか好青年な笑顔がそこにあった。


「反省してるなら、この話はもうお終いにしよう。まだ本調子じゃないのだから、ちょっと良くなったからといって過信しないこと。」

「はい。」

 肝に銘じます。

 真っ直ぐ目を見てから頷くと、ポンポンと軽く頭をたたいて大きな手は離れていく。



「じゃあ、診せてね。顔色は良いね。朝食後に吐き気や腹痛はあった?大丈夫なら、薬が合ってるってことだ。」

 そう言って診察を始めたコールリッジ先生を、なんとなく私も観察する。


 そういえば、体調が最悪だった昨日の日中は、ぼんやりと世話されるだけだったし、夜中は薄暗くてコールリッジ先生の全身観察は今が初かもしれない。

 こげ茶の短髪は寝癖があっても誤魔化せそうな軽いくせっ毛。

 男らしいきりっとした眉、深い森のような緑色の瞳、すっと通った高い鼻梁と薄い唇、引き締まった顎から首のライン。

 一見厳しく冷たそうに見えるけど、頬にできる笑窪がそれを相殺して余りある感じ。

 うん、ものすごくモテそうな顔立ちよね。


 真剣な表情と手際よく診察を進める大きな温かい手、若くして局次長となる実力とご近所さんの信頼の厚さ。

 おまけに厳しさと優しさを両立する人柄。

 うわー見れば見るほど、観察すればするほど好物件じゃない。

 コールリジ先生のダメなとこってあるのかしらね。


 あーあー、夢想、妄想上では患者と薬師なんていうのも、なかなかドラマチックな出会いのハズだけど、私の場合いろいろヤラカシたからなぁ。

 ロマンチックな展開は期待できませんね、こりゃ。

 残念無念。後悔先に立たずとは正にこのこと。

 数少ない出会いを一つふいに致しました。がっかりでございます。



「失礼します。カティラナ学園からダルトン先生が到着されました。」

 無事診察が終わり、お世話になった観察輪を外してもらっていると病室の入り口から見習い君の報告があった。

 ダルトン女史、ご到着あそばされましたか。時間通りですね。


「そう、じゃあ、そちらに行こう。」


「それとアンバーさんへと、こちらをお預かりしたのですが。」

 見習い君の手には、マチの広い大きな手提げ袋。

 ベッドの上に置いてもらって覗き込むと手提げ袋の一番上には薄桃色の封筒、その下には学園の制服が見える。

「着替えですね。」


「じゃあ、着替えが終わったら呼び鈴鳴らして。ゆっくりでいいよ、ダルトン先生に経過の申し送りをしたいしね。」

 そう言って、コールリッジ先生は立ち上がり、私とアディーの頭を同じようにくしゃっと撫でて、見習い君と共に病室を出て行った。

 またしても、アディーと一緒のお子様扱いですよ。


 さっそく封筒を取り出すと、表に『読んでね。アリスンより』とあった。

 なになに…『体調はどう?着替えを一通り入れてあります。服は制服を入れました。制服なら替えがあるから、帰りの馬車でうっかり汚しても大丈夫でしょ。女史もそれで良いとおっしゃっていたし。

 手提げ袋の底に靴。小袋の中には新しい肌着と靴下。一応いつもマールが使ってる髪留めも手提げの内側ポケットに用意しました。では、気を付けて帰ってきてね。みんなで待ってます。』


 …意地でも吐くまい。

 しかし靴まで入っているとは…荷物が大きくなるはずだよね。


 制服は前側に共布のくるみボタンが付いた臙脂えんじ色のふくらはぎ丈のワンピース。生成り色のレース襟が可愛くて気に入っている。 

 同じく生成りの靴下とこげ茶色革靴。寒い季節はこの制服の上に墨色のローブを羽織る。ちなみに作業や実習など汚れそうな時には、長袖でくるぶし丈のこげ茶色のスモッグを着る。ゆったりとしていて下に何を着ていても良いのが便利なのだけど、これがまた、ちっとも可愛くない。今回の着替えに入ってなくて良かった。


 手提げ袋のポケットには髪留めの他に、小さな鏡とヘアブラシ、それに香油も入っていた。気が利くなぁ。これを用意してくれたのはきっとクリスに違いない。



「どう?私の制服姿。」

 着替えが済んで、アディーの前でくるりとひと回りすると、尻尾を振ってウォゥと返事をしてくれる。

 可愛いわぁ、と和んでいる場合ではないわね。

 本日最大の関門に立ち向かわねば。

 呼び鈴を鳴らせば、漏れなくダルトン女史もやってくるはず。

 悪くなったものを食べたこと、夜中に騒いだことが二大問題点よね。

 大丈夫、ダルトン女史のお小言は聞きなれてるわ。


 気合を入れ、カーテンを全開にして呼び鈴を鳴らし、姿勢を正して待つこと暫し、御一行様が現れました。


 コールリッジ先生を先頭に、ダルトン女史、薬局長と続く。

 ダルトン女史の表情を覗えば、口角は下がっているものの眉間に皺はない。

 あれ?そんなに怒ってない?






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