第2話 ルール
息を潜めて辺りの様子を伺う。森の中に入り開始から既に一時間は経過した。時々爆音が響くが特に気にせず木の上から音がした方を眺める。するとその方向から一人の気弱そうな少女が左手に水を纏わせ周囲を警戒しながら小走りにやってくる。もしかしたら爆音を聞いてあわてて逃げてきたのかも知れないと思い、手に火を纏わせ上から強襲する準備を整えたその瞬間
「・・・っ!」
短く小さな悲鳴が上がる。木の間に隠れていたディスチェが獣人ならではの、目にも止まらぬ速さで少女に近づき、正面から正確に右胸について試験石を壊したのだ。
「ごめんなさいね」
そして次の標的を探してまた素早く駆けていく。その後姿を見た後に少女は胸にまだわずかに残っている試験石の欠片を見つめ涙ぐむ。
「・・・ぅん・・・どうしよ・・・まけちゃ・・・」
よほど悔しかったか何かを言いながら泣いていたが、しばらくして森の外にゆっくりと歩きながら出て行く。
『あーあ、かわいそうに』
『・・・あと2秒ぐらいディスチェがくるのが遅かったらケルスが変わりにやってたくせに、よくいうよ』
『負けて泣くぐらいならもうちょっと戦い方を工夫すればいいのに。それにしても泣く事無いと思うけどな』
『そういえばあの子、なんで水を腕に纏わせてたんだ? 一年からずっとあった魔闘試験でも使う人はほぼいなかったし、授業でもほとんどやってなかったよな?』
『・・・あまり攻める事に向いてないんだと思う。ダーディと以前魔力を水にして使った練習をした事があるけど、あれはだめだ、使う人が少ない理由もうなづける』
『そんなに使いにくいのか?』
『あぁ、せいぜい火球を防御するぐらいしか使えなかった。攻撃に使おうにも水を纏わせた拳だと、衝撃が相手に伝わらなくて威力が弱くなるし、火球のように放ってもそれほど痛くない。後これが一番大きいかもしれないけど火球と違って気分的に扱いづらい』
『そういえば攻撃タイプ以外にも属性にも向き不向きがあったな・・・』
『そうなのか? まだ授業でやってなかったけど・・・ならあの子は水が得意なのか・・・。なんか逆に可哀想に感じるな』
『そうでもないだろ。もしかしたら将来化けたりするかもよ? それに可愛かっただろ? 俺割りと好みだった。やっぱりロングよりショートだよな。泣き顔も映える』
『以外と趣味悪いな・・・俺は興味ないね』
そういいながら木の上から降りるケルス。
『おい、もう降りるのかよ。多分あまり人数減ってないぞ? ディスチェが頑張ってるかもしれないが』
『いいんだよ。もうかくれんぼは飽きた』
しばらく自分が潜んでいたという事もあって、樹上に意識を向けながら歩いていたが、見知った顔を樹上にみつけ思わず声をかける。
「おーい! ファーク」
だいぶ離れているので大きめに声をだして呼びかける。少し離れていた自分をあたりを見回して見つけてくれたが、残念ながら相手にしたくないようである。声を出さずにしばらくお互いに身振り手振りで会話をする
くるな! ばれる!
えー? 降りて来いよ
いやだ、はやくあっちに行ってくれ
闘ってみるか?
いやだ!
わかったよ
一年隣にいた絆の成せる業か二人の身振り手振りはケルスの中にいた啓さえもはっきりと意味がわかるものだった。
隠れている人が多いせいか、なかなか誰にも逢う事が出来ないのですでに森の外を出た人数を確認したら12人いた。心なしか獣人は少なく人間が多いようだ。残りたったの8人という事になる。獣人には負けていられないと自らを奮い立たせる。
『奮い立たせた結果がこれかよ』
啓は思わず呆れたように小言を言う。そこには歩きつかれてまた樹上で自身を休めるケルスの姿があった。
『ちょっと休憩、だって誰もみつからないし。』
ケルスが休んでいるのは歩き疲れてしまったのも一つの原因ではあるが、小さな疑問について一度落ち着いて考えたいと思っていたからだった。今回のルールについて思考を巡らせる。
『啓、戦い方は自由って言われて思いつきそうな、すごい戦い方なんか知ってる?』
『・・・ケルスは何か思いつくか?』
聞かれてすぐに答えようとしたが、聞き癖がついても困るのでケルスに先に答えさせる事にした。
『ぱっと思いつくのだと
・複数人で組んで有力候補を潰す
・二人以上で組んで敵をひきつける囮役と背後から攻撃する役に分かれる
・最後まで隠れて相手と自分二人だけになったら勝負を仕掛ける
・落とし穴みたいな罠
・砂で目つぶし
ぐらいかな。さぁ啓の番だぞ』
『俺もすぐに思いつくのは、ほとんど似たような物なんだけど・・・っあ!・・・ケルス確認したい事があるんだが』
『確認したい事?』
『魔闘試験のルールってなにか明文化されてたのか?』
『・・・今頃なんで魔闘試験なんか・・・魔闘試験のルールは確か学園に入るときに細々とした文字で紙に書いてあるやつを渡されたことがあるけど』
『今ないのか?』
『ない。なにを気にしてるんだ?』
一つだけ気がかりな事があった。戦い方は自由という表現をなぜ試験の規則に書いたのか。
『たぶんだけど――――――』
油断しているつもりは無かった。しかし自分の後ろから飛来する気配への反応が一瞬遅れる。振り向きすぐ目の前に迫る火球をみて迎え撃とうと瞬時に腕に魔力を流すが
『・・・受けるな! 避けろ!』
何かに気付いて慌てた啓が叫ぶがすでに遅く、本来であれば突き出した拳で相殺できるはずの炎は、着弾した瞬間にケルスの拳から腕に"絡み"つき燃え上がった。