*** 魔物ってペットにしてみたくない?
我が家に帰ってから二日目、以前のようにダーディと朝の魔法の練習をし終え、ケルスは啓の情報を読み漁り、啓は家にある魔法書を読み漁る。
『ケルスー』
『なんだ?』
『突然だがペットが欲しくなった』
『ムリ!』
『なんでだよ、考えてくれてもいいじゃないか? 可愛いぞ? きっと和むぞ』
『お前の世界の犬の様におとなしい動物なんてめったにいないぞ! この前のランヤだってみただろ。凶暴すぎるんだよ』
『探してみようぜ!! おとなしいのがいるかもしれないだろ?』
『無理無理、大体お父さんもお母さんも動物はたぶん嫌いだぞ?』
ケルスはどうやらペットを飼うのには消極的なようだ。
『なら家族が了解すればケルスも納得してくれるか?』
『そりゃみんなペットが嫌じゃなければ俺も反対しないけど』
『なら聞いてみよう』
「ペット? あら、いいじゃない。お世話が簡単ならケルスが学校に行ってる間も私がめんどう見てもいいわよ?」
「ペット? お前も大きくなったんだ。家族に迷惑がかからないように躾ができれば私から何も言う事はない? 当たり前だが飼ったからには責任をもって育てるんだぞ」
「ペット? いいとおもいます! 兄様どんなペットを飼うんですか? 僕ちょっと楽しみです!」
『むなしい勝利だった』
『なんでだ・・・まだ何を飼うかすら決まってないのに、こんなに簡単にまさか家族の許可が得られるなんて・・・』
深く落ち込むケルス。
『さて、探しにいこうか? よさそうなペットを』
そういってお父さんの領地を丸一日ほど周るが、町をいくら見渡しても食料、武器防具、アクセサリ、奴隷などは売っていたが、ペットは一切見当たらなかった。
『この国にそもそもペットってあるの?』
『あっちの・・・獣人のイェンフォウならあるってよく聞くけど、家の領地じゃそういえばあまり見かけないな』
『例えばどんなペットがいるんだ?』
『そうだな・・・啓の世界の似た生物に例えると・・・鷹とか梟、小さな魚、陸にいるようなのだと滅多に見かけないがウサギ?に似た動物もいるぞ』
『よし! 目標はウサギな』
『見つからないと思うんだがなー』
目標となる動物を決め改めて領地の森などを周る。また丸一日周り空が赤くなってきた頃・・・
『お? あそこになにかいた。』
『え?』
啓が指差してくれた方をケルスは見たが遠く小さくてよく見えない。
『近づいてみようか。』
ケルスがどんどん近づくと相手も気付いたのかこちらをみる。
『あれ? あの動物・・・俺ここ最近見た気がするんだが』
『奇遇だな。啓、俺も見た気がする』
そして相手がこちらに近づいたのをみて確信する。
『・・・・・・ランヤじゃないか?』
『・・・・・・ランヤだね』
『・・・危険だよね?』
『・・・危険だよ』
『近づいてくるよ?』
『近づいてくるね』
『逃げられると思う?』
『啓はどう思う?』
『魔獣に足で勝てるわけ無いよな・・・』
完全に油断していた。お父さんから魔獣が出ているという情報を教えてもらっていたが、さすがにこれではペットを探すどころではなくなってしまう。
『とりあえず迎え撃とう。ケルス、学園じゃないんだし"法技"は使える?』
『まかせろ』
完全にこちらに目標をしぼったのかランヤが走ってくる。
『食らえ!』
火球を放つがすばやい動きでどの玉も直撃はしない。うなり声をあげ必死にランヤはこちらに向かってくるが、法技で爆散する火の粉や、抉れた地面の石などがランヤをいくつも掠め、また近づけば近づくほど狙いが正確になるのでランヤはしばらくケルスに向かい、爆散する火球に吹っ飛ばされるという繰り返しをしていたが、次第に疲れと魔法による傷のせいか、その場に倒れこむ。止まった! これならいけるとどめを刺そうとするケルスだが・・・
『おかしくないか?・・・馬車を襲ったランヤと比べて遅すぎる。』
啓は以前のホルンとランヤとの戦いを思い返す。あの速度で迫られたら間違いなく無事ですまなかっただろう、そして記憶にあるランヤと目の前のランヤを見比べある推察をする。
『おい? いいか、止めをさすぞ』
『・・・ケルス。殺すのか?』
『どうしろっていうんだ? 魔物だぞ? 俺が逃がせばまた誰かを襲う。むしろ俺は啓が殺せって言ってくると思ったぞ』
『まぁ本来そう言いたいところなんだが・・・』
『なにか気になるのか?』
『ランヤって本来集団行動をするはずだろ? ホルンさんがそんな事いってなかったか?』
『・・・確かに・・・まわりにも仲間はいなさそうだし』
『・・・群れとはぐれた? いや・・・野生の動物は使えない個体を群れから追い出す事もある。このランヤももしかしたら・・・しかも明らかに最初から動きが鈍かった』
『・・・腹が減って力が出なかった、か?』
『その可能性がある』
魔獣に目を向ける。大量に血を流し腹をよく見ればどれだけ物を食べて無いのか馬車を襲ったランヤよりも明らかにやせ細っていて、今にも死にそうになっていた。最後の足掻きかこちらを見据え小さな唸り声をあげ前足で必死に立とうとしている。
『・・・結局どうしたい?』
『ペットには・・・だめかな・・・』
『危険すぎる! 面倒を見てくれるって言ってたけど母さんが怪我をしたらどうする!!』
『こういう動物って飢えて死にそうな時にエサを上げると恩義を感じてくれるはずなんだけどな』
『・・・はずじゃダメだ!!! 絶対に安全だとおもえるぐらいじゃなきゃ! 凶暴な魔獣なんだぞ!』
しばらく沈黙が訪れる。その間にもランヤの呼吸はどんどん弱くなり、今では動く事もできずに先ほど上げていたうなり声さえも絶え絶えになっていた。
『しばらく・・・』
『ん?』
『しばらく俺に躾をさせてくれないか?』
『啓、出来るのか?』
『・・・出来なきゃ俺が殺す』
明らかに覚悟を決めたはっきりとした口調で啓は告げた。出来なきゃ "俺が" "殺す" と
『・・・わかった。期限は・・・今日を含めて二日だ。残りの休日も少ないんだし、お母さんにお世話をしてもらうならそれぐらいで躾けられなきゃ無理だ。』
『・・・わかった、頑張るさ。後一つお願いがあるんだが』
『なんだ?』
『躾の様子は見て欲しくない』
『なんだそれ?』
『躾の時、ちょっと意識の奥に引っ込んでてくれないか? 俺、初めてでちょっと恥ずかしくて・・・』
『まぁそれぐらいならいいぞ?』
それから傷ついたランヤを抱き帰路に着いた。見た目でやせ細って見えたその体は持ち上げると予想よりも一層軽かった。少しは抵抗するかと思ったが弱々しい声を上げ、無抵抗に持ち上げられた。家の前に着き父さんと母さんに説明し、とりあえず二日、様子見という事で許可を貰い、"啓"が木材で簡単に壊せないような犬小屋を作り、手当てをし、食事を与え、犬小屋に閉じ込める。
『二日だな』
『あぁ、二日だ。それでだめなら・・・こいつは死ぬ』
『死なせないさ。・・・絶対に』
そこにはランヤに火球でダメージを与えて死のふちに近づけさせた張本人が、自分たちである事を忘れ決意を固める二人がいた。
翌朝、ケルスには頭の奥に行って貰い啓はランヤの手当てをしながら、この魔物の躾け方を考える。昨日の夜にすでにこのランヤの武器となる牙は口の周りを食事が出来るぎりぎりの緩さで縄で縛る事で無力化し、爪は何枚にも重ねた分厚い布で足を中ほどから紐で外れないようにきっちりと装着させている。改めてやせ細ったそのランヤの体を見ると靴を履かせた普通の犬みたいだなと思う。しかし手当てをしながらでも昨日の戦いの恐怖心からか分厚い布を巻きつけられた前足で、こちらの首を凪ぐ。もちろん凪がれても布なのでなんとも無い、が布を取ればそれは間違いなく必殺の致命傷になる。必死に考える、二日で、人間を狩る対象物ではなく、仲良く出来るとこの言葉が通じないランヤにどうすれば伝わるか。啓は元々、一つだけ絶対に成功する方法を知っていた。それは"あの世界"で実際にあった出来事だった。思い返す。褒められた方法ではない。むしろ生前のペットを飼っていた自分だからこそ、その方法とりたくない。考えて、考えて、考えて、しばらく悩みランヤを見つめる。
「・・・・・・はぁ」
思わずため息がもれるほど、他の方法が思いつかなかった。
「ごめんな? バカで、こんな方法しか思い浮かばなかったよ」
誰にあてられた謝罪かは分からなかったが、啓は拳を力強く固め、振り下ろした。
二日後。
「クーン、クーン」
「ラン! ほら取ってきておいで!」
ダーディが木の棒を投げランと名づけられた、あのランヤが元気に走って木の棒を取りにいった。そこには以前のような凶暴さは全く見えずダーディとの仲の良さと深い絆さえ見えてくるようであった。
『お前、なにをしたんだ?』
『いや? 特に特別な事は・・・』
『なにをしたんだ?』
ケルスは繰り返す。
『・・・我ながらいやな事をしたよ』
『言いづらい事か? 出来れば教えて欲しい』
『徹底的に躾けたんだよ・・・厳しく』
なんだ、それだけなのかと思いケルスがランに近づくと
「クーン!!! クーン・・・クゥーン――――――――」
パニック状態になったように途端にランが怯え始める。
「もう!! 兄様が来るとランが怖がるので来ないで下さい!!」
「あら、まぁ・・・どうしてケルスをそんなに怖がるのかしら? 不思議だわ?」
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ケルスはかなり怒っていた。躾は間違いなく成功している。実際にダーディとお母さん、お父さんにもなついて、一度も威嚇や攻撃をしようとしたそぶりを見せなかったからだ。しかし・・・
『正直に言えよ、ど う や って、躾けたんだ?』
『だから・・・かなり厳しく・・・反抗できないように手足に布を巻きつけて、それから理不尽に殴ったり蹴ったりして死なない程度に恐怖を与え、ダーディが来た時は優しくして、懐くべき人間を分かりやすく用意して徹底的に恐怖心を植えつけた』
ケルスは想像する・・・なぜそんな事をしたのか。自分が好いて欲しかったのなら他の方法を取るべきだった。これじゃぁいくら躾が成功していい子になったとしても啓は楽しめるはずが無いからだ・・・
『なら怖がられても当たり前だろうが!! ペット作っても飼いたがってたお前が触れないなら意味ないじゃないか!』
啓の考えている事をうすうす理解して、怒鳴ってしまった・・・ペットを飼いたがってはいたが間に合わなかった時の事を考え、リスクと時間を天秤に掛け、すこしでも早くしたいと"恐怖心"というものを利用した。
『こんなんじゃ! こんなのじゃ・・・お前はいいのかよ・・・お前はこれじゃ・・・』
ケルスの言葉は涙ぐんだものになり、最後は聞こえなかった。だから自分も思ったことを思ったとおり吐き出す。
『・・・よくないさ! いいはずが無いだろ!! だけど・・・あいつを殺すぐらいなら・・・俺は!! 仕方ないじゃないか・・・』
『・・・・・・お前がそれでいいなら・・・俺はもう何も言わない』
その後ケルスは、ランがダーディと戯れる姿をもう一度見てから自分の部屋に篭って、考える。今はもう遅い、他の方法が無かったのかと。