7 ゴタゴタの顛末
「あぁ、つかれた。」
彼は億劫そうにそう呟き、首を回している。
しかしそれは、やりあった事に対してではなく、面倒事に首を突っ込んだことに対してなのだろう。
「サ、サ、、サ、サーラ様、あの男、一人でのしちゃったって…本当ですか!?」
周囲から事情を詳しく聞き、アールトは思わず引き攣った声を出していた。
サーラは軽く答える。
「ん? あぁ。煩い上に、がたがた突っかかってきたからね。力量の判断もできない癖に、力を笠に着て事を強いるなんて男の風上にも置けない。」
「あ、そ…ですか。」
(せ、せいぜい足止めして時間稼ぎをするくらいだと思ってたのに…!いやいやいやっ、それ以前に皇帝の招聘でお呼びした方にそんな事させてしまうなんてっ…懲罰もんだよ)
ずーんと肩を落としたアールトの内心など知る由もないサーラは、地面に視線を下ろして石畳に落ちていた大刀をひょいっと拾い上げていた。
「ほらアールト、証拠品は取っておいた方がいいだろ。預けとくよ。」
「っとと…! は、はい。お預かりします。」
放って寄越された、鞘に入った大刀を慌てて受け取る。サーラは横目でそれを見てから、のびている男の様子を確かめ、項垂れたままの貴族の馬鹿息子も引きずって、まとめて外套のどこに隠してあったのか紐を取り出し、縛り上げた。なんだか人を縛っているというよりは狩の得物のふんじばってる感じだったが。その作業もすんだら、もうすることはないと外套のフードを深く被りなおして、腕を組み近くの壁に凭れた。
そんな様子を眺めながら、ぼんやりとアールトは今までの彼の様子を振り返っていた。
(――なんていうか、…様になってるよな。俺とそんなに年変わらないと思うんだけど。)
体格では自分のほうが勝っているとは思う。これでも団長以下先輩方に小突かれ――もとい、扱かれているのだ。なのに彼に対してはなんだか敵わないという気分にさせられるのだ。
騎士である以上、馬術と武術を修めるのは当然のことだ。自分は悲しいかな、まだまだひよっこだが、彼ときたら馬術はあの団長が舌を巻くほどだ。さらに武術の方もすごい。自分より頭一つは大きい男を短剣のみで傷を負わせずに倒すなんて並の力量ではない。そもそも傷をつけずに捕縛するには倍に相当する実力差がいると、知っているから尚のことだ。
ほかにどんなことができるんだろう?
術ってどんなものなんだろう?
あの森でどんな鍛錬をしてきたのだろう?
尋ねたい事は次々と浮かんだが、それらを口に出す前に皇国守護代が広場に到着してしまった。
「何事かっ!?」
大声を張り上げているのは、皇都の警邏・防衛を司る第三師団の面々だ。この一団が皇国守護代という名前で呼ばれる。よっぽどの大騒動(暴動とか反乱とか)でも起こらない限りは、民事不介入が原則だ。ただ治安維持の面から火付けや盗賊、殺人などの事件が起こったときも動く。中には手に負えないと判断した民の訴えで動くこともあるが。
(皇都は人が多い分、階級もバラバラだし貴族やらの柵も多いしなぁ…)
つらつら気苦労の多い第三師団の面々を見ていたが、しなくてはいけない仕事を思い出し、それ用の顔を作る。
「――皇国守護代の方でいらっしゃいますか?」
「確かに。第三師団騎兵隊所属のカッセルだ。貴殿は…?」
片膝をつき、騎士の略礼を取る。
落ち着いた声色で話せるよう、唾を飲み込む。
「このような服装でご無礼を。私は皇帝直属軍第一師団騎兵隊が末席、アールト=ヴェストゥーラと申します。」
「なんと!? 何か事件が!」
強面の顔に相応しい、太い声が上がった。
驚くのも無理はない。普通自分達、第一師団は、近衛=皇帝の近辺および親近者の護衛が主たる業務だ。今回は極秘ということもあって、団長に振られた仕事だっただけだ(自分とティルダはオマケに過ぎない。)まあ、その点を突っ込んできかれても困るだけなので、誤解だけ解いておくことにした。
「いえ。通りすがりに、ここにおります男が証書を偽り、婦女子を拐かすという所業を行っていたため、拘束いたしました。婦女子の保護には、私の上官である第一師団師団長が向かっております。幸い然程離れた場所ではなかったので。」
「…そうか、我々の仕事であるにも関わらず手を煩わせた。申し訳ない。この男、尻尾を掴ませなんだが、どうやらマンティサリ殿に出会ったのが運のツキだったようだ。おい!拘置院へ連行しろ。」
(…誤解してるよな。ま、団長も「大事にするな」って言ってたしな、そのままにしとこう、うん)
そう思ったが、彼の活躍を見ていた周囲の人だかりがそれを許してはくれなかった。
途端に声が上がる。
「騎士様、何黙ってんだい? この傍迷惑野郎を倒してくれたのは、そこの坊主だろ。」
「そうよぉ!、守護代さま、そこに立ってる子がそうですよ。すごかったんですから!!」
(――団長すみません…自分にはこの状況誤魔化しきれそうにありません…っ)
額に手をあてて空を仰ぎたい気分だ。
言い逃れの話を考えている間にも、守護代の面々の視線がサーラ様に向かう。
「…あいつがか?」
「ありえんだろう、体格差があり過ぎる。」
「何者なんだ?」
「そんな剛の者には見えんぞ。」
不信と疑惑に満ちた視線がサーラ様に注がれている。が、向けられている側はなんら痛痒も感じないようだ。顔すら上げていない。
「静まれ! ――アールト殿、それは真か?こやつ、無頼者だがなかなかの腕前でな。部下の何人かは返り討ちに遭った程なのだが…」
訝しげな表情を隠しもせず、そう問いかけがある。
騒動の現場を見ていないのであれば、こんな背格好の少年がどうにかできるとは思えないか。
自分も彼らの立場なら同じ疑問をもっただろうな。
「…確かに。そこの者を取り押さえたのは、皆の言うとおりこちらの御仁です…。」
名前は伏せ、事実だけ述べる。
彼がフードを被っていてくれたことに今更ながら深く感謝しつつ、ちらりと後ろを振り向けば、顔を上げて立っている姿があった。
「…女の子を追い回していたんでね。おせっかいかも知れないけど助けただけだよ。」
「そうであったか。ご助力感謝する。」
無骨だが、きちんと謝意を述べたあと、カッセル殿は話を続けた。
「――かなりの腕前とお見受けするが、貴殿は旅の者か?」
その質問に焦る。こんな所で彼の正体をばらす訳にはいかない。
サーラが話し出す前にアールトは慌てて口を挟んだ。
「カ、カッセル殿!えー、こちら師団長の知己の方でして。皇都へ都見物に参られたところでこの騒動に行き会ったのです。」
「マンティサリ殿の?…そうか。では今回の事、詳しく事情をお伺いできればと思うのだが。」
「(ひぃぃっ!やめてくれー!)あっ、ああ!! それでしたら当事者の妹御がいらっしゃいます。今は師団長とともに弐の通りに行かれていますが、彼女からならこうなった経緯も詳しいでしょうし、証拠も持っております故。」
「いや、しかし。アールト殿が持っているのがあの男の得物であろう。まさか無手で取り押さえたわけではあるまい。事情は酌むが皇都で抜刀したのはそちらもであろう。」
「は、た、確かに…。」
(っていうか団長ー! まだですかぁっ!? もうトゥイミでもいいから早く戻ってきてくれーっ!)
どうやら皇国守護代の中でも仕事熱心な騎士に当たったようだ。身分に圧されて日和見ばかりの騎士が多い中で素晴らしいと思うところだ。が、今日に限ってそんな騎士に当たったことの間の悪さに泣きたくなる。大体自分はこういった類の処置は不慣れなのだ。それらしい作り話なんかもう思いつきそうにない。しかし、事実どおり話してサーラ様を拘置院に連れて行かれる訳には勿論いかない。
そんなこんなでアールトが顔以外、満遍なくイヤな汗をかいていたら、待ち望んだ声が聞こえた。
「すまぬ、通してもらえるか?」
「っ団長!!」
安堵のあまり、勢いよく声の方を向く。見たところ、人数が増えている。
どうやら無事、攫われていた女性を救出できたようだ。
トゥイミの馬に乗っているのがそうだろう。
伏せた睫毛が白い頬に影を作るほどで、思わず手を差し伸べたくなるような美女だ。
今はどうして解放されたのか分からないと戸惑いがちな表情を浮かべている。
「アールト、ご苦労だったな、今戻った。――皇国守護代の者か。第一師団シュルヴェスティル=マンティサリだ。」
「こ、これは失礼を。私は第三師団騎兵隊所属のカッセルと申します。ご高名はかねがね。今回の件、お手を煩わせ汗顔の至りです。」
「いや、構わぬ。虐げられた民を救うも騎士の仕事だ。」
「此度はマンティサリ殿の知己でいらっしゃる、こちらの方にご尽力頂いたと伺いました。さすが類は友を呼ぶとでも申しましょうか、いやお見事です。」
「……」
団長から向けられた視線に、アールトは意図を察して我に返った。
「はっ、折悪しくも皇都見物の中で出遭った事件ではありましたが、無事解決できたのは僥倖でした!つきましては団長、詳しい事情を皇国守護代の方が伺いたいとのことです!証拠になった書類等もあわせてお渡しできればと思うのですが!?」
上擦っている声が不自然といったらそこまでだが、意図は伝わったらしい。
シュルヴェスティルが片眉を上げたあと、アールトの肩を叩く。
「――カッセルと言ったな。うちの若い者の説明では足りない点も多かったろう。捕縛したのは確かにそこにいる私の知人だが、偶然道で行き会った少女を助けただけだ。事情は当人に尋ねたほうがよかろう。ただ被害にあった女性には少し時間を与えてやってくれ。まだ心身ともに疲れもあるだろう。」
「――しかし。罪人はこうして捕らえておりますが、マンティサリ殿のご友人が皇都で抜刀されたのは事実です。」
真面目一辺倒なその回答に、団長は少し困ったかのように眉を上げて苦笑した。
「“皇都において役職によらぬ抜刀および私闘を禁ず”だな。しかし、“理由なき状況で自身の身命に害及ぶときはその限りとせず”が但し書きであったと思うが? それに私の知人も日暮れ時にこの皇都に着いたばかりでな。事情説明はまた日を改めてさせてくれまいか。我儘を通すようで申し訳ないが。」
「…了解いたしました。それではマンティサリ殿のおっしゃるとおり、明日以降に彼女達からは話を聞くことに致しましょう。」
やはり生真面目そうな返事を返し、カッセル率いる守護代の面々は証拠の大刀と書面のみ預かり、男達を引っ立てて去っていった。