第95話「図書館の虹色の秘密」
春の晴れ間に輝く陽光は、グリーンヴェイル図書館の古い窓ガラスを通り抜けて、床に不思議な模様を描いていた。リリィは、いつもの『動物のお医者さん』の棚に向かう途中、普段は開かれていない奥の部屋から漏れる物音に気づいた。
「あら、困ったわ……」
小さなため息が聞こえる。リリィは音の方へと足を向けた。
そこには図書館司書のマーサさんが、古い本を前に悩ましげな表情を浮かべていた。白髪まじりの髪を後ろで一つに束ね、いつもの優しい笑顔の代わりに、心配そうな表情を浮かべている。
「マーサさん、どうかしたんですか?」
リリィの声に、マーサさんはゆっくりと顔を上げた。
「あら、リリィちゃん。この古い絵本の背表紙が剥がれてしまって……」
机の上には、色あせた表紙の絵本が置かれていた。『森の精霊たち』というタイトルが、かすかに読み取れる。
「お手伝いできることありますか?」
リリィは、本を大切に扱う母フローラの姿を思い出していた。
「ありがとう。でも、これは難しい作業だから……」
マーサさんは一瞬戸惑ったが、リリィの真剣な眼差しに、何かを決意したように微笑んだ。
「そうね。リリィちゃんなら、この本の心も傷つけないでしょう」
マーサさんは、本の修理道具を取り出しながら説明を始めた。糊の作り方、布の裁ち方、そして丁寧な手順を、ゆっくりと、でも確実に教えてくれる。
リリィは、小さな手で慎重に古い背表紙をなでるように触れた。
「本にも心があるの?」
「ええ、たくさんの人に読まれた本には、みんなの思い出が宿るの」
マーサさんは懐かしそうな表情で続けた。
「この本も、何世代もの子供たちを、不思議な物語の世界へ連れて行ってきたのよ」
作業を進めるうち、窓から差し込む光が少し傾いてきた。その時、不思議なことが起きた。本の表紙に反射した光が、部屋の中に小さな虹を作り出したのだ。
「わぁ……きれい!」
リリィの感嘆の声に、マーサさんは優しく微笑んだ。
「ほら、本が喜んでいるのね」
マーサさんは、古い革の長椅子に腰かけながら、図書館に伝わる不思議な話を始めた。満月の夜に本が自分でページをめくる話、雨の日に聞こえる本の囁き声の話、そして、本当に必要としている人の前に、ちょうど良い本が現れる不思議な話。
リリィは、図書館という場所が持つ魔法のような力に、すっかり魅了されていった。
「本には不思議な力があるの。でも、それは本を大切に思う人にしか、見えない魔法なのよ」
夕暮れが近づき、窓から差し込む光が赤みを帯び始めた頃、二人の修理作業は終わりを迎えた。
「リリィちゃん、ありがとう。この本に新しい思い出が加わったわ」
マーサさんは修理された本を大切そうに棚に戻した。その背表紙は、まるで誇らしげに輝いているように見えた。
「また来てもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。本たちも、リリィちゃんを待っているでしょうね」
図書館を後にする時、リリィは不思議な予感に包まれていた。これからも素敵な本との出会いが、自分を待っているような気がした。家路につく途中、夕陽に照らされた図書館の窓が、静かに瞬いているように見えた。




