第93話「運動会の宝物」
運動会の前日、リリィは母フローラと一緒に水筒を探しに屋根裏へ上がった。夕陽が小窓から差し込み、埃っぽい空気が光の帯の中できらめいている。
「あら、ここにあったわ」
フローラが古い木箱を開けると、可愛らしい花模様の水筒が出てきた。薄いピンク色の地に、小さな野花が描かれている。
「これ、とても素敵!」
「私が小学生の時に使っていたものよ。裏に名前が書いてあるでしょう?」
リリィが裏返すと、かすれかけた文字で「フローラ」と書かれていた。
「お母さんの字……」
「ええ、6歳の私が一生懸命書いたの」
フローラの瞳が遠い日を見つめている。リリィは母の子供時代に思いを馳せる。
翌朝、リリィは大切そうにその水筒を持って学校へ向かった。
「リリィちゃん、その水筒可愛い!」
エマが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「ありがとう。お母さんが子供の頃に使ってたものなの」
休憩時間、リリィは水筒を開けた。ほんのりと温かいレモン水が、母の愛情のように心に染みわたる。
「懐かしいわね」
メアリー先生が微笑みながら近づいてきた。
「私もフローラさんが使っているのを覚えているわ。いつも大切に扱っていたのよ」
リリィは驚いて目を見開く。
「先生、お母さんの同級生だったんですか?」
「ええ。フローラさんはね、運動会の時もいつも皆のことを気遣って、水筒の中身をおすそ分けしてくれたの」
その言葉を聞いて、リリィは自分の水筒を見つめ直す。母の優しさがこの小さな容器に宿っているような気がした。
「ねえ、みんな、喉渇いてない?」
リリィは友達に水筒を差し出す。エマ、ルナ、レイ、そしてトムまでもが、順番に一口ずつ飲んでいく。
「リリィちゃんのお母さんみたいに優しいね」
ルナの言葉に、リリィは温かいものが胸に広がるのを感じた。
夕方、片付けを終えた校庭に夕陽が差し込む。リリィは一人、母の水筒を大切に両手で包む。
「ただいま」
家に帰ると、フローラが出迎えてくれた。
「お母さん、この水筒にね、たくさんの思い出が入ってたの」
「そう。私の思い出に、リリィの思い出も加わったのね」
母と娘は、夕暮れの中で静かに微笑み合った。古い水筒は、新しい世代の宝物となったのだった。




