第78話「小さな農園主の大きな夢」
早春の夜更け、暖炉のぬくもりに包まれた居間でリリィは熱心にノートに何やら書きつけていた。机の上には『野菜づくりの基本』『四季の家庭菜園』『農具の使い方』など、テラの本棚から借りてきた本が積み重なっている。
「リリィ、もうお休みの時間よ」
フローラの優しい声に、リリィは首を振った。
「あと少し! パパがくれる畑の計画を立てているの」
真剣な横顔に、フローラは微笑みを浮かべる。昨日、テラから自分専用の畑をもらえると聞いて以来、リリィの目は輝きっぱなしだった。
ノートには、きちんとした文字で野菜の名前が並んでいく。トマト、キュウリ、ナス、ピーマン、カボチャ、スイカ、トウモロコシ……。欄外には、ハーブ園の設計図まで描かれていた。
「お母さん、見て! この畑の真ん中に、小さな東屋を作るの」
リリィは得意げに図面を広げた。畝と畝の間には細かい通路が張り巡らされ、水やり用の樋まで描き込まれている。
「まあ……随分と大がかりね」
フローラは少し心配そうな表情を浮かべた。
「リリィ、初めての畑だから、もう少し小さく始めた方がいいかもしれないわ」
「でも……」
リリィの声が少し落ち込む。その時、牛の世話の仕事から戻ったテラが居間に入ってきた。
「おや、まだ起きていたのか」
「パパ! 見て、畑の計画を立てたの」
テラはリリィの隣に座り、ノートを覗き込んだ。
「ほう、立派な計画だ。でも……」
テラは優しく微笑んで、リリィの頭を撫でた。
「一度にたくさんの野菜を育てるのは難しいよ。それぞれの野菜には、それぞれの育て方があるからね」
「うん……」
「最初は二、三種類の野菜から始めてみないか? そうすれば、一つ一つの野菜としっかり向き合えるだろう」
リリィは少し考え込んだ。確かに、全部の野菜の世話を一度にするのは大変かもしれない。
「じゃあ、パパは何がいいと思う?」
「そうだなあ……」
テラはリリィと一緒にノートを見直し始めた。フローラも加わり、三人で相談する時間が続く。
「トマトとキュウリはどう? 初心者でも育てやすいし、収穫の喜びもたくさん味わえるわ」
フローラの提案に、リリィの目が輝いた。
「それに、畑の隅に小さなハーブを植えるのは素敵なアイデアよ」
「本当?」
「ええ。ハーブは野菜の虫除けになるの。お料理にも使えるし」
話し合いの結果、最初はトマト、キュウリ、バジルを育てることに決まった。東屋の計画は未来に持ち越されたが、リリィの胸は期待で膨らんでいた。
翌朝、テラはリリィを畑に連れて行った。まだ何も植えられていない、小さな区画。
「ここが、リリィの畑だ」
春の柔らかな日差しが、黒い土を温かく照らしている。リリィはしゃがんで、その土を手のひらですくってみた。
「ありがとう、パパ」
ムーンとサニーが寄ってきて、リリィの横に座る。三つの影が朝日に伸びる中、少女は静かに微笑んでいた。この小さな畑から、どんな物語が始まるのだろう。
風が吹き、土の香りが漂う。まだ見ぬ野菜たちへの思いを巡らせながら、リリィは大きく深呼吸をした。春の空気が、希望とともに胸いっぱいに広がっていく。




