第61話「星の導き、雪の中の小さな命」
1月の厳しい寒波がグリーンヴェイル村を襲った朝、リリィは窓から外を眺め、息を呑んだ。一面の銀世界が広がり、見慣れた風景が魔法にかけられたように変貌していた。
「わぁ…… きれい……」
リリィの目は輝きに満ちていたが、同時に心の奥底では不安が渦巻いていた。美しさの中に潜む危険を、彼女は本能的に感じ取っていたのだ。
朝食の席で、テラが心配そうに口を開いた。
「この寒さ、羊たちは大丈夫かな……」
フローラは優しく夫の手を握り、安心させようとした。
「大丈夫よ、テラ。昨日しっかり準備したわ」
リリィは両親の会話を聞きながら、自分にできることはないかと一日中考えていた。
夕方になると、リリィは厚着をして外に出た。冷たい風が頬を撫で、彼女は身震いした。しかし、その寒さも彼女の決意を揺るがすことはなかった。
羊小屋に近づくにつれ、リリィの心臓が早鐘を打ち始めた。何か違和感があった。小屋の扉が少し開いているのだ。
「あれ?」
リリィが扉を開けると、中は騒然としていた。羊たちが不安そうに鳴き、落ち着かない様子だった。そして、リリィの目に恐ろしい事実が飛び込んできた。一番小さな子羊のフワフワがいないのだ。
「フワフワ! フワフワはどこ?」
リリィの声が震えた。パニックが彼女を襲おうとしたが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「冷静に、冷静に……」
リリィは深く息を吸い、ゆっくりと目を閉じた。冷たい風が頬を撫でる中、彼女の心は静かに落ち着いていった。母フローラから教わった星読みの教えが、彼女の心の中で鮮明に蘇る。
「星々は私たちの守護者……」
リリィは心の中でつぶやいた。彼女の頭の中に、母の優しい声が響く。
「星々はね、リリィ。私たちの歴史を見守り、未来を照らす光なの。どんな時も、星々は私たちを導いてくれるわ」
リリィは両手を胸の前で軽く組み、まるで祈るかのようなポーズをとった。彼女の小さな唇が、かすかに動く。
「お星様、聞こえますか? あたしはリリィです。今、大切な友達のフワフワが迷子になってしまいました。寒くて怖がっているフワフワを、どうか見つけられますように……」
リリィの言葉は、冷たい空気の中に白い息となって溶けていく。しかし、彼女の心の中では、その言葉が暖かな光となって広がっていった。
突然、リリィの心の中に、星空のイメージが浮かび上がる。それは彼女がよく見る夜空とは少し違っていた。星々が明るく瞬き、まるで彼女に何かを伝えようとしているかのようだ。
その中で、特に輝きを増す星の群れがあった。北斗七星だ。リリィは息を呑んだ。北斗七星が、ある方向を指し示しているように見える。
「あっちなの……?」
リリィはゆっくりと目を開けた。彼女の瞳には、新たな決意の光が宿っていた。心の中で見た星々の導きを信じ、彼女は迷わずその方向を指差した。
「フワフワ、待っていて。必ず見つけるからね」
リリィの小さな声には、揺るぎない信念が込められていた。彼女は両親の元へと駆け出した。星々の導きを胸に、新たな冒険が始まろうとしていた。
リリィは迷わず家に戻り、両親に状況を説明した。
「リリィ、一人じゃ危ないわ」
フローラは心配そうに叫んだ。
「でも、ママ。フワフワが待ってるの。お願いだから一緒に探して!」
リリィの瞳には決意が宿っていた。テラとフローラは顔を見合わせ、娘の勇気に心を動かされた。
「分かったわ。一緒に行きましょう」
フローラは厳しくも愛情を込めて言った。
家族3人とサニー、ムーンで探索隊が結成された。リリィは星の導きを信じ、みんなを雪原へと導いた。
寒風が吹きすさぶ中、彼らは必死に探し続けた。時間が経つにつれ、不安が増していった。しかし、リリィは諦めなかった。彼女の心の中には明るく輝く北斗七星があった。
やがて、樹木の陰から小さな鳴き声が聞こえた。
「フワフワ!」
リリィは駆け寄り、震える子羊を抱きしめた。フワフワの体は冷たかったが、確かに生きていた。
家に戻ると、リリィは毛布でフワフワを包み、暖炉の前で温めた。フワフワが少しずつ元気を取り戻すのを見て、リリィの目に涙が浮かんだ。
「よかった…… 本当によかった……」
テラはリリィの頭を優しく撫でた。
「リリィ、お前の勇気とひらめきのおかげだ。本当によくやってくれた」
フローラも温かな笑顔を向けた。
「リリィ、あなたは素晴らしい羊飼いになれるわ」
リリィは両親の言葉に、誇らしさと喜びを感じた。しかし同時に、大切な命を危険にさらしてしまったことへの反省も芽生えた。
「ねえ、パパ、ママ。羊小屋をもっと安全にする方法を考えたの」
リリィは真剣な表情で話し始めた。扉の改良や、保温の工夫など、具体的なアイデアを次々と提案した。テラとフローラは驚きと感心の表情を浮かべながら、娘の言葉に耳を傾けた。
その夜、リリィは窓から星空を見上げた。北斗七星が優しく輝いている。
「ありがとう」
リリィは小さくつぶやいた。
彼女の心には、命の尊さと、家族や仲間を守る責任感が、以前にも増して強く刻まれていた。星々の導きと、自分の勇気が結びついたとき、小さな奇跡が起こることを、リリィは身をもって学んだのだった。
窓の外では、新たな雪が静かに降り始めていた。それは、まるで大地を優しく包み込む白いブランケットのようだった。リリィは、これからもこの村の、そしてここに住むすべての生き物たちの守り手になると、心に誓ったのだった。




