第51話「星々の導き」
秋の夜長、澄み切った空気が村を包み込む頃、リリィは母フローラと共に家の裏手にある小高い丘に腰を下ろしていました。夜空には無数の星々が瞬き、まるで天の川が広がっているかのような壮観な光景が広がっています。
「ねえママ、あの星、とってもきれいだね」
リリィが指さす先には、ひときわ明るく輝く星がありました。
「そうね、リリィ。あれは北極星っていうの。昔から旅人たちの道しるべになってきた大切な星なのよ」
フローラは優しく微笑みながら説明します。
「へえ……。星って、そんな大事なことをしてるんだ」
リリィの目が輝きます。
「ええ、そうなの。星々は私たちに多くのことを教えてくれるのよ。季節の移り変わりや、農作業の時期、そして時には未来のことさえも……」
フローラの言葉に、リリィは驚きの声を上げました。
「えっ? 星が未来を教えてくれるの?」
「そうよ。これを星読みっていうの。私たちの村では、代々受け継がれてきた大切な知恵なのよ」
フローラは静かに目を閉じ、夜風に吹かれる草の匂いを深く吸い込みました。
「そうだわ、リリィ、星読みを教えてあげましょう」
「わあ! 本当? 嬉しい!」
リリィは飛び上がらんばかりに喜びました。
「でも、星読みは簡単なことじゃないわ。たくさんの星の名前を覚えて、その動きを理解して、そして何より、星々の声に耳を傾ける忍耐が必要なの」
フローラの真剣な表情に、リリィも身を引き締めます。
「うん、分かったよ。頑張るね、ママ」
「そう、その意気よ。じゃあ、まずは星座から覚えていきましょう」
フローラは優しく、しかし確かな口調で星々の名前を教え始めました。その声は夜風に乗って、まるで星々の囁きのように響きます。
「まずは、あそこを見てごらん」
フローラが指さす先に、リリィは目を凝らしました。
「あの、ひしゃくの形をした星の集まりが見える? あれが北斗七星よ」
リリィは大きく頷きます。
「うん! 見えた! 本当にひしゃくみたい」
「そうね。北斗七星は、昔から方角を知るための大切な目印だったの。特に、ひしゃくの端っこの二つの星を結んで、その5倍の距離を延ばすと、そこに北極星があるのよ」
フローラはゆっくりと腕を動かし、星と星を結ぶ線を空中に描きます。リリィも真似をして、北極星を見つけようと一生懸命です。
「あ! 見つけた! あそこだよね、ママ?」
「そう、その通りよ。よく見つけられたわ」
フローラは娘の頭を優しく撫でます。リリィは嬉しそうに微笑みました。
「次は、あのWの形をした星座が見える? あれがカシオペア座よ」
リリィは首を傾げ、空を見上げます。
「えっと……あった! あれだね?」
「そうよ。カシオペア座には面白い物語があるの。昔々、エチオピアに美しい王妃がいたわ。その名もカシオペイア。彼女はとても美しかったけれど、自分の美しさを自慢しすぎてしまって……」
フローラは星座にまつわる神話を、まるで昔話を語るように優しく話していきます。リリィは目を輝かせて聞き入ります。
「そして最後に、カシオペアは天に置かれ、永遠に椅子に座ったまま回り続けることになったのよ」
「へえ……。でも、きれいな星座だよね」
「ええ、そうね。美しいものには、時として悲しい物語が隠れているものよ」
フローラの言葉に、リリィは少し物思わしげな表情を浮かべます。
「さて、次はオリオン座よ。あそこに、三つ並んだ明るい星が見える?」
リリィは夢中で空を探します。
「あった! すごく目立つね」
「そうね。あれがオリオン座の三つ星。そして、その周りにある星々を結ぶと、大きな人の形になるの」
フローラは丁寧に、オリオン座を構成する星々を指で示していきます。リリィも一緒に指を動かし、空に大きな人の形を描いていきます。
「オリオンは、ギリシャ神話に出てくる大変な腕利きの猟師なの。でも、あまりにも腕が良すぎて、地上の動物をすべて狩り尽くしてしまうと豪語したために、女神アルテミスに罰せられてしまったの」
「えー、そんな……。でも、なんで星になったの?」
「アルテミスは、オリオンの才能を惜しんで、最後は彼を星座にしたのよ。だから今でも、オリオンは夜空で狩りを続けているの」
リリィは感心したように、オリオン座を見上げます。
「すごいね。星座には、こんなにたくさんの物語があるんだ」
「そうよ、リリィ。星々は、私たちの歴史や文化、そして想像力の結晶なの。だからこそ、星を読むということは、ただ星の位置を知るだけじゃなく、その背後にある物語や意味を理解することも大切なのよ」
フローラの言葉に、リリィは深く頷きます。
「分かったよ、ママ。星のこと、もっともっと知りたいな」
「ええ、これからゆっくり教えていくわ。星々は、季節によって見える位置が変わるの。だから、一年を通じて観察することで、もっと多くのことが分かるようになるわ」
リリィは目を輝かせ、再び夜空を見上げます。一つ一つの星が、今までとは違って見えます。それぞれが物語を持ち、意味を持つ存在として……。
「ねえママ、星って、私たちのことも見てるのかな?」
リリィの素朴な質問に、フローラは優しく微笑みます。
「きっとそうよ。私たちが星を見ているように、星々も私たちを見守ってくれているのだと思うわ」
その言葉に、リリィは何だか胸が温かくなるのを感じました。夜空いっぱいに広がる星々が、まるで優しく微笑みかけているように思えたのです。
フローラとリリィは、それからもしばらく星空を眺め続けました。星々の物語に耳を傾け、その光に導かれながら……。
「ママ、星って、本当にすごいんだね」
「ええ、そうなの。だからこそ、星々の声に耳を傾けることが大切なの」
フローラは静かに目を閉じ、深呼吸をします。
「さあ、リリィも目を閉じて。そして、心の中で星々に語りかけてごらん」
リリィは言われた通りに目を閉じ、心の中で星々に呼びかけます。
(こんにちは、星さんたち。あたしはリリィ。これからよろしくね)
すると不思議なことに、リリィの心の中に柔らかな光が広がるのを感じました。まるで星々が応えてくれているかのようです。
「ママ! なんだか、星さんたちが答えてくれた気がする!」
リリィが目を開けて驚きの声を上げると、フローラは優しく微笑みました。
「そう、それが星読みの始まりよ。星々の声を聞く能力が、リリィにはあるのね」
フローラの言葉に、リリィは誇らしげな表情を浮かべます。
「これからも、星々の声に耳を傾けていくのよ。そうすれば、きっと多くのことを教えてくれるわ」
「うん! 頑張るね、ママ!」
リリィとフローラは、再び夜空を見上げます。星々は今まで以上に美しく、意味深く輝いて見えました。
その夜、リリィは星々への新たな畏敬の念を胸に、眠りにつきました。これから彼女が星々から学ぶであろう多くのことを、心のどこかで予感しながら……。




