第41話「小さな天使のリングガール」
グリーンヴェイル村に喜ばしいニュースが舞い込んできた。
村の唯一の診療所で働く人気の女医、アイリス先生が結婚することになったのだ。
村中が祝福ムードに包まれる中、リリィにも大切な役目が任されることになった。
「リリィちゃん、私の結婚式でリングガールをやってくれないかしら?」
アイリス先生からの突然の申し出に、リリィは目を丸くした。
「え? わ、わたし……できるかな……」
リリィの小さな声に、アイリス先生は優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。リリィちゃんなら、きっと素敵なリングガールになれるわ」
そう言われて嬉しい反面、不安も募るリリィ。
家に帰ると、両親に相談した。
「パパ、ママ、わたし、ちゃんとできるかな……」
テラとフローラは娘を優しく抱きしめ、励ました。
「リリィならきっと大丈夫だよ。みんなで応援するからね」
それでも、リリィの心配は消えない。そんな時、親友のエマが駆けつけてきた。
「リリィ、リングガールやるんですって! 素敵!」
エマは明るく笑いながら、リリィの手を取った。
「そうだ! あたしがリリィをコーディネートしてあげる! そしたら大丈夫、きっとできるよ!」
エマの言葉に、リリィの目が輝いた。
「ほんと? ありがとう、エマ!」
◆
翌日の午後、エマは大きな箱を抱えてリリィの家にやってきた。その箱には、まるで夢から抜け出してきたかのような可愛らしいドレスが入っていた。
「リリィ、見て見て! これ、あなたのためのドレスよ」
エマが箱から取り出したドレスは、柔らかな薄紅色のシフォンでできていた。スカート部分には幾重にも重なったチュールが使われ、ふわふわとした雲のような広がりを見せている。
胸元には小さな真珠のような飾りが散りばめられ、ウエストには同じ色のサテンリボンが付いていた。まるで妖精の羽のような軽やかさと、お姫様のような優雅さを兼ね備えたドレスだった。
「わぁ……素敵……」
リリィは息を呑んで、ドレスに見入った。
「さあ、着てみて!」
エマが促す。
リリィは慎重にドレスに袖を通した。生地が肌に触れる感触が、まるで花びらのよう。フローラが後ろで大きなリボンを丁寧に結ぶと、ドレスはリリィの体にぴったりとフィットした。
「はい、次はこれよ」
エマは小さな白い靴を差し出した。靴の表面にはキラキラと光る小さなラインストーンが散りばめられ、まるでガラスの靴のようだ。
靴を履いたリリィの足元は、一段と可愛らしさを増した。
「最後は、これで仕上げよ」
フローラが持ってきたのは、繊細な花々で作られた冠だった。淡いピンクのバラ、白いカスミソウ、そして緑の小さな葉っぱが絶妙なバランスで配置されている。それを優しくリリィの頭に載せると、まるで森の妖精が現れたかのようだった。
「さあ、鏡をどうぞ、お姫様!」
エマとフローラに導かれ、リリィは大きな姿見の前に立った。
「わあ……」
鏡に映る自分の姿に、リリィは目を見張った。
いつもと同じ緑の瞳と茶色の髪なのに、まるで別人のよう。ドレスのふわふわしたスカートが優しく揺れ、花の冠が髪に輝きを与えている。小さな真珠のイヤリングが耳元で控えめに光り、首元には同じく真珠のペンダントが上品に輝いていた。
普段は畑仕事や動物の世話で元気いっぱいのリリィが、今は優雅で夢見るようなお姫様に変身していた。大きな緑の瞳がさらに際立ち、頬はほんのり桃色に染まっている。
「リリィ、すっごく可愛い! まるで天使みたい!」
エマの言葉に、リリィの頬がさらに桜色に染まった。
照れくさそうに微笑む表情が、一層リリィの愛らしさを引き立てる。
「ほんと? ありがとう、エマ。これならあたし、できる気がする!」
リリィの言葉には、不安と期待が入り混じっていたが、その目には確かな自信の光が宿っていた。小さな手で優雅にスカートを持ち上げ、きりっとした表情で背筋を伸ばすリリィの姿は、まさに小さな淑女そのものだった。
リリィの自信に満ちた表情を見て、エマも嬉しそうに笑った。二人の笑顔が部屋中を明るく照らし、まるで春の陽だまりのような温かな空気が広がっていった。
◆
結婚式当日、リリィは緊張しながらも、エマが選んでくれたドレスを身にまとい、会場に向かった。教会の前で待っていたアイリス先生は、リリィを見てとても喜んだ。
「リリィちゃん、可愛いわ! まるで小さな天使みたい」
アイリス先生の言葉に、リリィは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「ありがとうございます。アイリス先生も、とってもきれいです」
そう、今日の主役であるアイリスは純白のウェディングドレスに身を包んでまるで王女様のように輝いていた。
やがて式が始まり、リリィの出番が近づいてきた。小さな手で大切そうにリングピローを持ち、教会の入り口で待機する。心臓がドキドキと高鳴る。
「大丈夫、リリィならできるよ」
後ろからエマの声が聞こえ、リリィは深呼吸をした。
音楽が流れ始め、リリィはゆっくりと歩き出した。教会の中央の通路を、一歩一歩、慎重に進んでいく。両側に並ぶ村人たちの視線を感じて、少し緊張するが、エマの言葉を思い出し、背筋を伸ばした。
「わあ、リリィちゃん、可愛い!」
「まるで妖精さんみたい」
村人たちの温かいささやきが、リリィの耳に届く。その声に励まされ、リリィは少しずつ自信を持って歩を進めた。
祭壇の前に立つ新郎新婦の元へ到着すると、リリィは優雅にお辞儀をして、リングピローを差し出した。アイリス先生と新郎は優しく微笑み、リングを取り上げる。
「ありがとう、リリィちゃん。とても素敵だったわ」
アイリス先生のささやきに、リリィは嬉しそうに頷いた。
無事に役目を果たし、席に戻ったリリィのもとへ、エマが駆け寄ってきた。
「リリィ、すごかったよ! まるで本物のお姫様みたいだった!」
リリィは照れくさそうに笑った。
「ありがとう、エマ。あなたのおかげよ」
二人は手を取り合って、喜びを分かち合った。
式の後のパーティーでは、多くの村人がリリィを褒めてくれた。
リリィは嬉しさで頬を染めながら、感謝の言葉を述べた。
夜空に打ち上げられる花火を見上げながら、リリィは静かに呟いた。
「わたし、できたんだね。素敵な思い出になったわ」
そっと隣に立つエマが、リリィの肩を抱いた。
「うん、最高の思い出だね。リリィは本当に頑張ったよ」
二人の笑顔が、夜空にあがる祝福の花火よりも明るく輝いていた。
リリィは、この日の思い出を心に刻みながら、これからも頑張ろうと心に誓うのだった。




