第34話「小さな針の大きな夢」
秋の気配が漂い始めた夕暮れ時、リリィは母フローラの傍らで、真剣なまなざしを向けていた。フローラの手元では、編み針が軽やかに動き、柔らかな毛糸が次々と模様を作り出していく。
「ママ、すごい! どうやってるの?」
リリィの目は輝きに満ちていた。フローラは優しく微笑んで答えた。
「これはね、編み物っていうのよ。寒い季節に着る暖かい服や小物を作れるの」
「わぁ、私もやってみたい!」
リリィの声には、純粋な好奇心が溢れていた。フローラは嬉しそうに頷いた。
「そう? じゃあ、ママが教えてあげるわ」
フローラは立ち上がり、古い木製の箱を取り出した。中には様々な色の毛糸と、大小の編み針が収められていた。
「まずは、編み針の持ち方からね」
フローラはリリィに、小さな編み針を手渡した。リリィは慎重に、でも少し不器用な手つきで編み針を握る。
「そうそう、その調子よ。次は、毛糸を巻きつけるのよ」
フローラの指示に従って、リリィは真剣な表情で毛糸を編み針に絡ませていく。しかし、思うようにいかず、何度も指に絡まってしまう。
「あれ? どうしよう……」
リリィの顔に、少し焦りの色が浮かぶ。フローラは優しく微笑んで、リリィの手を取った。
「大丈夫よ。ゆっくりでいいの。こうやって、指を使って……」
フローラの導きに従って、リリィは少しずつコツを掴んでいった。
「できた! ママ、見て!」
最初の一目が編めた時、リリィは喜びに満ちた声を上げた。フローラは誇らしげに頷いた。
「素晴らしいわ、リリィ。その調子よ」
その日から、リリィの新しい日課が始まった。学校から帰ってくると、宿題を済ませた後、必ず編み物の練習をする。最初は不格好だった編み目も、日を追うごとに整っていった。
ある日、テラがリリィの様子を見て声をかけた。
「リリィ、随分上手くなったじゃないか」
「ありがとう、パパ! でも、まだまだなの」
リリィは少し照れくさそうに答えた。その手元には、小さなマフラーらしきものが編みかけられていた。
「これは誰のために編んでいるの?」
テラが尋ねると、リリィは嬉しそうに答えた。
「モモのため! 寒くなってきたから、あったかいのを作ってあげたいの」
モモは、リリィ家の大切な乳牛だ。テラは優しく微笑んだ。
「そうか。モモもきっと喜ぶだろうな」
日々の練習を重ねるうちに、リリィの編み物の腕前は目に見えて上達していった。しかし、時には思うように編めず、挫折しそうになることもあった。
「もう……どうしてうまくいかないんだろう」
リリィが落ち込んでいると、フローラが優しく声をかけた。
「リリィ、編み物はね、一目一目が大切なの。急がず、丁寧に。そうすれば、必ず素敵なものができあがるわ」
フローラの言葉に、リリィは深く頷いた。
(そうか……一目一目を大切に。前世では、こんな風にゆっくり物を作る機会なんてなかったわ……)
リリィは改めて編み針を握り直し、集中して編み進めていった。
秋も深まり、木々が色づき始めた頃、リリィの作品がついに完成した。不揃いな部分もあるけれど、愛情たっぷりのマフラーだ。
「ママ、パパ、見て! できたよ!」
リリィは誇らしげに、完成したマフラーを両親に見せた。フローラとテラは、感動的な表情でそれを受け取った。
「リリィ、本当によくがんばったわね」
「うん、素晴らしい出来栄えだ」
両親の言葉に、リリィの顔は幸せな笑顔で輝いた。
その日の午後、リリィは大切そうにマフラーを持って、牛舎に向かった。
「モモ、見てみて! あなたのために作ったの」
リリィがモモの首にマフラーを巻くと、モモは優しく鳴いて喜んでいるようだった。
夕暮れ時、リリィは牛舎の前で、マフラーを巻いたモモを眺めながら、静かに微笑んでいた。
(編み物って、本当に楽しいな。これからもっといろんなものを作れたらいいな)
秋の風が優しく吹き抜けていく。リリィの心には、新しい喜びと、次は何を作ろうかというワクワクした気持ちが芽生えていた。
その夜、ベッドに横たわりながら、リリィは今日一日を振り返っていた。編み物を通じて感じた達成感、両親の喜ぶ顔、モモの嬉しそうな様子。全てが、かけがえのない思い出として心に刻まれていた。
(明日は、エマにも編み物を教えてあげよう)
そんな考えを胸に、リリィは幸せな気持ちで眠りについた。窓の外では、秋の夜空に星々が静かに輝いていた。それは、リリィの未来を優しく見守っているかのようだった。




