第17話「夏至の夜、輝く村の宝物」
グリーンヴェイル村に、一年で最も長い昼の日が訪れました。
夏至祭の日です。
朝から村は祭りの準備で大忙し。
リリィは、両親と一緒に早くから村の広場へと向かいました。
「わあ! みんな、準備してるね!」
リリィは目を輝かせながら、あちこちで立ち上がる屋台や飾り付けられていく提灯を見つめました。
「そうだね。今年は特別にぎやかになりそうだ」
テラが優しく微笑みかけます。
「リリィ、お手伝いできることがあったらしてあげましょう」
フローラの言葉に、リリィは元気よく頷きました。
日が傾き始める頃、いよいよ祭りが始まります。村中から人々が集まってきて、広場はみるみるうちに活気に満ちていきました。
「パパ、肩車して!」
リリィの要望に、テラは嬉しそうに娘を肩に乗せました。
「うわあ……!」
高い位置から見下ろす祭りの風景に、リリィは息を呑みました。色とりどりのランタンが夕暮れの空に映え、様々な屋台から漂う香ばしい匂いが鼻をくすぐります。
「ほら、あそこに金魚すくいがあるわ」
フローラが指さす方向に、キラキラと光る水面が見えました。
「やってみたい!」
リリィの声に、テラは優しく娘を地面に降ろしました。
「じゃあ、行ってみようか」
フローラがリリィの手を取り、三人で金魚すくいの屋台に向かいます。途中、懐かしい顔がリリィに声をかけました。
「リリィちゃーん!」
振り返ると、エマが手を振っていました。
「エマ! 一緒に金魚すくいしよう!」
リリィは嬉しそうに友達を誘いました。
金魚すくいでは、リリィとエマは真剣な表情で挑戦します。何度か失敗しましたが、最後にはそれぞれ一匹ずつ掬うことができました。
「やったー!」
二人は顔を見合わせて笑いました。
次に向かったのは、輪投げの屋台です。そこではジャックが既に挑戦していました。
「あ、リリィ! 見てて、これ入れるから!」
ジャックは意気込んで輪を投げましたが、惜しくも外れてしまいます。
「惜しかったね。私も挑戦してみよう!」
リリィも輪を手に取り、慎重に狙いを定めます。
「えいっ!」
投げた輪は、見事に的に入りました。
「すごい! リリィ、上手だね」
ジャックが感心したように言います。
「ありがとう。ジャックも、もう一回挑戦してみたら?」
リリィの励ましに、ジャックは再びチャレンジし、今度は見事成功しました。
祭りが佳境に入ると、広場の中央で盆踊りが始まりました。太鼓の音が夜空に響き渡り、人々が輪になって踊り始めます。
「リリィ、踊ってみる?」
フローラが優しく尋ねました。
「うん!」
リリィは少し緊張しながらも、母の手を取って踊りの輪に加わりました。最初はぎこちない動きでしたが、周りの人々の温かい笑顔に励まされ、次第に楽しく体を動かせるようになります。
輪の中では、村長のアルドゥスが率先して踊っています。
その姿に、村人たちも一層熱が入ります。
「みんな、もっと元気よく! 今夜は夏の精霊たちも一緒に踊っているんだぞ!」
アルドゥスの声に、踊りの輪がさらに大きく、激しくなりました。
踊りの輪が大きくなるにつれ、リリィは新しい発見をしました。普段は少し怖いイメージのあったトムが、意外にも楽しそうに踊っているのです。
「あれ? トムも踊ってる!」
リリィの驚いた様子に、フローラは優しく微笑みかけました。
「お祭りの夜は誰もが心を開くのよ」
その言葉に、リリィは深く頷きました。
踊りの後、一息つくために家族で屋台を巡ります。甘い香りに誘われ、リリィは綿菓子の屋台に足を止めました。
「食べたい?」
テラが尋ねると、リリィは嬉しそうに頷きます。
「うん! おっきいのがいい!」
テラは笑いながら、真っ白で大きな綿菓子を買ってくれました。
「わあ、雲みたい!」
リリィは目を輝かせながら、ふわふわの綿菓子に顔を埋めます。甘くて優しい味が、口の中いっぱいに広がりました。
夜が更けるにつれ、祭りはクライマックスへと向かいます。村の広場の中央に、大きな櫓が組まれました。
「さあ、みんな! 今年の願い事を書いた短冊を結びつけましょう!」
アルドゥス村長の声が響き渡ります。人々は思い思いの願いを書いた短冊を持って、櫓に近づいていきます。
「リリィ、何をお願いするの?」
フローラが優しく尋ねました。
「えっと……」
リリィは少し考え込みます。そして、にっこりと笑顔を見せました。
「みんなが幸せでありますように、って書こうと思う」
両親は驚いたような、嬉しそうな表情を見せました。
「素敵な願い事ね」
フローラが優しく頭を撫でます。
短冊を結び終えた後、いよいよ祭りのフィナーレです。空高く打ち上げられる花火を見るために、村人たちは丘の上に集まりました。
「準備はいいかな? 始めるぞ!」
アルドゥス村長の合図で、最初の花火が夜空に打ち上げられました。
「わあ! きれい!」
リリィは思わず声を上げます。赤や青、緑や黄色、様々な色の花火が夜空を彩ります。大きな音と共に広がる光の花に、村人たちから歓声が上がりました。
テラの肩車してもらったリリィは、まるで空に手が届きそうな気分です。フローラは優しくリリィの手を握り、家族三人で美しい光景を見上げています。
「ねえ、パパ、ママ」
リリィが小さな声で呼びかけました。
「なあに?」
「私ね、このお祭りが大好き。みんなが笑顔で、とっても幸せそうだから」
両親は優しく微笑みながら、リリィを抱きしめました。
「そうだね。私たちも、リリィと一緒にこの祭りを楽しめて幸せだよ」
テラの言葉に、フローラも頷きます。
夜空に咲く大輪の花火を背景に、リリィは心の中でつぶやきました。
(こんな素敵なお祭り、前世では一回も体験できなかったな……。今、ここにいられて本当に幸せ)
夏の夜風が優しく頬を撫でていきます。リリィの心には、この夜の思い出が深く刻まれていきました。明日からまた日常が始まります。でも、きっとその日常も、今日の祭りのように輝いて見えるはず。そう信じながら、リリィは最後の花火を見上げました。
◆
最後の大きな花火が夜空に咲き誇り、轟音と共に無数の光の粒となって消えていきました。村人たちから大きな拍手が沸き起こります。
「リリィ、どうだった? 綺麗だったかい?」
テラの問いかけに返事はありません。肩の上で、リリィの呼吸が静かな寝息に変わっていました。
「あら」
フローラが優しく微笑む。昼間からの興奮と疲れが一気に押し寄せてきたのでしょう。小さな体には、大きすぎる一日だったのかもしれません。
「そっと、背中に移そうか」
テラはゆっくりとリリィを肩から降ろし、フローラの助けを借りながら、そっと背中におぶり直しました。リリィの頬には、まだ祭りの興奮で上気した紅潮が残っています。
「あなた、大丈夫? 重くない?」
「ああ、大丈夫さ。それにしても……」
テラは少し声を落として続けました。
「随分と大きくなったね。去年の夏至祭の時は、もっと小さかったのに」
フローラは、寝顔を見せるリリィの髪を優しく撫でながら頷きました。
「ええ。でも、まだまだ私たちの小さな宝物よ」
帰り道、月明かりが三人の影を優しく照らします。祭りの余韻が残る village の小道を、テラは慎重な足取りで歩いていきます。リリィの寝息が、テラの背中に温かく伝わってきます。
道すがら、同じように眠った子供を抱きかかえた家族とすれ違います。お互いに会釈を交わし、小さな笑みを浮かべます。夏至祭の夜、こうして親に抱かれて帰る子供たちの姿は、毎年見られる懐かしい光景なのです。
「ん……お花……きれい……」
リリィが夢うつつに呟きます。きっと、夢の中でも祭りの続きを見ているのでしょう。
「リリィ、良い夢を見ているみたいね」
フローラの声に、テラもにっこりと笑顔を見せます。
「ああ。今日は、きっと特別な思い出になったはずだ」
テラとフローラはお互いに微笑みあうと、幸せな帰路をゆっくりと歩き続けるのだった。




