第98話「父との約束、早起きの朝」
六月の空がまだ薄暗い午前四時、リリィの小さな目覚まし時計が静かに鳴った。昨夜、何度も時計を確認したせいで、目覚ましが鳴る前に目が覚めていた。今日は特別な日。父テラと一緒に、初めての朝一番の搾乳を手伝う約束の日だった。
リリィはそっと布団から抜け出し、慎重に着替えを始めた。母フローラが前日に用意してくれた作業着は、まるで本物の農夫の子供のような気分にさせてくれる。小さなポケットには、モモのためのニンジンが入っていた。
「よく起きられたね」
階段を降りると、テラが優しく微笑みかけた。大きな手で娘の頭を撫でる。その仕草には、いつもの農作業での力強さは見えず、ただ愛情だけが溢れていた。
台所では、フローラが温かいココアを用意していた。
「朝ごはんは作業の後にしましょうね。でも、これだけは飲んでおいて」
ココアの優しい甘さが、まだ眠たい体を少しずつ目覚めさせていく。
牛舎までの道のり、テラは普段より少しゆっくりと歩を進めた。リリィの小さな足取りに合わせているのだ。まだ暗い空の下、父娘の影が一つに重なって伸びていく。
「パパ、モモは起きてるの?」
「ああ、もう待ってるよ。乳牛は早起きなんだ。毎朝、日の出前から起きている」
牛舎に着くと、モモが穏やかな目でリリィを迎えた。普段より早い来客に少し驚いた様子だが、リリィの手のニンジンを見つけると、嬉しそうに首を伸ばしてきた。
テラは娘に搾乳の基本を一つずつ説明していく。はじめに牛の体を清潔に保つこと、優しく接すること、そして何より大切な感謝の気持ち。
「モモがくれる牛乳は、みんなの命をつないでいくんだよ」
その言葉に、リリィは深く頷いた。小さな手で慎重にモモの体を拭き、テラの指導の下、初めての搾乳に挑戦する。思ったより難しく、最初は上手くいかない。
「焦らなくていいよ。モモも、リリィが頑張ってることをわかってるから」
テラの励ましに、リリィは深呼吸して再挑戦。すると少しずつ、温かな牛乳が桶に滴り始めた。その瞬間の喜びに、リリィの目が輝いた。
作業を終えて牛舎を出ると、空が少しずつ明るみを帯び始めていた。テラはリリィを肩車して、朝日を眺める場所まで連れて行った。
「見てごらん。今日も太陽が昇ってくる。毎日同じように見えるけど、一つとして同じ朝はないんだよ」
肩車の上から見る景色は、いつもと違って見えた。朝日に照らされた村が、まるで宝石のように輝いている。
家に戻ると、フローラが温かい朝食を用意して待っていた。テーブルには、モモの新鮮な牛乳とフローラ特製のパンが並ぶ。
「どうだった? 私の可愛い酪農家さん」
フローラの問いかけに、リリィは誇らしげに今朝の出来事を話し始めた。両親は優しく微笑みながら、娘の成長を見守る。
朝食を終えた後、リリィは眠くなってきた目をこすりながら、両親に甘えた。
「今日は特別。少し眠ってもいいよ」
テラの大きな腕に抱かれながら、リリィはうとうとし始めた。今朝の思い出が、幸せな夢となって広がっていく。窓の外では、新しい一日が始まろうとしていた。




