3)学院にて
離婚から一年数か月が過ぎた。オリハは学院に通っていた。
二年間の短期課程を修了したら魔導検定試験を受ける予定だ。クルトと婚約し結婚したころは考えられなかった進路だ。
一年以上も前、離婚騒ぎのころ。日を置かずに学院に通う手続きを行った。
卒業式の明くる日に結婚、その翌日には離婚。家に戻る馬車の中で学院に行くことを決め、慌ただしく手続きをした。
学院の教育課程は幾つもあるが、短期課程のうち国家試験準備のためのものは締め切りが間に合った。学年末休暇ののち、オリハが学院に通い始める頃には離婚の後処理も順調に進んでいた。
ノアーク侯爵はオリハのデマを流したドミニクとその取り巻きたち、それにドミニクの実家ローエ子爵家にも報復をした。
ドミニクが王立学園に悪質なデマを流した件はかなり有名だった。名家のご令嬢の不穏な噂に「おかしいのではないか」と首を捻る者も多かったが、立ち消えては吹聴され、また消えては復活しと単発の噂が不自然に広まっては途絶えてを繰り返していた。
さらに「ドミニク・ローエが虐められている」という噂に至っては、オリハが学園に通っていないのに不可能だろうと思うものがほとんどだった。
そのうちに、噂を流しているのがドミニクの取り巻きだということも知られるようになっていた。要するに、犯人がすでにばれていた。そのために証人集めは速やかに終わった。
キアヌは徹底的にやった。敏腕弁護士を雇い裁判を起こした。結果、オリハが噂のせいで学園に通えなくなったという被害が出ていたことも踏まえて巨額の賠償請求となった。
勝訴に決まっている裁判が三年も放置されていたのは学園が非協力的だったせいもあった。学園長などは「たかが生徒の噂ごときで」と軽視していた。学園内でのデマ騒ぎで裁判沙汰になるなど醜聞だと主立った運営陣には疎まれた。
予知夢では、オリハが父を止めて裁判になどならなかった。なぜ止めたのかといえばクルトに「これ以上、ドミニクを虐げるな」と妨害されたからだ。どれだけ馬鹿にしているのかと思う。オリハが愚かすぎるからいけないのだが。
有能な弁護士のおかげでローエ子爵家はお取り潰しとなりかけたが、ローエ子爵は腹を立てて妻とドミニクを売った。
その金と商会を売った金でなんとか子爵家を守った。全てを失って名だけが残った形だ。守ったと言えるかは微妙だ。
キアヌは王立学園側にも賠償請求をした。オリハがデマを流されるという虐めを受けていたにもかかわらず三年間も放置したのだから学園も悪質だと裁判沙汰にしてやろうとしたが、王立学園が謝罪をし、三年間の授業料を返還したのでとりあえず矛を収めた。
ディメス伯爵家は領地の半分を失い、さらにノアーク侯爵家の息のかかった家からの絶縁を喰らった。息子クルトは勘当され次男が継ぐことになったがこれから長い年月、爪に火を灯す生活を強いられることだろう。
学院での日々は順調だった。来年、魔導検定試験は合格できるのではないかと思う。もともとオリハの成績は良かった。
魔導検定は難易度の高い試験で受ける人はあまりいない。合格しても魔導研究所などに就職しやすいとか、その程度しかメリットがないからだ。それでも一つくらい国家試験の合格証が欲しいし、受かれば魔導士と名乗れる。格好良いと思う。
とはいえ、オリハが学院に通う目的は魔導士になるためではない、身を守る魔導具を作るためだ。
夢で見た不幸を回避するために出来ることをしたかった。
ジュイド公国の希少鉱石については魔獣素材に詳しい弟のスバルに託した。丸投げともいう。夢で見た情報をありったけ伝えたので優秀な弟はきっと上手く見つけてくれる。スバルは、オリハが「代替品を夢のお告げで見た」とつい本当のことを言っても笑わずに、興味津々の様子で聞いてくれた。
学院では、当然ながら謂れのないデマを流されることはなかった。周囲の学生は拍子抜けするくらい普通にオリハを受け入れてくれた。
今日はその学院がざわざわと落ち着かない。
トルスティ帝国からカイム皇太子が視察にやってくるからだ。皇太子は学院で、今現在開催中の催事を見学されるという。その間、オリハは皇太子を見守る予定だ。
気持ちとしては、皇太子などに興味はない。彼はドミニクに惚れた男だ。あんな性悪女に惹かれるなどクルトと同類だろう。
今ではクルトの名を思い浮かべるだけでぞっとする。馬鹿な自分が過去にやらかした愚行への羞恥、悔恨、未来の不安、それらの悪感情も込みでクルトのような男はオリハの避けたい人間の筆頭だ。けれど、カイム皇太子がドミニクを皇妃にすると戦乱を呼ぶ。
カイムは一度はオリハを選ぼうとした。そのときにオリハが選択ミスをしなければ戦争は回避できたというのに。その唯一の機会を、愚かすぎたためにオリハは逃したのだ。
未来を変えなければならない。
カイムに望まれたら頷く。そう決めている。
オリハの最も理想とする未来は、彼がドミニクに出会わず、オリハにも気付かず帰国することだ。それきり二度と来ないで欲しい。
あの悲惨な予知夢とは異なり、ローエ子爵はドミニクを豪商の男爵家に売った。初老の男が当主の家だ。正妻は幾人か子を産んでいるが、さらに愛人が三人もいるという。
その愛人たちも訳ありらしい。
そんなに堂々と愛人だらけの生活をすれば悪評が立ちそうなものだが、男爵の愛人たちは「訳あり」ばかりだ。
子を産めなくて離婚された気の毒な女性とか、夫を亡くし家族もなく生活できなくなった女性とか。そういう女性たちなので誰もなにも言わない。ドミニクも多額の借金を抱えているので訳ありになる。
ロウガス男爵家の愛人が今のドミニクの立場だ。借金の形に売られたので逃げられないはず。そんな女を皇太子は選ぶだろうか。
なにしろ「龍の番」だ。機会があればどうなるかわからない。そもそもドミニクは自由に学院などに来られるだろうか。
どう運命が転ぶかは今日一日、皇太子の様子を見守っていればわかる。とはいえ、それがそう簡単ではなかった。
皇太子の予定は安全上の理由であまり大っぴらにはなっていなかった。関係者は当然、把握しているとしても末端の学生にまで開示されていない。もちろんオリハも知らない。
学生たちの噂話に耳を傾け、過去にも催事に要人が訪れたときには正門から魔導車で乗り付けたという情報を得た。
裏門からすぐに駐車場があるのだが、警備の都合で正門から入るほうが一番死角がなく、駐車場から会場までの距離が近いという理由で過去には正門を使う経路になった。今回もそうではないかと聞いた。
という訳で、オリハは正門を見張っていた。他にも同様の学生や見学者が大量にいるのでオリハはまったく目立たずに待つことができた。
お読みいただきありがとうございました。
明日は、夜20時に投稿いたします。




