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15)エピローグⅡ(真相)

本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。




 クレイルは古ぼけた屋敷の前庭から妻がいるであろう部屋の窓を見詰めていた。

 屋敷に帰るのは、いつしか苦行となった。外で働いているほうがよほど心の安寧がある。

 仕事を終えて屋敷に帰ってきても、部屋から妻が出てくることはない。

 ラスティ伯爵領に着いて三か月が過ぎた。

 ここで愛する妻と静かに暮らすのだと思っていた。

 父が、クレイルを許すことはないだろうと知っていた。

 恋に溺れた愚か者など、生かしておいてくれただけで感謝している。

 リレイシャは、ラスティ領に着いてひと月ほどしたころから顔が変わり始めた。

 クレイルは笑いが止まらなかった。

 リレイシャは顔まで偽だったのだ。

 顔を変える施術を受けていたようだ。その密やかな傷を癒やすために特別なクリームが必要だったらしい。

 クリームが手に入らなくなり、徐々に顔が崩れている。

 リレイシャは青白い顔をさらに白くして部屋に閉じこもっている。

 なにもかも偽だったのだろう。

 クレイルを喜ばせるために。魔力も顔も、性格や会話さえも作ってあったのだ。

 そんな偽物を掴まされた第二皇子など、僻地に閉じ込められるのは当然だった。

 リレイシャの実家ルガリエ家は、戦争肯定派だった。


 我が国トルスティ帝国は、必要な戦いであれば厭わない。叩きのめすべき敵であれば果敢に戦うのは当然だ。

 だが、戦争肯定派は、領地を奪い、金を得るための手段として戦争を利用する。彼らがなにをどう取り繕うとも、その私利私欲に塗れた動機は隠しようもない。

 我が帝国の帝王学には、そんなものはない。民の命を使って金と領地を得る所業を厭悪するのがトルスティ帝国である。

 父はルガリエ家を忌々しく思っていた。

 それなのに、クレイルはルガリエ家の寄越した間諜のような妃に溺れた。

 断種の薬を飲まされたことは知っている。

 若くしてクレイルの人生は終わったようなものだ。

 リレイシャを捨てれば違う人生があった。だが、自分の過ちを認めたくなかった。

「兄上の妃は可愛らしかったな」

 我知らず呟いてもその言葉を聞く者はいない。クレイルには侍従も護衛もいない。どうでも良いと思われているのか、なにもできやしないと信用されているのか。

 オリィ、と兄上は呼んでいた。

 名まで微笑ましい。

 きっと、兄は幸せに暮らしているだろう。

 クレイルには得られなかった跡継ぎも、兄は二人も恵まれた。

 クレイルは、もうリレイシャには近付かない、話し掛けない。

 顔と魔力と話術が偽であることはわかった。もしかしたら、体にも偽りが隠されているのかもしれない。

 そんなものは見たくない。

 きっと、笑ってしまう。顔の崩れた妃を見て、クレイルは大笑いしてしまった。

 あれからリレイシャは部屋から出ない。

 彼女の心がこれ以上、壊れてしまったら生きていけないだろう。

 クレイルは貧しい領地をなんとかするために視察し、あれこれと村長らと話し合い、持ってきた資金を生かすために良い方法を検討している。

 クレイル自身はこんな生活も悪くないと思っている。

 まだ三か月しか経たないが、この僻地の村長たちはクレイルの仲間となっていた。無骨で無口で、貧しい村の村長たちは、村を守ろうと懸命だった。

 持ってきた資金を生かしたいと、あれこれとクレイルが案を出したことが気に入られたらしい。その次の村長会議で、彼らはずいぶんと多くの思い付きを持ってきた。

 いつもは無口な村長らが雄弁に語るそれらを、クレイルは残らずやってみたいと思う。ここで骨を埋めるつもりでやり遂げよう。

 皇宮では、父や兄の補佐的な仕事をしたいと望んでいた。そのために幼いころから勉強だけは頑張っていた。

 クレイルの人生が転げ落ち始めたのはリレイシャに出会ってからだろう。美の女神のように美しい姫君に、クレイルは一目惚れしてしまった。

 笑顔も声も、話し掛けて楽しげに答えてくれるその様子も、他愛のないやり取りも、楽しくて二人でいれば笑い声が絶えなかった。

 彼女こそ番であろうと、そう疑いもなく思った。

 十五の夏のことだった。

 クレイルを惑わせ信じさせたのは、リレイシャを「作り上げた」ルガリエ家の参謀だろう。

 せめて、魔力の高い女を使えば良かったのに、彼らは娘を美貌で選んだ。念入りにクレイルを惚れさせるために、リレイシャの顔を弄った。

 リレイシャはそんなことを望んだのだろうか。

「望んだのだろうな」

 望んだに決まっているだろうに。あの女はそういう質の女だ。

「ハハ」

 愚かさが滑稽で、止めどなく自嘲の笑いが零れる。

 リレイシャは、クレイルが思うような女ではなかった。

 身も心も女神のごとく美しいと、クレイルはずっと思い込んでいた。

 それがまやかしだと気付いたのはいつだったろう。

 始終、一緒にいれば、どんな愚鈍でもわかる。この女はとんだ嘘付きだと。わかっていた。

 優秀な、クレイルを支えてくれていた侍従たちが、少しずつクレイルに伝えていた。

 クレイルが信じなければならないのは、あの身も心も腐った女ではなかった。侍従たちだった。

 リレイシャは「あの侍従は信用ならないわ」「あの侍女は意地悪よ」「あの陛下の側近は変だわ」などと、クレイルを誘導しようとした。

 クレイルは、リレイシャは信用ならないと僅かずつ気付きながら、リレイシャの言うなりになっていた。

 忠言してくれる侍従が殺されてしまわないか、その怖れもあった。情報通の侍女が不審死しているが、その真相は今でもわからない。どちらであろうかと、クレイルは思う。

 暗殺だとしたら、敵ながら素晴らしい手際だ。

 女に溺れ皇帝の信用を失った、クレイルは皆にそう思われていた。

 リレイシャはクレイルを操っていると、そう自惚れていた。ルガリエ家もだ。

 クレイルは実際は気付いていたのだ、自分がどんなに愚物か。

 十代の若いころはまだしも、リレイシャとルガリエ家の真実に気付きながら、軌道修正ができなくなっていた。

 クレイルが愛し続ければ、リレイシャはクレイルのために善き妻になろうと思ってくれるのではないか。

 そんな妄想に希望を抱き、あるいは、半ば自棄になっていた。

 自分ひとりが愚かなくらいで、この大国が傾くわけでもない。

 父も兄も聡明で権力を持ち、有能な側近が脇を固めている。

 クレイルは、性悪で強かな妻とともに皇宮の隅で、惰眠を貪るように愚かなままでいられると、思い込もうとしていた。

 その結末は、断種の薬を飲まされて僻地に飛ばされるというものだった。

 病死を装う薬よりも、よほどましだ。

 この領地は貧しいが、村長たちは皆、善良で働き者だ。


 クレイルは皇宮を離れて知ったことがある。

 知った、というより、気付いたのだろう。思い返せばわかる、自分が思うよりも、クレイルは情報に接していた。ルガリエ家はリレイシャを介してクレイルの身近にあったのだから。

 漏れ聞こえた会話の意味やちらりと目にした手紙の文言を、クレイルはあの頃は大して重要とは思っていなかった。

 彼らが国の敵だったことを思い知ってから、全てが繋がっていった。

 あのままだったら、きっと愚かな第二皇子夫婦は、帝国に戦争を招いた。

 自分はそれだけ、ルガリエ家とグラニス侯爵家を甘く見ていた。

 あの二つの家が潰されなければ、彼らの望むままにクレイルは利用され、戦争に突き進んだはずだ。

 それを防いだのは、兄が番を見つけた、その出来事だった。

 まさか、兄に番が見つかるなど、誰も思っていなかった。

 ルガリエ家とグラニス家とその手先たちは、魔力の高い聡明な娘を残らず殺した。

 ある時期から魔力を持つ女たちの病死が多かった。露顕しなかったのは、手先の者を忍び込ませ、二年三年と日をかけて殺していったからと思われる。

 そもそも我が国は魔力の高い女性は少ない。容易いことだ。

 だから、彼らは安心していた。

 愚かな女を兄上に見繕うことが、ルガリエ家とグラニス侯爵家の作戦の要だった。

 カイム皇子の皇太子としての地位をぐらつかせることができれば、カイムは皇宮での力を失う。

 皇太子としての条件が整っていないと議会で責め立てれば良い。

 そうすれば、立太子の儀が中途で止まっている皇太子の意見など、幾らでも潰せる。正式な皇太子ではないのだから。

 単に皇帝が無理強いして立たせた皇太子など飾りだ。いつでも引きずり下ろせる。

 あるいは、カイムに、容易く操れる頭の悪い女か、貞操の緩い性悪女を宛がえばいい。

 皇太子妃を使って、上手く戦争のきっかけを作る計画だった。

 戦争さえ始まってくれれば、どさくさに紛れてリレイシャに親族から浮気相手を選んで子作りさせるつもりだった。


 そんな推測は、愚鈍なクレイルでもわかる。

 だから、リレイシャの魔力などどうでも良かった。偽で良かった。

 リレイシャが皇室の子を産むことはない。

 だが、後で托卵すればいい。

 戦争さえ始まれば、ルガリエ家とグラニス侯爵家を中心とする戦争肯定派と、ジュイド公国の天下だった。


 クレイルはこの伯爵領を立派な領地に育て上げようと思う。

 自分には、跡継ぎも、優しい家庭も得られなかった。

 その代わり、この領地の子らを育てよう。

「あの兄嫁の可愛らしい髪に触れてみたかったな」

 いつか機会があるだろうか。

 この領地を立派に守り立てることができたなら、新年の宴に顔を出すことが許されるだろうか。

 甥たちに会えることができたら、そっと、手が滑った振りをして兄嫁の髪に触れてみよう。

 兄は怒るだろうけれど、知らない振りをすればいい。

 そんな馬鹿げた思い付きを考えるだけで気が晴れる。

 さて、今度の村長会議では、あの酸っぱいばかりの実がなるイラクサの話をする予定だ。調べさせたらけっこう使える魔草だった。棘の毒が、解毒剤の材料になるとわかったのだ。報告書も纏めてある。こういう仕事では慎重なクレイルは、念を入れて調べてもらった。

 きっと村長たちは驚き喜ぶことだろう。




最後までお読みいただきありがとうございました。

なんとか完結いたしました。

感想や、誤字報告やご支援、心より感謝いたします。

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― 新着の感想 ―
兄嫁の髪を触りたいという、目に見えてわかりやすい暴力的な行動ではなく、背筋をナメクジが這うような思わず鳥肌が立つような気持ち悪さの演出に感服しました。本人に特に悪意や強い情念がなさそうなところが特に気…
マジか弟は純愛だと信じてたwwwしんどいwww
元第二皇子きんもー☆彡 もし触ったら拷問してブッコロコースだわぁ。 顔が崩れるまで国の敵である妻を無条件に庇い続けるし、ホント愚鈍で済まないレベル。 ところで皇太子は細切れ発言していたけど、ルガリエ…
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