第1章 静かな昼休み
教室という場所は、毎日同じ時間が流れているように見えて、
実際には目に見えないひび割れが少しずつ広がっています。
誰もが笑っているふりをしながら、心のどこかで孤独や不安を隠している。
そしてある日、取り返しのつかない瞬間に気づくのです。
――どうして、あのとき気づけなかったのだろう。
この物語は、そんな「後悔」と「罪」を描いています。
読んでくださるあなたにも、一緒にこの問いを抱いていただければ幸いです。
昼休みのチャイムが鳴り響いた。
一斉に立ち上がる椅子の音、友人たちの笑い声、廊下を駆け抜ける足音。
二年三組の教室は、いつも通りのざわめきで満ちていた。
篠原凛は、その中でひとり机に座っていた。
弁当箱は開けられず、視線は窓の外に固定されている。
グラウンドではサッカー部が汗を光らせ、春の風にボールを転がしていた。
「篠原、また一人?」
声をかけてきたのは浅井優斗だった。
クラスの中心にいる彼は、誰にでも分け隔てなく声をかける。
その笑顔はまぶしく、同時にどこか作られたように見えた。
「……別に」
凛は小さく答えた。
優斗は机の端に腰を下ろすと、袖口を直した。
その一瞬、青黒い痣が目に入る。
凛は気づかないふりをして、窓の外へ視線を戻した。
そのとき――
教室の隅から、低い笑い声が聞こえた。
「ねえ、あいつ、また来てるよ」
数人の視線の先には、桐生美空の姿があった。
髪は長く、制服はだらしなく着崩している。
彼女は席に沈むように座り、誰とも目を合わせようとしなかった。
クラスの誰もが近寄らず、ただ陰口だけが彼女の存在を確認していた。
凛はふと、美空の横顔を見た。
無表情の奥に、何か重たいものを抱えているのがわかる。
その視線に気づいたのか、美空がゆっくりと顔を上げた。
一瞬だけ、目が合った。
その瞳は、深い井戸の底みたいに暗かった。
第1章を読んでくださり、ありがとうございます。
「教室」という場所は、どこか安全で、当たり前の日常に見えます。
けれど、その裏で誰かが苦しんでいることもあります。
もしあなたが過去の自分や誰かを思い出したのなら、
この物語は少しだけ、あなたの心に届いたのかもしれません。
これから物語は、より深く、より暗い部分へと進んでいきます。
どうか最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。