儚奏…拾壱
定位置である、使われることのないただの装飾品でしかない暖炉の前に置かれた長椅子になかった姿を探して、銀の双眸は室内を彷徨う。数秒と経たぬうちに探し物を見つければ、自然と足は止まっていた。
「時雨」
呼びかけに、窓の外を見つめていた時雨が振り返る。柔らかな微笑みがそこにあった。
「お帰りなさい、四季。六花は元気だった?」
「ただいま。勝負に負けて悔しがる程度には元気だったな」
一度止めた歩みを再開する。耳に届く鈴を転がすような涼やかな笑い声がくすぐったかった。
線の細い彼女の隣に並ぶ。
「あらあら。また負けたの。ふふ…やっぱり、四季と対等に渡り合えたのは、桔梗だけだったのかしら」
「さあ、どうだろう。今回は危うかった」
「あら、そうなの?」
少し触れただけで壊れてしまう硝子細工のような儚さを醸し出す時雨は、けれどこう見えて、この箱庭の中で一番の力持ちだった。料理が得意だったのも彼女だ。時雨に包丁を持たせたら、その時だけは白の世界は鮮やかな色彩に満たされた。
それが今は、広いテーブルに二人分の料理が並ぶだけとなった。
「彼には秘密だよ?時雨」
唇に人差し指を当てて見上げた先で、辛うじて保っていた仮面が壊れて、床に落ちて砕け散る音が聞こえた気がした。




