花奏…壱
世界は着実に、失ったものを取り戻している。色彩の時間は、完成に近付いていた。
頬杖をつく銀の瞳にチェス盤が映り込む。向かいの椅子が主を失ってから、どれ程の時間が流れたのだろう。伸ばした指で弄んでいたクイーンの駒が倒れて乾いた音を立てた。
桜も。桔梗も。
外の世界が取り戻したそれ等を、白の世界は決して存在を許さない。
壁に吊るされた時計が重い鐘の音を響かせる。
体の芯に響いてくるようなその音に、四季は立ち上がる。クイーンの駒は倒れたままで、近くを通りかかった相手を呼び止めた。
「時雨。六花を見なかったか?」
「いいえ?見ていないけれど。どうしたの?」
二重の愛くるしい銀の瞳を瞬かせて、彼女は尋ねてくる。両腕に抱える幾冊もの本が重そうだった。
「チェスの約束をしてあった」
「珍しいわね、彼が遅刻なんて」
軽く肩を竦める動作が同意の代わり。短い謝礼を述べて時雨と別れた四季は、談話室を後にする。捜し人を求めて廊下を歩き出した。
約束を破ることなど今まで一度もなかった。だからといって、心配だという理由ではない。
ただ、彼とチェスをする事が楽しみだった。
それが、捜しに出た理由。




