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淡奏…壱

 名前を呼ばれた。室内がざわめきに包まれる。

 箱庭から一つの欠片が消えて、窓の外の世界が喪失の一部を取り戻したあの日から一ヶ月。散り逝く桜花が当たり前の景色になり始めた頃だ。

 名前を呼ばれた。

 読んでいた書物から顔を上げる。点在する囁きがぶつかり合って変化した大きなざわめきの中で、開けられた扉から手招きしている白服の大人の微笑みを見た。

 あと数頁で読み終わる本を栞を挟まずに閉じた四季は、立ち上がった。無造作にそれを座っていた椅子の上に放り、幾つもの好奇な視線を背に受けながら部屋の入り口に辿り着く。

「四季。貴女に面会したいと仰る方がいます」

 ついていらっしゃい、と。

 白衣の裾を翻して廊下を歩いていく大人の背を追いかけながら、いつしか四季の知らない場所を目の前の相手は悠然と歩いていく。

 知らないのも当然だ。今己が通っているのは、外の世界の住人と箱庭の欠片達が唯一時間を共有出来る場所へと向かう道だ。

 この真っ白な箱庭が己の世界となってから一度も、四季に会いに来る誰かはいなかった。

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