#7 メイドVSメイド
「それじゃあ、少し出かけてくる」
「んー。どこ行くの?」
「ギルドに顔を見せに行こうと思ってな。お前も来るか?」
「いや、面倒だから良いや。私は留守番してる」
とある日の午前、ナナは魔導書片手にそう答えた。
ユウトは少し残念そうな顔をしてから、「野暮用を片付けたらすぐに戻ってくる」と言い残して部屋を後にする。
残されたナナはソファに寝転がり、太ももをぽりぽりと掻きながら読書に勤しんだ。
爽やかな風が部屋に吹き込んで、何とも過ごしやすい環境だ。ナナは大きく口を開けて、使用人らしからぬ鈍臭い欠伸を漏らした。
しかしその穏やかでのどかな昼前は、突然の来訪者によって跡形もなく壊されることとなる。
「──っユ、ウトさまぁ~~っ!」
「ピギャッ!?」
ナナはか細く潰れた悲鳴を上げた。
突如として天井から何かが降り落ちてきたのだ。何の前触れもなく、視界に残像が駆け走った。彗星のようなそれは、花の蕾のように可憐で華奢な声を上げつつ華麗に着地する。
ナナは驚きのあまりソファから転げ落ち、それから天井を見上げた。そこには穴など空いていないし、何かが落ちてくるような仕掛けも見当たらない。
一体どういうことだ、と困惑に駆られつつ、ナナは落ちてきた極小サイズの隕石のような何かを凝視する。
すると、そこに居たのは。
「ユウトさまぁっ! メイリーンが、ご主人様の専属メイドとして参りまし……あれっ?」
艶々と輝くピンク色の髪を肩までに切り揃えた、煌めく紫色の瞳を持つ美少女だった。
髪の内側には鮮やかな青紫色のインナーカラーが広がっていて、その顔には子供のようなあどけなさが残っている。しかし幼い顔つきとは正反対に、そのスタイルは十分すぎるほどに成熟し切っていて、白いエプロンに豊満な胸がこれでもかと言わんばかりの密度で押し込まれていた。彼女の着込んでいるメイド服はナナとは正反対に丈が短く、真っ白な太ももが惜しげもなく晒されている。
「だっ、誰ですかぁ!?」
「そ、そっちの方こそ……」
メイドは涙目になってナナを指さした。ナナも頬を掻きながら、眉間に皺を寄せて問い返す。
しかしその時、彼女の顔を見て思い出した。
どこかで見たような気がすると思っていたが、彼女は、そうだ。あの凱旋パレードでユウトの後ろを歩いていた、彼のパーティメンバーの一人ではないか。
「わっ、わたしはユウト様専属メイドのメイリーンですっ!」
「あっ。ど、どうも……私も雇われメイドのナナです……」
「めっ、メイド!? ユウト様の!?」
彼女は目を見開いて固まった。その顔からは「ユウト様のメイドはわたしなのに!?」という感情が鮮明に読み取れる。しかしそんなことを言いたげに睨まれても、雇われてしまったものは仕方がないのである。
「ええと、メイリーン? さんは、確かユウくんの、パーティメンバーの?」
「ユウくん……? な、なんでそんなに親しげな……」
震えた声で呼び名を指摘される。昔からの馴染みあるものだったので何の意図もなく口から零してしまったのだが、それがいけなかったらしい。他人の地雷はどこに埋まっているか分からないものだ。
面倒だなと思いながら、ナナは彼女を落ち着けるように両手を上げてみせる。
「えっと。それで、メイリーンさんは、何の用事でいらっしゃったんですか? というかどこから入って……」
「……わたしは、ユウト様のメイドとしてここにやってきたんです!」
彼女は胸を押さえてそう言い切った。
ナナのこめかみに一筋の冷たい汗が伝う。
これはもしかすると不味い状況なのではなかろうか。つまりはリストラの危機である。雇われてから数日目にして、早速失業の危機を迎えているというわけだ。
「……魔王を倒し、城下で凱旋を行ってから。ユウト様は、わたしたちの元から姿を消して、行方を眩ませてしまいました」
「は、はあ……」
「わたしはユウト様の行方を必死に探しました。そしてこの、王都の屋敷で暮らしていることを突き止めたんです!」
「……えっと、質問なんですが。メイリーンさんは、ユ……彼の、恋人ですか?」
「そうなる予定ですっ!」
「へ、へえ……」
「ゆくゆくはメイド兼お嫁さんとして、ユウト様と添い遂げる予定なんですっ!」
そのあまりにも巨大な熱量に気圧されて、ナナは曖昧な相槌を打つことしか出来なかった。
しかしその口振りから察するに、まだ付き合っているわけではないらしい。彼女がユウトに想いを寄せているのは間違いないが、彼がどう思っているのかまでは分からなかった。
ナナはそれを意外に感じる。彼のことだから、もう既にパーティ全員に手を出しているのかと。
凱旋を終えてからというもの、ユウトはパーティメンバーたちと連絡を取っていなかったらしい。人付き合いに関して誠実そうなのに、意外なことだ。
いやしかし、ナナにも旅に出てからの四年間何の連絡も寄こさなかったのだから、案外そういう面においてはものぐさなのかもしれない。
するとメイリーンは拳を握りしめ、それからわっと顔を覆って泣き始めた。
「やっとユウト様と二人きりで過ごせると思ったのに……なんでわたし以外のメイドが居るんですかぁ!?」
「そ、そう言われましても……。私はただ雇われただけなんで……」
「何で雇われたメイドさんが家主みたいにくつろいでるんですか!」
「ぐっ……ぐうの音も出ない!」
「そんなメイドさん、ユウト様には相応しくありません! わたしの方がっ。わたしの方が立派なメイドになれますぅ! 掃除も料理も洗濯も、全部完璧にこなしてみせますぅ~!」
「な、何を! 私のゴーレムだって愛情こもった料理を作ってくれるわ!」
「働いてるのはゴーレムじゃないですかぁ!」
張り合ってはみたものの、これは少々分が悪いかもしれない。服装からも見て分かる通り、どうやら彼女は自身の家事スキルに相当な自信を持っているようだ。メイド歴数日、付け焼き刃という言葉に服を着せて歩かせたようなナナとは比べ物にならないだろう。
するとその時、言い争う二人の間に光明が差し込んだ。
「そこで、何をしてるんだ?」
「──ユウト様ぁっ!」
「──ユウくん!」
ナナとメイリーンは同時に振り返った。
そこには困惑した様子で眉間に皺を寄せる青髪の青年、ユウトの姿がある。
彼を見た途端メイリーンは顔を光り輝かせ、その場で飛び跳ね、彼へと駆け寄っていく。抱きつかれる寸前でユウトは身を捻って彼女を避け、疑念に満ちた顔で彼女を見つめた。
「……メイリーン?」
「はいっ! ユウト様の専属メイド、メイリーンです!」
「何故ここに? オレの家の住所は、誰にも教えていないはずだが……」
「それはもう! 頑張って探しましたぁ!」
「探したか、そうか……」
ユウトは俯いて、親指で強く眉間を押さえた。それはどう見ても彼女に住処を知られたくなかったかのような表情に思える。
しかしこんなにも可愛い女の子に押し掛けられて喜ばぬ男など居ないだろう。それに彼は三度の飯よりもメイドが好きなはずだ。(※誤解)一体これはどういうことだろうか。
「その、メイリーン。オレは、ナナと……」
「ナナ? ……ナナって、あのちびっ子メイドさんのことですか?」
指を差され、ナナは少しムッとした。どうやら随分と年下に見られているらしい。
するとユウトは首を横に振り、ナナを横目で見ながら言った。
「メイリーン。ナナはああ見えて、お前より三つ年上だぞ」
「三つ? ……ということは二十歳? や、やだなあ、ユウト様ったら。どう見てもあの子、十四歳くらいですよぅ?」
「じゅっ、十四……」
客観的な意見が心に刺さる。幼く見られがちというコンプレックスを刺激され、ナナは胸を押さえて項垂れた。
ささやかに落ち込むナナを他所に、メイリーンは釈然としない様子で彼に捲し立てる。
「そっ、それに! ナナさんはユウト様と一体どういう関係なんですかぁ!? 雇われたメイドさんなのに、親しそうに名前を呼んだりだとか……!」
「ああ。それは、オレがナナの幼馴染だからだな」
「おっ、幼馴染……!?」
「ああ」
ナナは彼女の表情に亀裂が入った様を幻視した。
どうやら〝幼馴染〟という単語は彼女にとって相当に衝撃的なものだったらしい。
彼女は天地がひっくり返った所を目撃したような顔をして、けれどその動揺を歯を食いしばって気丈に堪える。
「でっ、でも! 幼馴染と言っても、ただの幼馴染なんですよね……!?」
「あっ。それは、うん……」
「そっ、そうですよね! 恋人ってわけじゃないんですよね!」
「うん……」
メイリーンは何度も彼に確証を取った。
その度に何故かユウトは深く傷ついたような顔をしていたが、とにかくメイリーンはその事実に一旦安堵したらしい。
「と、いうことは、ユウト様はまだ誰のものでもないってことですよね……!」
「? ああ……?」
「ユウト様っ!」
「?」
「わたしも、メイリーンもこのお屋敷で、メイドとして雇ってくださいっ!」
「え」
「この際ナナさんと一緒でも構いません! ユウト様のお傍に居られるなら!」
メイリーンが祈るように手を合わせる。
腕を寄せたことで溢れんばかりの胸が更に強調されており、何とも羨ましい。
潤んだ瞳でユウトを見上げる姿は捨てられた子犬のようでもあり、可憐な美少女にああも懇願されて折れぬ男などこの世に存在しないだろう、と思ってしまうほどいじらしかった。
きっとユウトも、彼女の願いに押し負けて頷くことだろう。
「いや、すまないがメイドは一人で十分なんだ」
「そっ、そんなぁ……!?」
しかしユウトは何と、その頼みを間髪入れずに断ったのだった。
お人好しの権化とは思えないほどの躊躇のなさだ。てっきり「そこまで言うならば仕方がないな」と言って彼女を快く迎え入れると思っていたのに。そしてすぐさまナナはお払い箱になると思っていたのに。予想外の事態を前にして、ナナも呆気に取られてしまう。
ユウトは爽やかに微笑んで、彼女と目線を合わせて言った。
「今の暮らしで全く問題ないからな。働き口を探しているのなら、オレが他に良さそうな所を当たってみようか?」
「いっ、いえ、そういうことでは……」
彼女が頬をひくつかせる。
ユウトの眼差しは彼女への慮りで溢れていて、そこに悪意は見当たらない。もしかしてこの男、尋常じゃないほどに鈍いのではなかろうか。何だか見ていて可哀想になってきた。
しかし彼女も勇者一行の一人。四年もの間ユウトと旅を続けた経験は伊達ではなく、これしきのことで彼女の心は潰れないようだ。
彼女は下唇を噛みつつ面を上げ、そしてナナへと視線を向けた。
「──それなら! ナナさんとわたし、どちらがユウト様の専属メイドにふさわしいか、勝負しましょう!」
突如として彼女に戦いを申し込まれたナナは、「な、なんだって……!?」と間の抜けた声で叫ぶことしか出来なかった。




