#23 竜
「ハフハフ……おっ、美味しい……!」
「そうすか。あざっす」
ナナが感動のため息を漏らすと、ジャックが単調に頭を下げてそれに応える。
魔物の肉は処理が難しい。魔力が身質に特殊な影響を与えているために、普通の動物の肉のように調理が出来ないからだ。
しかし齧りついた肉は臭みもなく、旨味の塊と言っていいほど濃厚で、完璧な味わいだった。
仮面を少しずらして口元だけを出し、魔物の肉を頬張るユウトも驚いている様子だ。
「良かったらレシピ教えてよ。ゴーレムに教えて作らせるから」
「良いっすよ。……ゴーレム?」
彼は首を傾げながらも、惜しみなく魔物肉の調理方法を教えてくれた。
「メモとか取らなくていいんすか」
「うん。一回聞いたことは忘れないから」
「へー。流石魔法使いっすね」
「ヘヘン」
ナナは胸を張る。すると後ろからポン、とユウトに手をのせられた。そうして彼に首に溜まったフードの皺を引っ張られる。自然な動作で彼の隣に座らせられた。
「どうしたの?」
「何でもない」
「はあ」
彼の返事は要領を得ないものだった。仮面で隠れているから、ユウトの表情をしっかりと確認することが出来ない。何だかそれが少しもどかしい。
けれど彼に真意を問いかけるよりも先に、ユウトが「そう言えば」と言ってモエギたちを見る。
「お前たちはどうして共に旅をしているんだ?」
モエギは口いっぱいに詰め込んでいた肉をどうにか飲み込んで、自分のパーティメンバーたちに笑顔を向けながら答えた。
「私たちはしばらく前にギルドで出会ったんです」
「うす」
「ああ」
「私が一人で旅をしていた時に、偶然一緒に依頼を受けることになって。それで意気投合して、そのままパーティに……という感じですね」
話を聞きながら、魔力探知でダンジョン内を探ってみる。
しかし上手く機能しない。
当然だろう。ダンジョン内は外よりも魔力濃度が高い。魔力で満ち溢れているために、どんな魔物がどこに居るのか探り当てるのは至難の業だった。
ユウトの袖を引き、その事情をそれとなく伝える。ユウトもそれは分かっていたようで、軽く顎を引いて「交代で眠りながら警戒するしかないな」と言った。
「じぃ~っ……」
「?」
するとその時、強烈な視線を感じた。
顔を上げると、モエギたち三人組がじっとこちらを食い入るように見つめている。
それは例えるなら、物凄く興味深い新たな魔法理論について記述された本を見つけた時のような顔だった。
「な、なに……?」
「あのぉ。その。ずっと気になってたんですけど……」
彼女はうっすらと頬を桃色に染めて、両手の指を突き合わせながら言った。
「お二人は、その、どういう関係なんでしょうか……?」
「うえっ!?」
「ッぶほっ!」
ナナとユウトは揃って取り乱した。
彼らの好奇心が矢印の形になって身体中に突き刺さる。いきなり爆弾を投下されて、心臓が容易に爆発した。
モエギは興味津々という顔をして、前のめりになってフンフンと息をする。
「えっ? いや、それは、そのぉ……」
「ま、まあその。な? うん……」
思わずしどろもどろになってしまう。むず痒いような、居たたまれないような心地が足の先から込み上げてきて、顔に火が付いたような気分になった。
「……逆に、どういう関係に見える?」
「えッ」
ナナは勇気を出して、彼の服の端を摘まみながら聞いてみた。
さあモエギちゃんよ、容赦なく〝恋人〟と答えるがいい。そしてユウトよ、その言葉をきっかけに私を意識するといい。そういう打算を抱えながら、ナナは一歩強気に踏み込んだ。
すると彼女よりも先に、後ろで黙っていたジャックとブレインが言う。
「似てない妹……?」
「姪っ子さんとかですか?」
「……え、何でお二方揃って膝ついてんすか」
「俺ら、言っちゃいけないこと言ったか……?」
ナナは歯を食いしばって蹲った。
妹はないだろう、妹は。
言うにしてもせめて姉だろう。
「私の方が年上なのに……!」
「いやあ、またまた……えっ?」
「マジ?」
「流石に冗談っすよね?」
冗談なわけがない。恐らくはこのパーティの中で最年長だ。それなのに一体いくつに見られていたというのだろう。
それにしても、何故ユウトまでもがダメージを受けているのだろうか。もしや老けてみられたことにショックを感じたのだろうか。素顔を隠しているのだから仕方ないことだろうに。
✱
ダンジョン攻略は順調に進み、ナナたちは十階層へと滞りなく到達した。
十階層にもなると、現れる魔物の質も段違いに高くなってくる。大気中の魔力も非常に濃くなって、身体中に力が漲ってくるのを感じた。
すると階層内の部屋を移動した所で、ユウトが立ち止まる。
「……ユウト?」
「──」
ナナは爪先立ちになって、彼の背の後ろから顔を出す。
そうして辺りを見回して、強烈な違和感に眉を寄せた。
辺りには冒険者の私物と思わしき物が転がっている。
それ自体は不思議なことではない。ダンジョン攻略には危険が付き物だ。一歩間違えば魔物に襲われ、命を落としかねない過酷な任務だ。だからダンジョンの中には冒険者の遺品が落ちていることも多く、それを見れば冒険者の末路やどのような魔物に襲われたのかということが概ね分かる。
しかし、不自然な点が二つあった。
一つは、落ちている私物の数がやたらと多いことだ。
そしてもう一つは。
「……遺体がない?」
魔物に襲われて命を落とせば、当然多少なりともその死体が残るものだ。
けれど、それが一切ない。
服と、装備と、武器の類のみが点々と落ちている。
魔物に食べられたのだろうか。魔物は基本的に雑食であり、腹を空かせた魔物に出会えば捕食目的で襲われることもある。
いやしかし、そうだったとしても骨が残るはずだ。ここまで綺麗に〝人間だけ〟が食べられるなどということが起きるだろうか。
もしや、という予感が頭に浮かぶ。
そうだったとすれば、冒険者がダンジョンから帰還しない理由にも説明がつく。その可能性が現状最も高く、そして最悪だ。
同じ考えが頭を過ったのか、ユウトもその背筋からひりついた覇気を滲ませている。
「……これ」
するとその時、モエギが掠れた声を上げた。
彼女は蹲るように膝を曲げて、落ちていた誰かの私物を拾い上げている。
彼女が持っていたのは一本の杖だった。
「……フレンの杖だ……」
絞り出すように彼女が呟く。
ナナは彼女の背中に何も声を掛けることが出来なかった。
どうしたって後味の悪い結論に達してしまう。多分彼女だって、そのことに気づいている。
「……落っことしちゃったのかな。フレンってば。こんな所に」
「……」
「だとしたら、きっと困ってるよね。フレンなら、杖なんてなくたって、すっごい魔法、使えると思うけど。でも、でも」
気づいているけれど、それでも彼女は見ないふりをしていた。意味もなく指を折りながら、自分の親友を助けに行かなくてはならない理由を数えている。
彼女は自分のものと彼女のもの、二本の杖をまとめて抱きしめて笑った。
「なんで皆さん、そんなに暗い顔してるんですかっ! 大丈夫ですよ、フレンはすっごく強い魔法使いなんですからっ!」
「……モエギ」
「だから、うん! 早く、助けに行かないと……」
彼女の声の端が千切れて、震える。彼女の笑顔が糸のようにほつれていく。
「……そんな顔しないでよ……」
彼女が呟いた瞬間、鼓膜を劈くような轟音が響いた。
空間ごと、立っていられないほど激しく揺れる。足がもつれてその場に倒れ込んだ所を、何とかユウトに支えてもらった。
モエギの手から杖が離れ、地面の上を転がっていく。
彼女は「あ」と言って、大切にしていたぬいぐるみを取り上げられた子供のように、杖に手を伸ばした。
「っ、何だ!?」
「──ッ!」
視界が白い光に覆われる。
その瞬間ユウトは木刀でその光を打ち返した。すると刀身が蒸発したように消え、跳ね返した光線が当たったことで天井の一部が崩れる。
「……ぁ」
誰かがか細く息を吐いた。
天井と床を繋ぐ石柱に、人間の身体など容易く押し潰せそうなほど巨大な爪がめり込む。
耳が壊れそうなほどのこの轟音の正体は、まさか、ただの鼻息なのだろうか。
暗闇の中を何かが動く。
ズル、ズル、と何かが地面を這う音がする。
一瞬、月が空から落ちてきたのかと思った。
けれど違う。巨大な金色の目が、突然暗闇の中に浮かび上がったのだ。
「──竜」
巨大な赤い竜が口を開く。
その口の奥から、人を殺すための凶器のような光が発せられた。




