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#22 探しもの




 というわけで、ナナたちはダンジョンの奥深くに潜む謎を調査し究明することになった。

 解決までにどれくらいの時間と手間を要するかは分からない。なのでナナたちは一度王都に帰り、必要な荷物やら装備やらを携えて、メディガルドの街へ戻ってきたわけだ。


 そうして再びギルドを訪れ、正式にダンジョン調査の依頼を受注し、出発に必要な手続きを行っていた時のこと。

 隣のカウンターから、切羽詰まって上擦った声が聞こえてきた。


「──どうにかっ。どうにか私たちにもダンジョンへの立ち入り許可をいただけませんかっ……!?」

「そう言われましても。現在、50レベル以上のライセンスを保持している方が所属しているパーティ以外の立ち入りを禁止しておりまして……」

「そんな……」

「仕方ないっすよ、モエギ姉さん」

「俺たちじゃまだ力不足なんだって」


 規則正しくダンジョンへの入場を断られ、肩を落としているのは桃色の髪を頭の頂点で一つに結んだ少女だ。彼女はうさぎの耳のような若草色のリボンを髪の結び目に着けていて、銀色の糸で花の模様が刺繍された赤いコートを羽織っている。

 そんな少女の肩を叩く男が二人。一人は右目だけを長い前髪で隠した茶髪の涼しげな美男で、もう一人は見るからに戦士然とした体格のいい短髪の、頬に傷のある男であった。


 どうやら彼女たちは冒険者としてのレベルが足りず、ダンジョンに入ることが出来ずに困っているらしい。焦燥した様子を見る限り、何か訳がありそうだ。

 けれどそんなことは自分たちには関係ない。

 ああいう手合いには、関われば関わるだけ面倒事が増えるに決まっている。

 なのでナナはすぐに彼女たちへの興味を失って、「早く手続きが終わらないかな」と思いながらユウトの顔を見上げた。


「……」

「げ」


 するとユウトは真剣に、ギルド内で右往左往する彼女たちを見つめていて、ナナは胸に嫌な予感が過るのを感じて顔を顰めた。

 まさか生来のお人好しを発揮して、彼女たちに要らぬお節介を焼きに行くつもりではあるまいな、と。

 その予想は抜群に的中していて、ユウトは不意に彼女たちとの距離を縮めたかと思いきや、片手を薄らと上げつつ声を掛けた。


「あの。ちょっといいですか?」

「えっ? あ、ハイ! どうしましたか!」


 桃色髪の少女はピンと背筋を伸ばし、両手で杖を抱え直しながら元気よく応答した。

 ナナは額に手を当てて、諦念と共に長いため息を吐き出す。こうなったユウトはもう誰にも止められない。昔からやたらと正義感の強い男なのだ。そういうお人好しな所は、まあ嫌いではないが。


「何かお困りのようですが……何かあったんですか?」

「え? えっと……」


 突然話しかけてきた仮面の男に、彼女たちは少々警戒心を抱いているようだった。

 ナナは彼の脇腹を肘でつつき、「まず自己紹介からした方がいいんじゃないのか?」と至極真っ当なことを言う。それにユウトは目を丸くして、「それもそうだな」と納得した様子で答えた。


「ええと……オレは……、イサミだ。冒険者をやっている。こっちがオレとバディを組んでいる魔法使いのナナだ」


 考えた末、ユウトは偽名を名乗った。万が一彼が〝勇者ユウト〟であると知られれば騒ぎになってしまうからだ。

 どうやらこのために偽の冒険者ライセンスも発行してもらったらしい。ナナが彼の手元を覗き込むと、ユウトは自慢げに偽ライセンスを見せつけてきた。


 ライセンスを確認した彼女たちはユウトへの警戒心を緩め、一礼しながら自分たちの名を名乗った。


「あ……わ、私はモエギです! 魔法使いをやってます!」

「俺はジャックっす。ンでこっちが……」

「ブレインだ。よろしく」


 礼儀正しい若者たちだ。ナナもユウトの後ろでほんのりと頭を下げた。


「それで……何かあったのか? 困っているなら相談に乗るぞ」

「え。い……いいんですか? 見ず知らずの私たちに……」

「困っている人を助けるのが勇……冒険者の仕事だからな」


 ナナは彼の後姿を眺めながら、「相変わらず人の良いヤツだ」と思う。面倒臭がりで自分本位、我儘で耐え性のないナナには言えない言葉だ。

 モエギは少し戸惑いつつも、親身になって声を掛けてきたユウトを見上げ、指を突き合わせながら「実は……」と切り出した。


「私の……、友人が、ダンジョンから帰ってこないんです」


 モエギは溌溂とした愛らしい顔に、灰色の淀みを纏わせながら言った。


「友人、と言っても。喧嘩別れした、幼馴染なんですけど……」


 ナナの耳が僅かに動く。

 喧嘩別れした幼馴染、か。何とも胸が痒くなる単語だ。ナナは落ち着かない気持ちになって、腹の前で手を忙しなく遊ばせた。


「彼女とは、しばらく連絡が取れてなくて。でも新聞とかで、彼女が活躍する様子はずっと追いかけてて……。あっ、その幼馴染の彼女、結構有名な魔法使いなんですよっ!」


 モエギは飼い主を自慢する犬のように笑って、それから飼い主を見失ってしまった犬のように項垂れる。


「そうしたら……この街にあるダンジョンを訪れてから、彼女の消息が分からなくなったっていう記事を見かけて」


 モエギは腕を摩ってから、拳を固く握りしめた。


「きっと、ダンジョンの中で何かあったんだと思うんです。何かの事情で帰れなくなって、今も助けを待っているのかも……」

「──」

「だから彼女を助けるために、そのダンジョンへ行きたくて……! でも私たちじゃあとちょっとレベルが足りなくて、入る前に止められちゃいました……」


 頭の後ろを撫でながら、「不甲斐ないですね、私」と彼女が眉を下げて言う。

 ナナとユウトは互いに顔を見合わせた。ナナは「どうする?」と視線だけで彼に問いかける。

 彼は少し俯いて思案してから、ナナに向けて首を縦に振り、モエギたちへと提案した。


「──実はオレたち、これからそのダンジョンへと向かう所なんだ」

「えっ?」

「確かパーティ内に一人でも50レベルを超えた者が居ればいいんだろう? ならオレたちと臨時でパーティを組むか?」


 勿論ユウトのレベルは50どころではない。勇者なので当然カンストしている。恐らくはユウトの元パーティメンバーである四人娘たちもカンスト勢だろう。世界を救ったパーティは伊達ではないのだ。

 ちなみにナナのレベルは1である。なにせ先日冒険者ライセンスを作ったばかりだから仕方がない。冒険者としてのレベルは依頼をこなす度に上がっていくのだ。つまりはこれからに期待、という所だ。まあ面倒なのでこの先レベルを上げるつもりなど微塵もないけれど。


「いっ……いいん、ですか?」

「ああ。君たちが良ければだが」


 そう答える彼の服の袖を引き、ナナは彼の耳に口元を寄せる。

 そうして彼にのみ聞こえるような小声で尋ねた。


「──何かあっても守れるの?」

「当然だろ。お前もついてるんだし」

「……なら、いいけど」


 ナナは彼の服の袖を離し、モエギたちへと向き直った。

 確かに、〝帰ってこなくなった幼馴染〟という状況には思う所がある。自分事のように居たたまれない話だ。彼女が取り乱し、何とか幼馴染の無事を確かめようとするのも頷ける。

 それにユウトが協力する、と決めた時点で、彼の後ろをついて歩かない理由はない。だって惚れているから仕方がないだろう。


 ユウトはモエギたちに手を差し出し、仮面の下で微笑みながら言った。


「それじゃあ、少しの間だがよろしく」

「はい! よろしくお願いしますっ。イサミさんに、ナナさん!」


 モエギは花開くように笑った。

 こうしてナナとユウトのダンジョン調査には、三人の若き冒険者たちが加わることとなったのだった。







 サーペント、つまり蛇の魔物の首にブレインの振るった剣先が沈み込み、サーペントの頭部が跳ね飛んでいく。

 その様子を見てユウトは頷き、「中々に筋がいいな」と落ち着いた声色で言った。


「っす! ありがとうございます!」

「ただ、君は自分の腕力任せに剣を振るっているな。身体の重心は常に丹田に置いて──」


 ここはダンジョンの五階層、現在ユウトはパーティの戦闘員であるブレインとジャックに指導を行っている。


 ダンジョンに到着するなり、ユウトは腰に据えていた木刀で魔物を撫で切った。

 ユウトの愛武器である聖剣は鞘に収めたままだ。この聖剣は滅多なことがない限り抜かない、と決めているらしい。余程強大な敵が現れない限り、ユウトは本気で剣を振らないそうだ。その割に、リュウキ相手には普通に聖剣を抜いていたような気がするが。

 まあ聖剣は鞘から引き抜く時に光って眩しいし、ユウトの正体が勇者であると一発でバレてしまうので、他の武器で代用して当然だろう。

 ただ並みの武器ではユウトの地力に耐えられないので、一振りごとに壊れてしまうのが面倒だ。その度にナナは適当な武器を新しく創造し、彼に手渡している。


 しかし木刀を渡しても平気で魔物の首を跳ねてしまうのがユウトの恐ろしい所だ。流石、勇者の名は伊達じゃない。

 そんなユウトの戦いぶりを見て、冒険者三人組はすぐに目の色を変えた。ユウトが只者ではないことに気が付いたからだ。多少なりとも戦闘の経験があるものが見れば、一目でユウトの立ち振る舞いの異常さを理解できるのだろう。


 一階層で数体の魔物を倒してから、ユウトは木刀を肩の上にのせて、「次はお前たちがやってみろ」と言った。

 それからはひたすら冒険者たちの指導に明け暮れている。ジャックとブレインの立ち回りを的確に矯正する様子は、流石現役の勇者と言った所か。

 ユウト曰く、次世代の冒険者を育てることも勇者の仕事なのだそうだ。モエギたちに「一緒にダンジョンに行かないか」と声を掛けたのは、まだ若く経験の浅い冒険者を指導したいという思いもあったからなのだろう。


「す、すごいですね、イサミさん……。今まで会った冒険者の中で、一番強いかも……」

「まあ、ね。強いよ、イサミは」


 ナナは後方幼馴染面をして胸を張った。

 ナナとモエギの魔法使い組は特段魔物相手に杖を振ることもせず、戦闘員の背後で待機している。

 魔力を温存するためだ。

 魔法使いにとって魔力切れとは命綱が千切れるも同然だ。魔法使いは無限の可能性を秘めているが、そもそも魔力が底を尽きてはどんな簡単な奇跡も起こせない。

 つまり今ナナたちに出来ることは特になく、背後を警戒しつつ彼らの後を追うしかないのであった。


「そろそろ食事にしましょう。食べられそうな魔物が狩れたンで、これで何か拵えます」

「お……」

「ジャックは凄く料理が上手なんですよ!」

「ああ。コイツの唯一の取り得だな」

「馬鹿言うな。顔も良いだろ」


 狩った魔物の肉をジャックが鮮やかな手つきで捌いていく。


「実家が肉屋なんすよ」


 と彼は言った。そこからどうして冒険者を目指すようになったのか。まあ人には人の物語があるのだろう。

 リーフラビットの体表を覆う葉を削いで、肉を鍋に入れていく。葉は香りづけのために後から使うらしい。持ってきた干し野菜とダンジョンで採れたマンドラゴラを刻む。


「火、つけるよ」

「いいんすか? あざます」

「じゃあ私が浄化しますね!」


 ナナが集めた薪に火をつけると、モエギは浄化の魔法を使った。

 ナナは彼女の巨大な瞳をじっと見つめる。


「……君、もしかして火系統の魔法を専攻してる?」

「あ、分かりますか! そうなんです、私は火の扱い方を専門で学んでいて……。と言っても得意なのは専ら浄化の方なんですけどね!」


 浄化魔法──分かりやすく言えば〝換気〟である。

 火とは、物質が酸素と反応して熱と光を出す現象のことだ。火を生み出す際には可燃物・酸素・熱の三つが必要だが、魔法ではその過程を短縮して〝火〟という可燃現象そのものを現界させることができる。

 だがこのダンジョンのような狭い場所で火を焚くと、一酸化炭素という毒性ガスが溜まり、中毒になりかねない。

 なので魔法で火を扱う際には、風を起こして空気を入れ替えたり、生まれた有毒な物質を魔力を使って無害な物質に変換する必要があるわけだ。


「ナナさんはどこの魔法学科を専攻していらっしゃるんですか?」

「私は……独学だよ、全部」

「えっ!? すッッッごぉ……!」

「ヘヘン」


 彼女が煌めく瞳でナナを見つめる。朝日のような眼差しが肌を焼く。気分はまあ、悪くない。


「モエギちゃんは?」

「私は〝爆炎の魔女〟に師事してました!」


 魔法使いに必要な技術は主に二つだ。

 一つは魔力操作である。体内の魔力を動かし、体外へ移動させ、自在に操る。これが魔法の第一の手順であり、そしてこの基礎が上手くできなければどんな魔法も上達しない。

 自分から遠い所まで魔力を伸ばすことが出来ればその分遠隔で攻撃が出来るようになるし、魔力操作の精度が高ければ狙った位置に素早く物質を生み出すことが可能になる。


 そしてもう一つ。

 それが〝知識〟である。

 魔法で何かを生み出したいならば、その何かについて深く知る必要がある。なので普通、魔法使いを志望する者は既存の魔法使いに知識を享受してもらう。

 魔法使いはそれぞれ自身の専攻する分野のことについて深く学んでいて、彼らにとって知識とはいわば〝秘伝のタレ〟のようなものである。簡単に門外に出すことは出来ず、選び抜いた弟子にのみ教え継いでいくものだ。


 つまり彼女はその爆炎の魔女に、火にまつわるあらゆる知識を教わっていたということだ。

 爆炎の魔女。聞いたことがある。炎と爆発をこよなく愛し、世界中にその素晴らしさを教え広める旅を続けている変わり者の魔女であると。まあ魔女に変わっていない者なんて居ないが。


「私の師匠は世界中から魔法の才能がある人をスカウトして、炎にまつわる知識を教えていました。……私と幼馴染、フレンが出会ったのもその時です」


 モエギは大切な宝箱に仕舞った思い出を取り出して眺めるかのように、優しく目を細めた。


「フレンは、本当に天才だったんです。強くて、明るくて、賢くて……。私、魔法使いになりたいというより、彼女を支える魔法使いになりたかったんです」


 だからモエギは炎の魔法を使うよりも、その補助となる浄化を専門に学んだ。

 フレンを支えたかった。

 彼女が世界一の魔女になる道程を、誰よりも近くで見届けたかった。

 そのために努力したし、必死に知識を身に着けた。

 けれど。


「……〝お前は要らない〟って、言われちゃいました……」


 今もモエギの耳には、別れ際の彼女の一言が張り付いて剥がれない。


『私にあなたは必要ない』

『……え。で、でも』

『私は一人で十分。これ以上付きまとわないで』

『……』

『迷惑なの』


 さようなら、と無感情に言われた。

 それきりフレンとは会っていない。何度か手紙を送ったけれど、返事が返ってきたことは一度もなかった。


「私、いらなくなっちゃったんですよね……」


 事実、モエギが居らずとも彼女は華々しい活躍を繰り広げていた。

 きっと自分はお荷物だったのだろう。少しは役に立てていると思っていたけれど、それは独り善がりな思い込みで、本当はただの厄介者だった。

 そうして膝に額を押し付け呟く彼女に、ナナは「ねえ」と肩を叩きながら言う。


「魔法、見せて」

「え?」

「魔法。何でもいいからさ」


 言えば、彼女は困惑した様子で杖を手に取る。そして杖の先に手のひらに収まる大きさの火の玉を生み出した。

 ナナはその様子を明るい瞳でじっと見て、それから彼女に向けて平坦な声で言う。


「……モエギちゃん、もしかして魔力操作苦手?」

「ゔっ」


 どうやらそれは図星のようだった。

 彼女は酸っぱい食べ物を口いっぱいに放り込まれたような顔をして、「な、なんで分かるんですか……」と恐々呟く。


「魔力の流れが、何というかこう、全体的にぼんやりしてる。ギュッと固まってない」

「ゔ……」

「杖の補助に頼り切りになってるんじゃない?」

「は、はい……。そうです……。師匠にもさんざん言われてきました……」


 杖には魔力操作を補助する機能があって、彼女は杖の補助を受けて何とか魔力を操作しているようだった。


「でもそれじゃダメだよ。杖を折られたり取られたりした時に魔法が上手く使えなくなる。杖は補助輪みたいなものだから、それがあることを前提条件にしちゃいけないんだ。まずは丹田にある魔力の器を意識して……」

「っ! は、ハイ!」

「多分、モエギちゃんは魔力を取り込むのが早いたちだ。だからその燃費の良さを有効活用できるように、魔力操作の精度をもっと上げていくべきだと思う」

「……あ、あの」

「うん?」

「ど……どうして、親身になって教えてくれるんでしょうか」


 彼女に聞かれて、ナナは数度瞬きを返す。

 そして杖の先を指でつつきながら、「見返してやればいいと思ったから」と答えた。


「……え?」

「さっき言ってた、その幼馴染。モエギちゃんが魔法使いとして強くなって、見返して、やっぱり一緒に旅しなきゃ勿体ないって思わせてやろうよ」

「……!」

「やっぱり幼馴染が一番! ……って、思わせられるよ。君なら」

「……っ、はい!」


 彼女は深く息を吸い込んで、顔の前で拳を固く握りしめた。

 そうして「できたっすよ~」と、ジャックから声を掛けられて、二人揃って振り向いて、「はーい!」と声を張り上げたのだった。





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