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#21 ダンジョンに蔓延る何か




 ナナは何の話題を持ち出せば良いか分からず、ひたすら黙ってユウトの背の後ろを歩いていた。

 彼が何も喋らないためだ。

 これは一体どうしたことだろう。普段のユウトはそれなりに饒舌で、はしゃいだ大型犬のようにあれこれ話してくれるのに、しかし今の彼はむっすりと俯いて黙り込んでしまっていた。


 ナナとユウトは現在、魔物から採取した魔石を提出するためギルドへと向かっている最中である。

 下り坂を二人で縦に並んで歩く。暗くて足元がよく見えないので、ナナはランタンに魔法で火をつけて辺りを照らした。


 ──やっぱり、なんだか怒ってる?


 沈黙を漂わせる彼の背中を見つめながら、そう思う。

 やはり彼は何かに怒っているのではないだろうか。

 そうとしか考えられない。だって彼から滲む空気はいつもより湿っぽくて、それに暗澹としている。まるで何かに苛立っているように。


 その原因と言えばやはり、先程出会った青年とのやりとりにあるのだろうか。

 シュラセリアの勇者、リュウキ。

 彼とユウトの間には何やら因縁があるようだったし、それにあんなに子供っぽく対抗心を燃やすユウトは初めて見た。ユウトはいつも温厚で、誰かに張り合う姿なんて想像すら出来ないほどだったのだ。


 ──もしかして、ちょっとヤキモチ焼いてくれた?


 リュウキという青年は、どうしてかナナに好意的に接してくれた。シュラセリアの人間は誰も彼もあんなふうに距離感が近いのだろうか。彼の態度を見たナナは、これが国民性の差か……! と驚いたものだ。

 その様子を見て、もしやユウトはほのかな嫉妬心を抱いてくれたのだろうか。幼馴染が他の異性と親しく話している様を見て、腹の底を炙られたような気分になってくれたのだろうか。

 だから今、まるで反抗期を迎えたばかりの少年のように、へそを曲げているのだろうか。


 ナナはそこまで考えて、けれど「いやいや」と首を横に振った。

 この朴念仁が嫉妬するなんて到底思えなかったからだ。

 そうだったらいいのに、という希望的観測が重たすぎた。彼がリュウキに対抗していたのは、単に同じ〝勇者〟という立場に立つもの同士だからだろう。

 今怒っている様子なのも、きっと何か他に理由があるはずだ。

 ナナは唇の端を曲げながら、彼の衣服を後ろから柔く引っ張った。


「なあ。ユウト」

「……なんだ」

「さっきから、何か怒ってる? 私、何かした?」

「……え」


 するとユウトは驚いた様子で振り向いた。

 彼と目が合う。彼の水色の瞳は、雨の日の湖のように揺れていた。


「怒って──る、ように、見えたか。オレは」

「うん。違うの?」


 彼は口元を押さえ、俯いた。長い青の睫毛がランタンの炎に照らされて操湯のように光る。

 すると彼は突然両手でバシン! と勢いよく頬を叩いた。彼の頬に赤い手の痕が刻まれ、ナナはその奇行に目を白黒させる。


「怒って、ない。怒ってない」

「ホントに?」

「うん。そう見えたなら悪かった」


 彼は顔を背けながら言った。

 ナナはその様子に首を傾げたが、彼がそう言うのならば、とそれ以上追及せずに納得する。


「……ねえ、その仮面なに?」

「ああ、これか」


 街へと出た辺りで、ユウトは懐から白い仮面を取り出して、それを顔に着けた。

 仮面には黒いヒビのような模様が入っていて、どことなく無機質な印象を受ける。


「素顔を晒してギルドに入るとちょっとした騒ぎになるもんでな」

「ああ……勇者だもんなあ」


 余りにも気やすく接してくるので忘れそうになるが、ユウトは世界に平和をもたらした正真正銘の勇者なのだ。

 つまりはこの世界で彼を知らぬ者など居ないほどの有名人である。全冒険者の憧れと言い換えてもいい。

 そんな彼がのうのうと素顔のままギルドの扉を叩いては、当然ギルド内に死人が出かねないほどの混沌が訪れるだろう。

 顔を隠すのも当然のことだ。


「……ここがギルドかあ」


 ナナはフードを外し、目の前にそびえ立つ巨大な建物を見上げた。

 冒険者ギルドは世界中の各地に点在していて、国ごとに統括されている。

 ここは王国の北方に位置するメディガルドという街であり、目の前にある建物はメディガルド最大の冒険者ギルドであった。


 勝手知ったる様子で扉を開けるユウトの後ろをひな鳥のようについていく。

 ギルドの中に入るのは初めてなもので、ナナは興味津々という顔で辺りを見回した。

 ユウトが居なければきっと一生立ち入ることのなかった場所だ。ナナ一人ならばこんな人の多い場所をわざわざ訪れたりしなかっただろうが、ユウトと一緒ならば話は別だ。


「うげぇっ。凄い人の列……」


 カウンターに並ぶ冒険者の列の長さを目の当たりにして、ナナは思い切り顔を歪めた。

 ギルドでは冒険者のクエスト受注や、報酬の受け渡しなどが行われている。カウンターは十数個あり、それぞれの受付嬢が冒険者の列を捌いているが、それでも並ぶ冒険者の量に対応が追い付いていない。


「どうするの? これ……」

「ここで受付番号札を受け取って、番号が呼ばれるまで待合室で待機するんだ」

「ふぅん……」


 ナナは「126」の番号札を受け取って、待合室に置かれたソファに腰を下ろした。本を持ち歩いていて助かった。ナナは床に下ろしたリュックの中から魔導書を取り出して、ペラペラと紙をめくる。ユウトも黙ってナナの隣に座って、たまにナナに雑談を振りながら受付に呼ばれるのを待った。


「126番の方~。126番の方~」

「あ」


 番号を呼ばれた。

 ナナたちは受付カウンターへと向かう。受付嬢は若くて綺麗な女性だった。


「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「依頼の魔物討伐が完了したので、その報告と報酬の受け取りに来ました」

「承りました。それでは冒険者ライセンスのご提示をお願いいたします」

「はい」


 ユウトが頷いて、長方形のカードを机の上に置く。

 どうやらこれが冒険者ライセンスらしい。冒険者専用の免許証ということだ。ナナは爪先立ちをしてカウンターを覗き込んだ。そうでもしないと背が低いために何も見えないのだ。


「ありがとうございます。冒険者ランクSS……えっ?」


 するとライセンスを確認したお姉さんの瞳孔が、火花が散ったようにきゅっと縮こまる。

 彼女はライセンスに貼り付けられた顔写真とユウトの仮面を何度も見比べる。そして突然燃えるように顔を赤くして「こっ、これは失礼いたしましたっ!」と低姿勢で言った。


「ゆっ、勇者ユウト様でしたか……っ!」

「あ……出来れば小声でお願いします。正体がバレると、色々大変なので」

「そ、そうですよねっ。申し訳ございませんっ……!」


 全身を真っ赤に染めて小さく汗を飛ばすその様子は、まさに恋する乙女そのものだった。ナナは半目になってユウトを見つめる。この男は一体どれほどの女の心を引っ掛けるつもりなのだろうか。

 受付のお姉さんはすぐさま他の仕事仲間に連絡を取って、手元の紙に何かを走り書きでメモしていた。

 そしてユウトに「お待たせしましたっ」と言いつつ駆け寄って、ユウトを上目遣いで見上げる。


「依頼の件につきましては、隣のカウンターに魔石をご提示くださいっ。それから……副ギルドマスターからユウト様にお伝えしたいことがあるようなのですが、このあとお時間はございますか?」

「副ギルドマスターから? ……ナナ、大丈夫か?」

「ん」

「ええ。分かりました」

「それではユウト様は、ギルド奥のVIP室にてお待ちください。……ええと」

「?」

「そちらのお子さんはどちら様でしょうか?」


 ナナは何食わぬ顔でユウトの後ろをついてVIP室へ向かおうとしたのだが、受付のお姉さんに止められてしまった。〝お子さん〟と呼ばれてしまったことに若干のショックを感じながらも、「私はその……なんというか。ユウトの付き添いみたいなものです」と答える。


「付き添い……? ……?」

「おお」


 すると受付のお姉さんの眉が若干動いた。それはどう見ても「付き添い? ユウト様の? この地味なちんちくりんが?」という戸惑いと嘲りの籠った仕草だった。

 電流のような敵意を感じたナナは、「おお」と半笑いのまま言った。ユウト関連で女性から敵意を向けられることが増えすぎて、最早受付嬢からの刺々しい視線ごときではたじろぐことすらなくなったのだ。


「……。では冒険者ライセンスのご提示をお願いします」

「え……。持ってないです」

「それではVIP室への立ち入りを許可することは出来ません。申し訳ありませんが、ご退出をお願いいたします」

「うえー……」


 ナナは顔を顰めた。そうしてユウトを仰ぎ見ると、彼は腕を組んで「成程」と呟いた。


「それなら、ナナにも冒険者ライセンスを発行してもらうか」

「……すぐ終わるの?」

「諸々の手続きを含めて三十分ぐらいかかる」

「うええー……」


 ナナは先程よりも激しく顔を顰めた。

 極度の面倒臭がりにとって、このような手続きは魔王以上の天敵なのである。

 ナナはもう既に帰りたくなったが、ユウトを置いて帰るのも忍びないと思い直した。ここで帰ってしまっては以前の怠惰で間延びした自分のまま変われないと思ったからだ。

 だから渡された書類に個人情報を書き続けた。


「……ナナ。そこは本名じゃないとダメだぞ」

「あ。そうなの?」

「うん」


 書類を覗き込んだユウトに指摘されて、書き直す。

 そうして記入を終えた書類を受付のお姉さんに渡した。


「はい。それではナナリア・ヴァレンティーヌ様……ヴァレンティーヌ?」


 彼女は名前の欄を何度も確認して、それからナナの顔を凝視した。ナナは彼女に向けて小さく手を振った。

 すると受付のお姉さんは、ユウトに応対した時とは真反対に、風邪を引いた時に身一つで外へと放り出された時のように顔を真っ青に染める。


「し、失礼、いたしました……。すぐに手続きを行いますので、少々っ。少々お待ちください……!」

「ありがとうございま~す……」


 ナナは締まりのない笑顔を浮かべ、そして椅子に背を預けた。


「はあ……。やっぱり実家の名前って強いわあ……」


 受付のお姉さんは途端に腰を低くして、ナナのライセンス発行手続きをものの数分で終わらせてくれたのだった。

 こうしてナナは冒険者として無事ギルドに登録を済ませ、ユウトと共にVIP室へと招かれた。



「──お待ちしておりました。勇者ユウト様、魔女ナナリア様」


 VIP室には緑色の髪を一つにまとめた綺麗な女性が座っていて、彼女はナナたちに折り目正しく頭を下げた。

 秘書らしき男性がお茶とお菓子を持ってきてくれて、それを机に几帳面に並べてくれる。


「わたくしは副ギルドマスターのシズルです。ギルドマスターは本日出張により不在のため、わたくしの方からご依頼申し上げます」

「よろしくお願いします」

「します」


 ユウトを見習って、ナナも頭を深く下げる。

 ユウトは顔を上げて、「それで……」と言った。


「オレに話っていうのは?」

「はい。──勇者ユウト様方に、調査の依頼をお願いしたいのです」

「調査の?」

「このメディガルドに存在するダンジョンについては、もうご存じでしょう」

「ええ。ナナは知ってるか?」

「実物は見たことないけど、本で読んだことはある。ダンジョンっていうと、魔力濃度の高い土地に発生する階層型の地形と生態系のこと……だよね?」

「ええ。その認識で合っています」


 この世界には〝孔〟というものがいくつかある。これは魔力が流れ込みやすい地下のことを指す言葉だ。地面にまるで孔が空いているかのように、魔力はこの孔と呼ばれる地点に向かって流れ込み、滞留する。

 当然下に行けば行くほど魔力濃度が高くなり、魔力濃度が高い場所では魔物や魔晶石が発生しやすくなる。やがて孔の周囲には自然と階層構造が生まれ、そこで魔物たちが独自の生態系を築く。

 これがこの世界におけるダンジョンの成り立ちだ。


「下に行けば行くほど魔物は強くなって、その分取れる素材も豊富で貴重になる。だから冒険者たちはダンジョン攻略を進めていて、ダンジョンから得られる資源は人類の宝だ……って、いう感じ、だよね」

「そうです」

「そのダンジョンがどうかしたんですか?」

「──実は近頃、メディガルドのダンジョンを訪れた冒険者が行方不明になる、という事案がいくつか確認されておりまして」

「……はあ」


 話を聞いたユウトの目が細くなって、纏う空気が変わる。

 どうやらただ事ではなさそうだ、と判断したのだろう。

 シズルさんは冷静に頷き、話を続ける。


「ダンジョン内には魔物が生息しておりますので、当然ダンジョン攻略には常に危険が伴います。ダンジョン内での事故も珍しくはありません……が、ここ最近はダンジョンから帰還しない冒険者の数が多すぎる」

「……ダンジョン内に〝何か〟があるから?」

「その原因の調査を、お二方に依頼したいのです」


 彼女はそう言って、長い深緑色の睫毛を伏せた。


「既に一定レベル以下の冒険者の立ち入りを制限。この案件をクラスAに認定しております。──勇者ユウト様、魔女ナナリア様。どうかこのダンジョン内部で起こっている事象について、解き明かしていただきたく存じます」





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