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#20 青天の霹靂




「……い、いや。この顔を見れば分かるだろ。俺だ。勇者リュウキだ」


 青年は自身をリュウキと名乗った。

 しかも〝自称勇者〟というおまけつきだ。

 自分の顔を指さすリュウキをナナはフードの下の眼で睨みつけるようにじっと見つめて、それから自分の数センチ前に立つユウトの背中を引っ張った。


「……さっぱり分からん。お前の知り合いか?」

「ああ。隣国、シュラセリアの勇者だ。……隣の国の勇者の顔くらい覚えておいた方がいいぞ」

「だって別に……別に他人の顔なんて知らなくても支障ないし……」

「おいそこ! 俺を置いてヒソヒソ話をするんじゃない!」


 ナナとユウトが顔を寄せ合って小声で話し合っていると、一人だけ輪から外されたリュウキは地団駄を踏んで顔を赤くした。

 ユウトの背後に隠れつつ、ナナは彼を見上げて言う。


「……勇者ってことは、あの人はユウトの同業者ってことか?」

「ああ、そうだ。恐らくあいつもこの森での魔物退治に、シュラセリアから派遣されたんだろう」

「ああ、なるほど……」

「あいつとは何かと縁があってな。魔王退治の旅の途中でも、何度も巡り合ったものだ。魔王軍と戦う時にも互いに協力し合ってな……」

「……その割には、なんか敵意が凄くないか? というかお前恨まれてないか?」


 するとユウトは〝しょぼん……〟という擬音が聞こえてきそうな様子で唇を突き出して、両手を顔の横に掲げて肩を竦めた。

「トホホ……」とでも言いたげな顔だった。

 その仕草を見たリュウキが、肩を怒らせながらこちらへと大股で近づいてくる。


「な、ん、だ、その被害者面は! 俺がこれまで貴様にどれだけ邪魔をされてきたと!」

「だから、それは誤解で……」


 彼はユウトの首を掴み、憤怒に満ちた視線でユウトを突き刺した。

 どうやら彼は余程ユウトに恨みがあるようだ。ナナは「一体お前は何をしたんだ?」という疑念を込めた目線をユウトに送った。するとユウトは「オレは何もしていない」とでも言いたげに首を横に振る。

 その意思疎通を汲み取ったリュウキは、「何もしてないわけがないだろうがッ!」と烈火のごとき勢いで叫んだ。


「貴様には! これまで何度も何度も手柄を横取りされてきた! 俺の行く先々に現れては、貴様は俺から全てを奪っていった!」

「それは間が悪かっただけで、別にお前の仕事の邪魔をするつもりはなかったんだよ……」

「魔王だって、本当ならば俺が討伐するはずだった! なのにお前は俺に魔王軍幹部との戦いを押し付け! 気づいた時には一番美味しい部分を掠め取っていった!」

「そんなつもりはなかったし! オレはお前に背中を預けて戦っていた!」

「そのスカした態度が気に入らんと言うんだ!」


 ナナは口をぽかんと開け、言い争う彼らを交互に眺める。

 仲が悪いというよりは、どうやらリュウキの方が一方的にユウトを敵視しているようだった。

 ナナの知らない四年間の中で、彼は随分とリュウキからの恨みを買っていたらしい。


「大体ッ。大体……貴様のあのパーティはなんだ!」

「オレのパーティがどうした!」

「貴様が〝勇者〟という肩書を背負っておきながら! 浮かれたハーレム野郎であることが気に食わんのだ!」


 ビシ! という効果音が聞こえてきそうな気迫で、彼はユウトの顔に指の先を突きつけた。ナナは半目でユウトを見つめ、「それはそうかも……」と声に出さずに思う。

 しかしユウトは目を丸くして、いきなり知らない大人に話しかけられた子供のように瞬きをして、口を開けた。


「ハー……レ、ム?」

「キョトン……じゃないわ! あんな見え透いた欲望まみれのパーティを組んでおきながら、白々しい!」


 リュウキは両手を震わせながら熱弁する。


「勇者とは、清廉潔白であるべきだ! 弱者の味方であり、平等であるべきだ! 決して権力や立場を悪用せず、我欲を殺して滅私奉公するべきだろうが!」

「そ、その信念には深く共感するが……それをどうして今オレに……?」

「貴様が勇者という立場を悪用して酒池肉林の享楽に溺れているからに決まってるだろうがァーッ!!」

「溺れてないが!?」


 ユウトは振り返り、ナナに向かって「違うからな! マジで!」と汗ばんだ声で弁明した。

 そしてユウトは前を向き、「おい! ナナの前で妙なことを言うな!」とリュウキに向かって怒鳴るように言う。


「オレは断じて酒池肉林なんてしてないし! 仲間との間には何もない!」

「嘘つけ!」

「嘘じゃない!」


 押し問答である。

 ナナはこの口論を見守ることに飽きてきて、退屈そうに口を開いて欠伸を零した。「面倒臭いから早く終わらないかな」と思いつつ、その辺りに落ちていた枝を握りしめて地面に幾何学模様を描く。


「オレはお前と仲良くなりたいと思っていたんだ! なのにお前が一々突っかかってくるから!」

「仲良くなりたい? ふざけるな! 貴様のような色ボケ野郎と親しく出来るわけがないだろうが!」

「誰が色ボケだ、誰が!」

「貴様だ!」

「オレは真剣に勇者をやっている!」

「ほざけ! 貴様なんぞ勇者の風上にも置けんわ!」


 ナナは地面の上に数式を描き、「この発想はあの研究に使えるのではないか」と熱心に思案する。


「貴様のような者に勇者を名乗る資格などない! この魔物退治だって、俺一人の力で十分だ!」

「何だって……?」

「良い機会だ。この際ハッキリさせようではないか。魔物を倒す前に──どちらが〝真の〟勇者なのかということを!」


 ナナは「それにしても騒がしいなあ」と他人事のように思って、徐に顔を上げた。

 そこにはユウトに斬りかかるリュウキの姿があって、ユウトは腰から剣を抜いてその攻撃を受け止めようとしていた。

 ナナは「どこかに避難した方がいいのかな」と呑気に考えてから、眠たげに目を擦って、そして目を見開いた。


「──あっ。待ッ」

「死ねえ、ユウトォォォッ──ギャアアアアアッ!?」

「えっ?」

「あっ」


 リュウキの剣先がユウトの抜いた剣へと衝突する。

 その瞬間にユウトの身体が目の眩むような青色に光り、リュウキの身体に剣を伝って強烈な電流が流れた。


 ナナの顔から血の気が引く。

 そうだった。自分は先程ユウトに魔法をかけたのだった。誰かに攻撃された時に、自動で相手に反撃する魔法を。

 強靭な肉体を持つ魔物でも一発で仕留められるように、強力な電流が流れる仕組みを作っていた。

 当然威力は魔物用に調整していて、人間の肉体が耐えられるような設定にはしていない。

 こんなひとけのない森で襲い掛かってくるのは魔物くらいのものだし、制限をかけなくても平気だろうと考えていた。


「やッ……やばいっ!」


 リュウキは白目を剥いていて、その肌からは灰色の煙が立ち昇っていた。

 彼の身体から力が抜ける。彼が糸の切れた人形のように倒れ込む。

 ユウトはしばらく呆気に取られていたが、やがて状況を正確に理解し、馬車で人をはねてしまった時のような、そんな取り返しのつかない状況でのみかく脂汗を額に浮かべた。


「な……ナナ、な、ななっ。な、ナナ、どう、どうしよ、これ死、死んっ?」

「お、おおおお落ち着けっ。まだ死んでない。まだ死んでない! 心臓が止まってるだけ!」

「しッ。死ぬか? これ死ぬかッ? わっ、悪いヤツではないんだ! コイツ!」

「わっ、わかッ。分かってる! 治す! 治すなおすッ!」

「治せる!? 治せるか!?」

「たぶっ……たぶんっ! 急げばイケるっ!」


 ナナは焦げたリュウキの身体を仰向けに転がして、自身の魔力で彼の肉体を覆った。精密なイメージを浮かべ、壊れた組織を再生させ、心臓を強制的に動かす。

 彼はユウトに襲い掛かってきたが、別に悪人というわけではないのだろう。

 事故とは言えこれで彼が死んでしまったら、あまりにも寝覚めが悪すぎる。なのでナナはあり得ないくらいの冷や汗をかいて、リュウキの治療に尽力した。


 こんなことになるとは思ってもみなかった。

 気楽な気分でユウトの仕事についてきたのがいけなかったのだろうか。魔物を倒して、ユウトのサポートをして、感謝されて、帰りに美味しいと評判の喫茶店にでも寄って帰ろうと考えていたのに。

 まさか人を一人殺めかけるだなんて、夢にも思わなかった。







 リュウキは薄ぼんやりと両の瞼を開いた。

 先程まで自分が何をしていたのか、詳しく思い出すことが出来ない。これは夢の中なのだろうか。それとも現実か。それすら判別がつかない。


「──ぶ?」


 誰かの声が聞こえる。

 か細く掠れた、しかし芯のある春風のような声だった。


「──大丈夫?」


 リュウキは身体を傾け、目線を動かした。

 するとそこには、顔を覆い隠すように黒いフードを被った小柄な人間の姿がある。

 この人物は一体誰だろうか。

 リュウキは訝しげに目を細める。


 するとその時、一条の風が通り抜けた。

 強い風に煽られて、その人物の被っていたフードが捲れてはためく。



「……ぁ」



 黒衣の下から現れたのは、黒髪の幼い少女の顔だった。

 髪は腰まで届きそうなほど長く、黒い炎のように風に揺れて膨らんでいる。金色の瞳の周りを重たい睫毛が縁取っていて、唇は一つの黒点で表せそうなほどに小さい。

 肌全体が陶器で出来ているかのように真っ白で、染みも凹凸もない。瞬きと呼吸による身体の揺れがあるから、辛うじて生きた人間なのだと分かる。そう思うほど彼女は無機質で、この木々の中に佇むには場違いに思えた。

 まるで深い森の奥に、誰にも知られずにひっそりと捨てられてしまった人形のようだ。


 年の頃は十三か十四頃だろうか。

 袖の隙間から覗く腕は小枝のように華奢で、ちゃんと食事を取っているのか心配になるほどだ。


「……あっ。目、覚めた?」

「きみ、は……」

「身体、変な所ない? 大丈夫?」


 少女が憂いを帯びた瞳で見下ろしてくる。

 リュウキは身を起こし、彼女の顔をじっと見つめた。


 ……そう言えば気を失う直前に、何かの攻撃を受けた気がする。

 あれはまるで雷に打たれたような衝撃だった。

 そうだ。あの時自分は死を覚悟したのだ。何が起きたのかも分からず、けれど自分の終わりはきっと今なのだろうなと悟った。

 しかし自分は今こうして、五体満足で生きている。

 それは、まさか。


「一応、治してはみたんだけど。ちゃんと身体は動かせそう? 痛い所はない?」

「……君が、俺を?」


 おずおずと自分の顔を指さすと、少女は静かに、しとやかに頷いた。

 リュウキの身体に異常がないと見て、彼女は安堵した様子で唇を緩める。

 その顔を見た瞬間に、リュウキの身体には二度目の電撃が走った。


 ──て、天使だ……!


 それ以外に彼女を形容する言葉があるだろうか。いや、ない。

 彼女は見ず知らずの自分を治療し、命を救ってくれた。自分が一命を取り留めたことを知ると、まるで自分事のように微笑んでくれた。

 こんなにも純粋無垢で慈悲深い女性を、リュウキはこれまで見たことがなかった。


 思えば自分は、昔から女性に対してロクな思い出がなかった。

 幼い頃には気の強い婚約者にいじめられ、よく泣かされたものだ。強い男になろうと一念発起し勇者になってからは、隣国の勇者ユウトのパーティメンバーである娘たちに「お前勇者名乗ってるんだって?」「ユウト様に喧嘩を売るおつもりですかぁ?」「ユウトに近づいたら……殺す!」と顔を合わせる度に脅された。女性に手を上げるわけにもいかないので無抵抗でボコボコにされ、その度に「チクショウ、ユウトの奴め……!」と恨みを募らせたのだ。

 出会う女性たちは皆気が強く、いつの間にかリュウキの心には派手な美女に対するトラウマが染み付いていた。


 だが、この少女はどうだ。

 彼女の稲穂のごとき金色の瞳の中には、人を救わんとする温かな光が満ち溢れているではないか。


「……君、名前は?」

「名前? ナナですけど……」

「ナナ。ナナさん……。可憐な響きだ」


 何と素晴らしい名前なのだろう。白百合のようにたおやかで、清廉で、美しい響きだ。

 リュウキは彼女の小さな手を、両手で包み込むように握りしめた。


「──ナナさん」

「へっ?」

「ナナさんは、俺の命の恩人だ」

「え? あ、いや、そういうわけでは……」


 自分の功績を恩着せがましく誇ることもしない。何と謙虚でいじらしい女性なのだろうか。


「いやホント、あの、これはマッチポンプっていうか。元はと言えば私に原因があるようなないような……」

「事情はよく分からないが、俺のことを助けてくれたんだろう?」

「う、ウーン? 助け? 助け……? ウーン?」

「是非とも君にお礼がしたい」


 そう言うと彼女は黒い眉をほのかに下げた。困り顔すらも可憐とは、恐れ入った。どうかこの時間が永遠に続けばいいのに。

 しかしその時、夢のような空間に無粋者の邪魔が入った。

 ユウトが無理やり自分と彼女の間に身体を捻じ込んできたのだ。彼は目と唇を地面と平行に細めて、明らかに不機嫌なのが分かるドスの効いた声で言った。


「距離が、近い」

「はぁ?」

「ナナとの距離が、近い。あっちへ行け」

「貴様……一体何のつもりだ」

「ナナに近づくな、と言ってるんだ」


 リュウキの眉がひくりと動く。


「貴様、ナナさんの何なんだ」

「オレはナナの〝幼馴染〟だ」

「幼馴染……!?」


 リュウキは彼の後ろに向けて、「ナナさん! それは本当なのか!?」と声を張り上げて尋ねた。すると彼女はユウトの後ろから子兎のような顔を出し、「うん。そうだけど……」と頷きながら言う。

 リュウキは深紅の目を見開いて、ユウトを押しのけ、彼女の細い肩に両手を置いた。


「いけないナナさん! こんな女たらしの傍に居ては!」

「誰が女たらしだ……!」

「ナナさんにまでこの男の毒牙が及ぶかもしれない! 早く離れた方がいい!」

「ナナ! コイツの言うことに耳を貸すな! コイツはウソしかつかないことで有名だ! 巷では〝嘘魔人〟と呼ばれている!」

「貴様の方こそあり得ない嘘をつくな! 見ましたかナナさんコイツの本性を! こんな奴と幼馴染で居たらいつかロクでもない目に遭わされますよ!」


 ナナは交互に二人の顔を見比べた。あまりにもテンポが良く、目まぐるしく会話が進むので、「この人たちは実は仲がいいのではないか」と勘ぐってしまう。


「ええい貴様ナナさんを呼び捨てにするな! 馴れ馴れしいんだよ!」

「お前の方こそ出会ったばかりで馴れ馴れしい! オレは十年前からナナの幼馴染なんだよ調子に乗るな失せろ!」

「ハッ! 大事なのは時間の長さではない。これからどのような時間を積み重ねていくかだ! ──ナナさん!」

「えっ? は、はいっ」


 突如名を呼ばれたナナは、驚いて肩を震わせた。

 リュウキは恭しく膝をつき、ナナの小さな手を取って自分の手のひらの上にのせる。


「ナナさんは、どんな男が好みですか?」

「え? つ、強い人……?」

「俺は強いですッ!」

「あ、そ、そうなんだ……」

「俺こそが世界で一番強い男です。ナナさん。あなたの好みの男です」

「──は?」


 すると隣から、巨大な何かを地面に叩きつけたような轟音が響いた。

 見ればそこには、魔物となった狼──ワーグの首根っこを掴んで、その巨大な身体を華麗にひっくり返してみせたユウトの姿がある。

 ワーグの身体はユウトの背丈を優に超えていて、その牙は岩石をも一噛みで砕いてしまえそうなほどに凶悪だった。

 そんなワーグは泡を吹き、口の隙間から舌を垂らして息絶えている。


 ユウトは額に太い青筋を何本も巡らせて、手の甲には今にも千切れてしまいそうなほど張り詰めた血管を浮かべていた。

 その青い瞳には光がなく、目の下には黒いクマのような影が落ちている。


「──オレの方が、強いけど?」


 ユウトは指の骨を鳴らして、それだけ言って首を傾けた。


「──オレの方が、好みの男だけど?」


 それだけではなかった。

 追加で口撃した。


 喧嘩を売られている。

 それを理解したリュウキは怒りで眉を震わせながら、「はぁ、はは、はあ、……良いだろう」と、一周回って落ち着いたように聞こえるような声色で言った。


「──貴様、俺を舐めるなよッ!」

「やってやろうじゃねえかこのクソ野郎ッ!!」







 ナナは気の抜けた表情を浮かべて膝を抱え、周囲に積み上げられたワーグの残骸を眺めていた。

 空はもう既に薄暗く、赤く染まっている。

 ユウトもリュウキも剣を地面に突き立てて、額に浮かんだ大量の汗を拭っていた。


「貴様、中々やるな……まあ俺の方が上だが」

「お前の方こそ……まあオレの方が全然いっぱい倒してるけどな」


 二人はまるで健闘を称え合うように片手を差し伸べて、次の瞬間には互いに迷いなく殴りかかった。

 ナナは言い争う彼らに背を向けて、積み上げられた二つの山を見つめる。

 そして目視でワーグの数を数えた。どうやら二人の戦績の間に大きな差はなさそうだ。


「ん……魔力探知の魔法にも引っかからない。この森にいたワーグは大方倒し切ったみたいだね」


 勇者が二人も暴れたので、それも当然のことと言えるだろう。

 魔物は身体の中に魔力を多く溜めているので、魔力を探知すればどこに何体居るかの判別がつく。その魔力探知に反応がないので、魔物退治の依頼は完了したと見ていい。

 しかし魔力探知は完璧に精密というわけではないので、その点はギルドに報告しておくべきだろう。

 警戒は怠らず、この森周辺を冒険者に継続的に巡回してもらうと良い。


「二人とも、お疲れ様。……そういや、魔物を討伐したっていうのはどうやって示すんだ? このワーグたちをギルドへ持って帰るの?」


 ナナは首を傾げながらそう尋ねた。

 自分たちはギルドを通じてこの魔物退治の依頼を受けている。ということはつまり、〝自分たちが魔物を倒した〟という証拠をギルドに提示しなければ報酬を貰うことが出来ない。

 倒した魔物を直接ギルドへと持ち帰るのかとも思ったが、流石にこれは量が多すぎるだろう。

 物をA地点からB地点に〝転移〟させる魔法は、未だ人類には開発できていない。ナナとしてはいつか瞬間移動が可能であることを立証し、魔法で再現したいと思うが、しかし今の研究段階を鑑みるに、実現できるのは遥か先のことになるだろう。


 するとユウトは首を横に振り、「魔石を採取してギルドへ提出するんだ」と答えた。


「魔物の身体には必ず魔石が作られる。ワーグなら……この、額の部分だな。ここに石が埋まっているだろう。この魔石を採取して、それを提示すれば魔物を討伐したことの証明になる」

「残りの死骸はここに置いていくの? 放置していたら虫が沸くんじゃない?」

「ああ。だから魔石を確認して、ある程度の安全性が保証されたら、ランクの低い冒険者を多く雇って死骸を解体するんだ。魔物は良い素材にもなるしな」

「ふぅん……それなら腐らないように魔法をかけておいた方がいい?」

「ああ。とても助かるぞ」

「ヘヘン」


 そうしてナナがワーグの死骸を魔法で処理していると、リュウキが「ナナさん!」と顔を綻ばせて駆け寄ってきた。

 ナナが首を傾げると、彼は「これを」と言って膨らんだ袋を渡してくる。


「俺が倒したワーグの分の魔石です。良ければ受け取ってください」

「え……いいの?」

「はい。俺は報酬には興味がないので」


 そう言って笑う彼の面持ちは実に爽やかだ。ナナは困惑しつつも魔石を受け取って、「ありがとう……」とお礼を言った。


「な、ナナ。オレもっ。オレも、魔石、取った」

「なんでカタコトなんだ……。そうだね、あとでギルドに持って行こうね」


 何故か不安そうな様子で魔石を見せてくるユウトを見て、ナナは拾った綺麗な石を自慢してくる幼児と話しているような気分になった。

 きっとリュウキに張り合っているのだろう。

 案外ユウトにも子供っぽい所があるものだ。


 するとリュウキが乱暴にユウトへと歩み寄り、腕を組んで真正面からユウトを睨みつける。


「今日はここまでにしておこう。次に会う時は必ず貴様を打ち倒す。──それから、ナナさん」

「へ? はいっ?」

「あなたが困った時には、いつでもこの勇者リュウキが駆け付けます。遠慮なくお申し付けください」

「へ……」

「おいナナに近づくな触れるな手を握るな!」

「チッ……鬱陶しい男め! 他人の恋路を邪魔する者はドラゴンに蹴られるぞ!」

「お前が蹴られろ!」

「……それではナナさん。またお会いしましょう」

「話を聞け!」

「ユウト貴様、ナナさんに何かしたら殺すからな」

「それはこっちの台詞だ!」


 リュウキはそう言い残し、霧のようにあっという間に姿を消した。

 ナナは口を半開きにしたまま、彼が消えていった方向を見つめる。

 まるで嵐のような人だったなあ、と思いながら。


「ナナ!」

「んぇ?」

「大丈夫か? 奴に手を握られて怖くなかったか? あの野郎、次会った時には絶対砕く……!」


 顔を真っ黒にして憤る彼の前で、ナナは貰った袋を軽く持ち上げた。そしてそれをジャラジャラと振り、頬を掻きながらほのかに笑う。


「魔石くれたし、ちょっと変だけど良い人だったね」

「だっ、騙されるなーッ!!」


 血相を変えたユウトに肩を揺さぶられる。

 ナナは僅かに唇を突き出し、首を傾げて目を丸くする。

「仲良くなりたいと言っていたはずなのに」と不思議に思ったからだ。





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