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#2 勇者の急襲




「ふう……即時撤退したから何とか致命傷で済んだな」


 ハーレムパーティから完膚なきまでの敗走を遂げた数日後。

 ナナは森奥の自宅に舞い戻り、額に浮かんだ冷や汗を拭って頷いていた。


 我ながら迅速な判断だった。あのまま王都に留まって凱旋を見届けてしまっては、割れ物の心が縦横無尽に引き裂かれて二度と元に戻らなくなる所だった。その点すぐさま敗北を悟り逃げ帰る判断を下したことは、文句なしの英断であったと言えるだろう。


「にしたってユウトの野郎……」


 家に帰って心を落ち着けてみると、次第に沸々と理不尽な怒りが込み上げてきた。

 所詮は彼も男であったと言うことか。致し方あるまい、ハーレムは男の夢。不老不死に並ぶ人類の野望。人類を救うという偉業を成し遂げた勇者に与えられるべき幸福の一つであるのかもしれない。

 だがそれにしたっておっぱい祭りはいかがなものだろうか。せめて一人くらいハーレムに貧乳を加えたって良いんじゃないのか。何巨乳ばかりを選り好みしているんだ。そんなにおっぱいが好きか。大きいおっぱいが好きなのか。そうか畜生。


 ナナはベッドから起き上がり、徐に手を宙へと向けた。そして魔法で巨大な鏡を作って浮かべる。

 ナナは立ち上がって、作り出した鏡の前に立ってみた。


「ふむ……」


 そこに映っていたのは、長い黒髪を四方八方に跳ねさせた背の低い女だ。

 顔立ち自体は、自分で言うのも何だがまあ悪くはないと思う。

 しかしいかんせん顔色が悪すぎる。日頃の不眠生活のお陰で目の下には筆に墨を付けて力強く書き殴ったような隈が濃ゆく貼り付いているし、面倒臭がって死なない程度の食事しか取らないために身体は貧相に痩せ細っていた。髪はボサボサで伸ばしっぱなし、唇は荒れて皮が剥けている。

 一応服も脱いで全裸になってみたが、実は着痩せするタイプという展開も全くない。ふくよかな胸部というものは存在せず、あるのは虚無と言って良いほどの絶壁だけだ。

 若く見えると言えば聞こえは良い。けれどその実態は、ただ〝幼稚に見えるだけ〟である。二十歳とは思えないほどに色気がなく、何も知らなければ痩せた子供にしか見えない。


「ガフッ」


 ナナは血を吐いて倒れた。

 現実を直視し、自身の〝至らなさ〟に気が付いてしまったのだ。

 あの一瞬で見かけたハーレムメンバーは、どの娘も押しも押されぬ美少女ばかりだった。皆血色が良く、豊満なスタイルと抜群に愛らしい顔を持っていて、身体の端まで手入れが行き届いていた。

 それと比べて自分はどうだ。身長は低く、鶏ガラのように痩せていて、髪は無造作で、服装はだらしなく、胸もない。


 その上身の回りの世話は全て魔法で造ったゴーレムにやらせているので、生活スキルは壊滅的。親の持ち家に引きこもり、親からの仕送りで生活し、親の脛を齧って生きている。

 そんなの当然負けるに決まっている。というか勝てる要素がない。引きこもり駄目幼馴染がハイスペック美少女たちと対等に戦えるわけがなかった。


「ぐっ……」


 彼と自分。かつては対等な幼馴染だったはずなのに、一体どこでこんなにも差がついてしまったのだろうか。

 まさか引きこもったのが駄目だったのか。(※そう)

 それとも掃除も食事も風呂に入るのすら面倒だからと言って全てをゴーレムに任せきりにしているのが駄目なのか。(※そう)

 あとは……まさか働いていないのが良くないのか?(※そう)

 働かずに親の脛を齧りに齧って毎日趣味の魔法研究ばかりして過ごしていたのが良くなかったと言うのか?(※そう)

 駄目だ。心当たりがありすぎる。


「……あーあ……」


 ……あの四人娘の中に、こ、恋人なんかも、居たりするのだろうか。

 そんなことを考えて、ナナは酷く憂鬱な気分に襲われた。

 きっと居るのだろう。あんなに素敵な女の子たちと始終共に過ごしていたのだ。旅で苦楽を分かち合ったのだろうし、きっと彼らの間には切れない絆が芽生えているはずだ。もしかしたら四人とも彼の恋人なのかもしれない。それどころか、旅の途中で訪れた各地に見知らぬ現地妻まで作っているのかも。


 ナナは叫んで転がりたい気持ちになって、実際に「うがーッ!」と天に向かって吠えた。四年も会っていなかった自分に口出しする権利などないのに、気を抜けば自分に不都合な妄想ばかり浮かべてしまう。

 大体、四年間手紙の一つすら届かなかったのだ。それはもうつまり、彼がナナに対する興味関心を失っている証拠と言っても過言ではないだろう。

 もう望みなどない。脈もない。ならば潔く諦めてしまうべきだ。


 ナナは虚しく思いながら衣服を纏い、無気力に手足を投げ出して寝そべった。

 するとその時、突然部屋の中を動き回っていたゴーレムが動きを止め、起伏のない機械音声で喋り始めたのだった。


「侵入者ヲ検知。侵入者ヲ検知」


 頭を乱暴に掻いてから、ナナはため息をついて起き上がった。

 どうやら誰かがこのアラソスの森へと入り込んだらしい。立ち入り禁止の看板を掲げていたというのに、時折こうして迷い込む人間が居るのだ。

 平時ならば一応は応対してやる所だが、生憎今はそんな気分でない。ナナの心は今深い傷を負っており、見知らぬ誰かに優しくしてやる気力などなかった。


「ゴーレム。適当に追い払っておいて」

「承知シマシタ」


 片手を振ってゴーレムに指示を出す。そこそこ強剛に造ったゴーレムだ。身の回りの世話をこなす以外にも、基礎的な戦闘機能を付与している。並みの冒険者にはまず負けないだろう。


「……ナナ様。ナナ様」

「なに」

「侵入者ガ凄マジイ速度で居住地ニ接近シテイマス。ワタシタチデハ止メルコトガ出来マセンデシタ」

「へっ?」


 ゴーレムが無感情に言う。

 ナナは目を丸くした。そして振り返る。恐る恐る玄関ホールへと忍び歩き、扉に耳を押し当てた。

 そして「ひッ」と悲鳴を上げる。

 扉の向こうからは何一つ音がしなかった。音がしないのに、気配で分かる。凄まじい気迫の塊がこちらに迷いなく近づいてきている。魔力の塊、生命力の権化とも言うべきか。これは並みの冒険者などではない。騎士、いや、勇者級の──。


 ガチャ、と音が鳴った。

 ドアノブがゆっくりと回る。決してナナの許可なしには開かないように、魔法で鍵をかけておいたはずなのに。

 扉が開き、暗い部屋の中に光が差し込む。

 ナナは反射的に両手を上げて、敵意が無いことを示すためにお腹を見せて転がった。


「──ナ、」

「ひぃィーッ! お助けを! 私本当は悪い魔法使いじゃないんですぅ! この間の一件も出来心だったんですぅ!」


 ナナは目を硬く閉じて、平身低頭で命乞いをした。

 部屋の中にしばしの沈黙が漂う。しかしいつまで経っても首がストンと斬り落とされる気配はないし、手首に手錠がかけられる様子もない。てっきりこの前森で魔法の実験をしていた最中に誤って山の一角を爆破した罪で王都から騎士団でも送られてきたのかと思ったが、もしや違うのだろうか。

 そう思ったナナは、恐る恐る片目を薄く開いた。

 すると、そこに居たのは。


「……え?」


 目の覚めるような青い髪を靡かせた、美しい青年だった。

 サファイアブルーの髪は文字通り宝石のごとく光り輝いていて、その顔立ちは狼のように凛々しく整っている。

 白と黒を基調にした服の上から見ても尚分かる、鍛え抜かれた体格。彫刻のような肉体は厚みがあって尚且つ高く、こちらが首を大きく上に向けなければ顔を拝むことすら出来ない。


「……ユウくん?」


 見間違えるはずがない。

 彼はナナの幼馴染、勇者ユウトその人だ。


「──久しぶりだな、ナナ」


 腹を見せて無様に転がったナナを見ても尚、彼は一切の動揺を表さずに歯を見せて笑った。

 その顔はかつての面影を残しつつも、しかし勇者として素晴らしく成長したことの表れである精悍さを兼ね備えている。

 ナナは思わず胸を押さえ、「はッ、ううううっ!」と叫んでしまった。


「? どうしたんだ?」

「あっ! いや何でもない! ただ私の心臓に春の嵐的なものが吹き荒れただけで……」


 顔に集まった熱を飛ばすように手を振ってから、ナナは慌てて細い身体を起こした。

 どうしてこんな所に彼が。というかちゃんと覚えていてくれたのか。幼馴染を忘れたわけじゃなかったのか。あと何だそのけしからん身体付きは。逞しく成長しすぎだろう。

 様々な感情が胸を横切っていく。ナナは首を横に振って深呼吸を重ね、彼に向けて片手を上げた。


「そっ、それより! ど、どうしたの? 突然!」

「ああ。お前に用事があってな」

「そっか! 用事か! いやこんな森奥までわざわざ来てくれるなんてビックリしたよぅ!」

「ああ……何でこんな森の奥深くに住んでるんだ?」

「ま、まあ、それには色んな事情がありまして……」


 嘘である。ただ社会との関わりが面倒になって、人の気配のない森奥に逃げ込んだだけだ。


「たっ、立ち話も何だし! 良かったら上がって行きなよ!」

「いいのか? 悪いな」

「積もる話もあるでしょうからね! なんせ四年も……うん、四年も音信不通だったわけだし!」


 ナナは彼を意気揚々と部屋の奥まで招き入れた。多少言葉の節々に怨嗟が滲んでしまうのはご愛嬌だ。

 ユウトはしきりに辺りを見回しながら、ナナに誘導されるまま応接間に置かれてある椅子に腰かけた。ナナも机を挟んでその対面に座り、ゴーレムにお茶を持って来させる。

 良かった。部屋を綺麗にしておいて本当に良かった。まあ綺麗に掃除したのは自分ではなくゴーレムだが。


「……それで、用事っていうのは?」


 少し咳払いをしてから、ナナは彼にそう問いかけた。

 するとユウトはじっとお茶の表面を覗き込んで、それから視線を上げ、顎を引き。


「ああ。お前に聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと? 魔法の知識とか?」

「いや違う」

「じゃあ……えっと?」

「お前、恋人は居るのか?」


 と、ナナに尋ねたのだった。

 当然ナナは手に持っていたカップを床に落とし、突き飛ばされるようにして椅子から転げ落ちた。





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