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#19 魔物退治

二章始まります。よろしくお願いします。




 風呂上がり、ナナはホカホカと湯気を立ち昇らせながら、ソファに座るユウトの隣に勢いよく身体を投げ出した。

 ユウトも少し前に湯船から上がったばかりなので、いつもよりも体温が高い。青い髪がほんのりと湿っていて、前髪が邪魔だったのか子供が付けるようなゴムで一つに結ばれている。真っ白なシャツによく鍛えられた身体が押し込められていて、その手には紙の束が握られていた。


 ナナは自分の髪をお団子状にまとめてから、彼の手元を覗き込んだ。するとユウトの身体がほんの少し跳ねるように震える。


「なに見てるの」

「……依頼の一覧表だ」

「ふぅん。その中から選ぶの、仕事」

「うん」

「いつ行くの」

「明日」

「……私もついていく」

「えっ」

「駄目? 家での仕事はゴーレムに任せるし」

「だ、め……じゃ、ない、けど」

「けどなに?」

「め、面倒、じゃないのか?」

「別にぃ。私にだって、たまには身体を動かしたいと思う日もあるんだ」

「て、天地がひっくり返った……!」

「そこまで言うようなこと?」


 ユウトは限界まで目を見開いて、衝撃的な光景を目撃してしまったみたいな表情を浮かべている。ナナは文句ありげに目を細めて、彼の肩に小さな頭をぶつけるようにのせた。


 しかし彼が驚くのも無理はない。ナナはいつも暇さえあれば家に閉じこもって、外へ出かけることを極端に嫌がっていた。ユウトに「一緒に仕事に来るか」と誘われても「めんどいからパス」の一言で無下にしていた。

 ナナは極度の面倒臭がりなのだ。

 有り得ないくらいの面倒拒絶症候群を患っていて、やりたくないことを徹底的にやらないたちなのだから。


「ど、どうした? 何か心変わりするようなことでもあったのか?」

「あったと思います?」

「どっ、どうなんだろ……」


 ナナは彼の横顔をじっと見つめた。ユウトは顔を反対方向に反らしていて、彼と目が合うことはなかった。


 ──心変わりするようなこと。

 当然、あった。

 当然あったとも。


『恋人? 居るわけないだろ』


 ナナはずっと、幼馴染である彼が美少女たちを集めてハーレムパーティを築き上げているのだとばかり思い込んでいた。

 けれどそれは誤解で、彼の隣は未だ空白のままだということが分かったのだ。

 それなら、ナナが遠慮をする理由はない。

 ナナは彼の幼馴染として、この初恋を実らせるべく〝幼馴染以上〟へと駆け上がってみせると決意した。


「とにかく、私もついていくから。邪魔しないし、きっと役に立つよ」

「それは、有難い……が、えっと」

「何ぃ?」

「な、なんでも、ないです……」


 ユウトは顔を両手で覆って首を縦に振った。その答えにナナは満足し、ソファについていた手を放して身を引く。




 その翌日、ナナはユウトと共に隣国との国境近くを歩いていた。

 数時間馬車で揺られ、今は森の中の獣道を進んでいる。


 ユウトは白と紺の勇者らしい服を着ていて、腰には彼の愛剣が携えられている。ナナは日差し除けの黒いローブを身に纏っていて、顔をフードで覆い隠していた。その手には杖が握られているが、これは別に魔法に使用するわけではない。ただの歩行補助用の杖である。ナナは極端に体力が少ないので、これを地面についていないと坂道を上ることができないのであった。


「はっ。はひッ。ふうっ。ふうッ」

「大丈夫か?」

「だい、じょうぶッ。ヴっ」

「本当か? 本当に大丈夫か? ちょっとそこの木陰で休んでいくか?」

「そっ、そうする……」


 心配そうに眉を寄せたユウトが木の陰を指さし、ナナはそれに何度も懸命に頷いた。

 冷えた石の上に腰を下ろし、大きく肩を揺らしながら息を吸う。

 ナナは魔法の天才であり、大概のことは何でも完璧に出来ると自負しているが、こと体力面においては本当に自信がない。五分間外を歩いただけで息が切れるし、代謝が悪いので上手く汗をかいて熱を発散させることもできない。

 しかしこのようにグロッキーになることが分かっていても尚、ユウトの仕事についていきたかった。

 彼との間に何か良いイベントが起こらないかという、純度の高い下心からだ。


「……ふう、ふう」


 ナナは水筒に入れて持ってきていた冷たい水を子リスの一口分くらいずつ飲んで、両足をだらしなく伸ばして投げ出した。


「ぷはあ。生き返った……」

「無理しなくていいんだぞ。もう少し休んでいくか?」

「いや、大丈夫だ。大丈夫」


 ナナはフードを被り直し、乱れた前髪を整える。


「……そういや、今日の仕事についてあんまり詳しく聞いてなかったな。確か魔物退治……だったよね?」

「ああ」


 ユウトは軽く顎を引いた。


「魔物……は、お前も知っているとは思うが。魔力に適合し、強力な力を得た生き物のことだ」


 要するに魔力を取り込むことで変異してしまった生物のことを指す。

 魔力とは万能のエネルギーであり、人間はこれを用いて魔法を行使する。だが大気中に浮かんでいる魔力を吸い込むのは、何も人間だけに限った話ではない。

 他の動物や植物だって、魔力を取り込むことができるというわけだ。


「例えば魔力を取り込んだトカゲは、巨大なドラゴンになって人を襲う。火を吐くサラマンダーに分岐進化することもあるし、魔力によって変異した植物はアルラウネと呼ばれる人型の魔物になる。鳥はハーピィに、狼はワーグへと変異する」


 この世に存在する〝魔物〟と呼ばれる生き物は、魔力に適合し凶暴化した動植物群の総称だ。

 放っておくと人間に甚大な被害を及ぼすので、魔物の発生が確認され次第冒険者たちが討伐に向かう手筈となっている。

 要するに魔物とは、たちの悪い強力な害獣だと思えば良い。


「……まあ、魔物からは通常の動植物からは入手できない特別な素材が手に入ることもある。耐火性の強い毛皮だったり、金属だったりな」


 ちなみにユウトが討伐した〝魔族〟とは全くの別物である。魔物は魔力によって変異した生物だが、魔族はもっと別の種族だ。

 魔物に悪意はないが、魔族には悪意がある。


「近頃、隣国であるシュラセリアとの国境近くの森で、ワーグが繁殖しているとの情報があった。人里に降りて人間を襲った例もいくつか報告されている」

「それで勇者のお前が駆り出されたんだな」

「この森は魔力濃度が高い。それで強力な個体が発生してしまったんだろう」

「……ユウくん」

「うん?」

「ちょっとしゃがんでくれ」

「? こうか?」


 ユウトは言われるがまま、膝に手を当てて腰を曲げる。そんな彼の額を指で押さえ、ナナは彼に魔法をかけた。


「……何した?」

「もしものことがあった時のための魔法をかけただけだよ」

「もしもの?」

「お前が魔物に襲われた時用。自動で相手に反撃するように魔法をかけた」

「……オレは、魔物には負けない」

「お守りだよ、お守り」


 ユウトは「そ、そうか……」と言って、足を下げてナナと距離を取った。

 顔が近くて照れてしまったからだ。

 ユウトは額を押さえて俯いた。触れられた部分の肌が熱い。心臓がせっかちに音を立てる。



 ──最近、ナナとの距離が妙に近い気がする。


 これはただの自意識過剰だろうか。

 片思いを拗らせ続けてしまったが故の誤解なのだろうか。

 しかしやはりどうしても、近頃のナナは距離感がおかしいように思う。以前は態度に少量のぎこちなさが含まれていたというか、絶妙に精神的な壁を作られていたのに、その一切が取っ払われた気がする。


 困った。いや困らないのだが、困った。

 このままでは、彼女が自分を好いてくれているのではないかと、淡い期待を浮かべてしまいそうだ。



 そんな具合にユウトが胸を弾ませ、ナナの様子を落ち着かない心地でちらちらと伺っていた時のことだった。

 ユウトは背後に何かの気配を感じた。

 それは魔物の気配、ではなかった。もっと濃密な、こちらに対する〝敵意〟を感じさせるものだった。


「? ユウト?」

「──何者だ」


 ユウトはナナを腕で庇いながら、自らも強烈な殺気を滲ませた。

 並みの山賊や冒険者ならば、ユウトの威圧を前にして心を折られずにはいられない。それほどまでに、勇者としての覇気は凄まじいものだった。

 だがしかし、その謎の気配は立ち去る素振りを見せず、むしろ真正面から堂々とユウトの元へ向かってくる。


「──久しぶりだな」


 それは凛と響き渡るような男の声だった。

 男は深紅の外套を身に纏っていて、目深にフードを被っていた。


「……! お前は!」


 彼がそのフードを両手で持って外す。すると男の顔が露になる。

 眩く輝く黄金の髪には、燃え盛る夏の炎のような赤色の毛が何束か入り混じっている。癖のある髪が風にたなびいて揺れていて、特徴的な赤毛のメッシュが火の玉のように見えた。

 真っ赤な瞳の端は甘く垂れ下がっており、反対に金色の眉はきつく吊り上がっている。

 そんな豪奢な顔立ちをした美形の男が、そこに居た。


「この俺を忘れたとは言わせんぞ。勇者──いや、〝偽勇者〟ユウトッ!」


 彼はユウトを指さし、まるで親の仇でも見るような顔をして叫んだ。

 般若のような剣幕の彼と、狼狽えるユウトを前にして、ナナは。


「……、……誰?」


 と一人、置いてけぼりを食らったような声色で呟いた。





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