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#16 真骨頂




 目にも止まらぬ光の速さで降り注いでくるナイフの刃撃を、強度の高い素材で出来た壁を作って肌に当たる直前に何とか防ぐ。

 巨大な獣の牙をも防げるような金属で作ったはずの壁は、ナイフの先が触れた瞬間にいとも容易く砕け散った。


「しつッ、けえな! テメェ!」

「そっちこそ!」


 ナナは指先に魔力を集め、それを水の塊に変化させる。その水弾を銃を撃つようにして発射。

 しかしフィオナは身を捩ってそれを躱し、そのまま身体を回転させる。手をついて身体の方向を変え、足の筋肉をバネのように使って跳ね、ナナへと飛び掛かった。首を狙って飛んでくるナイフを、下から突き上げるように魔法で生み出した鉄の棘で弾く。


「ここで暴れるなよ! ユウくんの家がボロボロになるでしょうが!」

「そう思うならさっさとくたばれ!」


 後で直すにしても、骨の折れる作業になりそうだ。暴れるなら外でやってほしいものだが、彼女を連れ出すだけの余裕はない。


「あんたに! あんたなんかに何が出来る!?」


 フィオナの力に押し負け、ナナは身体のバランスを崩して床に倒れ込んだ。その隙を見逃さず、フィオナはナイフを振り上げて突き立てる。

 が、ナナは瞬発的に爆風を起こし、彼女の身体ごと吹き飛ばす。

 玄関に飾っていた写真立てや花瓶が、その風に巻き込まれて壁に叩きつけられた。


「あたしはユウトの仲間だ! 一緒に旅をした! 魔王軍を倒した! 功績を残した!」

「っ!」

「何もせず引きこもってたあんたとは違う!」


 痛い所を突いてくる少女だ。

 だが正論を突きつけられたからと言って、簡単に折れてなどやらない。生憎、開き直りはナナの十八番なのだ。


 受け身を取る彼女の動向を確認しつつ、大規模な魔法を行使するため、頭の中でイメージを組み上げる。

 けれどその時、背筋に溶けた蝋が伝うような悪寒を感じた。

 ナナは反射的に、背後に分厚い壁を作る。


「──チッ!」

「もう一人……!?」


 振り返ると、そこにはナイフを持った猫娘の姿があった。

 彼女が高速で移動した、というわけではない。その証拠に、正面にも確かに彼女の姿がある。

 つまりは、分身。それとも幻術か。

 仕組みは分からないが、同じ人間が二人居る。


 何とか攻撃を躱せたものの、当然体力は削られ息が切れる。元々ナナは身体を動かすことが得意でない。今までも必要最低限の動きのみで彼女の猛攻を躱してきたが、流石に二人を相手取るのは難しい。



 しかし余裕がないのはフィオナとて同じことだ。


「ッ、クソっ……!」


 ナナの魔法の発動速度が異常に速く正確なために、今一つ攻め切ることが出来ないのである。



 ──ここで一つ、この世界における魔法の仕組みについて解説する。


 この世界の大気には〝魔力〟と呼ばれる物質が存在していて、この魔力はどんな物質にでも変化できる万能のエネルギーである。

 人間の身体の中にはこの魔力を溜め込むための器があって、溜め込んだ魔力を使って魔法を使う。

 ここまでは以前にも解説した内容だ。


 ではどうやって魔法を使うのか。

 大気中に漂っている魔力には干渉することができないが、自身の身体に取り込むことで、その魔力に〝指示〟を出せるようになる。


 まずは取り込んだ魔力を身体の外に出して、一か所に集めて凝縮する。

 取り込んだ魔力は、体表のどこからでも出すことが出来る。そしてその魔力は自分の身体から切り離さない限り、自由に動かすことが出来るのだ。

 そうして身体と繋がった魔力に〝指示〟を与える。

 ここで言う指示とは、所謂イメージのことだ。


 例えば魔法で火を生み出したい時。

 指先から体内の魔力を出して、大きな塊となるように凝縮する。

 この繋がった魔力に、〝火になれ〟と指示を与える。

 その際に浮かべるイメージは詳細でなければならない。火はどんな構造をしていて、生み出すためには何が必要なのか。どういう手順を踏む必要があって、どんな温度、色、形をしているのか。そういうことを事細かに思い浮かべる。

 すると魔力はそのイメージを読み取って、イメージの通りに変化するのだ。

 そして変化した魔力を切り離す。


 これが魔力を別の物質へと変化させる、最も単純な魔法──〝純魔法〟の仕組みだ。


 何でも自在に生み出すことが出来る、奇跡のような術。

 と言えば聞こえは良いが、実際の所、魔法にはいくつかの欠点が存在する。


 その一つが、〝不安定さ〟である。

 魔力はイメージを読み取って変化する。

 つまりそのイメージが少しでも揺れれば、魔法の質は格段に落ちる。


 魔法で火を生み出したいならば、火についての全てを学んでいなければならない。

 たとえ学んでいたとしても、魔法の発動時に少しでも雑念が入れば、生み出した火はすぐに消えてしまったり、見かけだけの紛い物になったりする。

 思い浮かべたイメージが現実に即していればいるほど、〝現実の火〟に近いものが生み出せるというわけだ。


 戦闘時には一瞬の隙が命取りになる。

 そんな状況で、一体どれほどの人間が正確な火のイメージを思い浮かべることが出来るというのだろうか。

 戦闘系パーティに魔法使いが採用されにくいのは、これが原因だった。


 要するに、通常は魔法を使うよりも剣を使った方が強いのだ。



 だがナナは瞬発的に、次々と魔法を使った。

 それも爆風、金属、水弾など、多彩なものを次々と生み出した。

 何故そのようなことが可能なのか?



 ──それはひとえに、ナナが常軌を逸した天才だからだ。



「見たことのない魔法……」


 目を見開いて、ナナは呟く。

 自分をそっくりそのまま増やすことのできる魔法なんて、初めて見た。

 魔法では、魔法なしでも出来ることしか出来ない。

 これが基本的なルールであり、破ることの出来ない壁である。


「はあ、はあっ……」


 息を切らして肩を揺らす。

 二人のフィオナを目の前にして、ナナは──。


「──どういう原理ッ!?」


 まるで恋する少女のように頬を真っ赤に染めて、踊るように飛び上がった。

 フィオナが「は?」と呆気に取られたような声を上げる。

 ナナは自分の胸を押さえ、もう片方の手を頬に押し当てた。


「どうやってるの!? 実際に人間の身体の構造をそのまま模倣してる!? クローン人間!? 人格は!? 統一されてる!?」

「は……」

「魔法で生物を作り出すのは至難の業なんだよ!? 世界中探しても片手で数えられる人くらいしか出来ない魔法なのに……! それもこんなに精巧な同一人物を生み出すなんて、まず出来ることじゃない! きっと何かの仕掛けがある!」


 飛んでくる刃を魔法で生み出した盾で弾きながら、彼女の分身魔法について考察する。


「なっ、なんであんた、喋りながら魔法が使えんだよ……!?」

「分身体はそれぞれ自立して思考してる……? 言動に差異は特に見られず、刃の振り方の癖まで同じ……」

「クソっ、この女……!」

「あっ。分かった。人形に人格を付与してるんだ」

「!」

「人格? いや、記憶かな。うん、記憶だ。魔法で生み出した人形に、特殊な術式を使って記憶をエンチャントしてるのか。動力源は魔力かな? 魔力は生命力にも置き換えることが出来るから……」

「なっ……」

「編み出したのは君自身? それとも君の師匠か何かかな。きっと余程優秀な魔法使いだったんだろう。どう見ても特級指定の魔法だもん。かなり大掛かりな魔法だし、身体の一部に魔法陣を刻印してるんだろうな」


 ナナは足元に風を生み出し、その力を借りて一気にフィオナの一人と距離を詰める。


「本体は別? それとも君がそう?」

「ッ、あ」


 ナナは彼女の頭を掴み、魔力の球で包み込んだ。

 そしてそれを爆風に変える。

 バン、と激しい音が鳴り響いた。


 フィオナの頭が吹き飛ぶ。

 ナナは肌についた埃を払うように手を動かした。すると床に、少し焦げた土くれが落ちる。

 頭部を失ったフィオナの身体が倒れる。するとその身体は、みるみるうちに色を失ってただの土の塊へと変化した。


「あ、本体は別か」

「なっ。なッ、なァッ……」


 フィオナはナナを指さして、陸に打ち上げられた魚のように口をはくはくと動かす。


「いっ。イッ。いっ、イカレっ、てんのかっ。テメェ……っ! そっ、それがっ、あたし本体だったらっ! どうするつもりだったんだよ……ッ!?」

「魔法で治すよ。可哀想だし」

「頭吹き飛ばしておいて……!」


 完全に頭のネジが外れた人間を目の当たりにしたような目で、彼女はナナを睨みつけた。

 しかしそんな視線は歯牙にもかけず、ナナは冷静に首を傾げる。


「増やせる数には上限がある? それとも増やせば増やすほど一人当たりの地力が低くなるのか?」

「んなの教えるわけ……!」

「どちらにしても、自分の魔力を分割して作ってるんだろうな。とすると──」


 ナナの目玉目掛けて、フィオナがナイフを突き立てようとする。

 けれどその刃先は、あと僅かばかり届かずにピタリと止まった。


 それは何故か。

 彼女の頭が、誰かに後ろから挟まれたからだ。

 両手でそっと耳を塞ぐようにして、手のひらで優しく頭部を包まれた。


「──なるほど。こうするんだね」

「……ッ、ぁ」


 声は、フィオナの背後から聞こえてくる。

 フィオナは顔を動かさずに、目線だけを後ろへ向けた。


 そこには、二人目のナナが立っている。


「あ、あたしの、魔法……!」

「ばあ。びっくりした?」

「どう? 上手くできてる?」


 二人のナナがそれぞれ喋りかける。

 フィオナは目を見開いて、化け物でも見たような表情を浮かべている。


「な、なんで……あたしの、魔法を……」

「魔法ってのは、原理が分かれば誰にでも使えるものなんだよ」


 魔法は、知識さえあれば誰にでも扱える。

 だから魔法使いは知識を秘匿したがる。

 自分の研究結果を他人に明かさない。

 何故なら、明かしてしまった時点でその魔法は、誰にでも使える普遍的なものになってしまうから。


 この世界で科学や技術があまり発展しないのはそのためだ。

 この世界における魔法使いとは、要するに研究者のことである。この世界に起こる現象を解明し、その原理を理解した時、人は初めてその現象を魔法で再現できるようになる。


 よって魔法使いは、たとえ自分が歴史的な発見をしたとしても、通常その内容を秘匿する。

 自身の弟子や子孫など、一部の人間にのみその知識を教え伝える。

 そうすることで、一族に伝わる〝秘伝の魔法〟が完成するのだ。


 それはつまり、原理さえ分かってしまえば簡単に他人の魔法を模倣することが可能であるということ。

 故にナナは魔法使いでありながら、魔法使いの〝天敵〟でもある。


 圧倒的な知識量。未知の事象を解明せんとする探求心。一度にいくつもの事柄を並列的に思考可能な頭脳と、一度見たものの真理を見抜く観察眼。

 その姿はまさに。


「──魔女……!」

「君も分身体? それともフィオナちゃん本人?」


 憎々しげに顔を歪める彼女に、ナナは落ち着いた声でそう尋ねた。

 けれど彼女は、ナナを嘲るように「はッ」と鼻を鳴らす。


「さあ、どうだろうね。どっちにしろもう遅い」


 彼女の肌に汗が一筋伝う。

 しかし彼女は唇を歪め、仕掛けた罠に見事引っかかった獲物を見下ろすような声で言った。


「ユウトは今頃あたしのモンだ。──あたしのことだけ、愛してくれてる」


 と、不敵に笑いながら。





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