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#13 恋と花と魔女




「邪魔するよ」

「おお、シモンか。何の用だ?」

「いつもと同じことだ。借りていた金を返しに来た」


 シモンは古びた扉を開き、カウンター席へと腰掛けながら言った。

 机の上にボロ布で出来た袋を置き、結んでいた口を開く。するとそこから大量の眩しい金貨が、雪崩のように崩れながら現れた。


 ここは王都に存在する違法ギルドの一つ。

〝闇ギルド〟とも呼ばれるこのギルドは国からの認可を得ていない非合法の組織であり、この場所には法が存在しない。普通のギルドは厳格に定められたギルド法を順守しているが、闇ギルドでは違法な金の受け渡しや犯罪行為が横行している。


「……ああ。確認した」


 ギルドマスターは金貨の枚数を数え、金額を計算してからその金を懐に仕舞う。


「……あと少しで、またまとまった金が入る」

「まとまった?」

「良い依頼が舞い込んだんだ」

「そりゃあ何よりだ」


 シモンは珍しく僅かに笑みを浮かべて、机の表面を爪の先で二度叩いた。


「その報酬があれば、あんた達に借りていた金を全額返し切ることが出来る」

「……その後はどうするんだ?」

「さあね。……まあ、それなりに生きていくさ」


 ともあれ、これで借金漬けの毎日とは縁を切ることが出来る。

 思い返せば長い日々だった。

 やりたくもないことをやって、金のためならばどんな人間でも騙してみせた。

 何のために生きているのか分からない毎日だった。でも、それもこれで終わる。

 やっと自由が手に入る。

 そうしたら。

 そうしたら……。


「……思えば、お前とは長い付き合いだったなあ」

「?」


 ギルドマスターが、グラスの端を白い布で拭きながら、しみじみと何かを噛みしめるように言う。


「俺はよォ。お前には、ちっとばかし同情してたんだ」

「……」

「悪い大人に騙されて、ガキの頃から借金塗れ。毎日金を返すために寝る間も惜しんで働いて、それでも足りねえからってあくどい事にも手を染めてよぉ……」

「……何が言いたい?」

「残りの金は必要ない」

「──!」

「お前の借金は、帳消しにしてやる」


 シモンは机を叩き、立ち上がった。その衝撃で椅子がひっくり返って荒っぽい音を立てる。


「……本気、か?」

「ああ。俺は嘘はつかねえよ」

「……どういう、風の吹き回しだ? 金に目のない、お前が……」

「言っただろ。お前には同情してるって」


 シモンは困惑に満ちた目で彼を見つめる。

 どうして彼が突然そんなことを言い出したのか分からなかった。彼が損得勘定よりも情を優先させるようには、どうしても見えない。けれど、だとしたら尚更、彼は何のつもりで。

 胸に浮かんだ困惑と嫌な予感から顔を背けることが出来ず、シモンは再度彼に事情を問い質そうと、身を乗り出して彼に詰め寄った。


「なん、の──」


 その時、突然腹に熱が走った。

 焼き鏝を直に肌へと押し当てられたような感覚があった。何が起きたのか分からず、シモンは無意識に手で腹を押さえる。


「あ」


 そして手のひらを顔の前まで上げて、目を見開いた。

 赤い。何故か手から、赤い液体が滴り落ちている。一体これは何だろう。呆気に取られている間にも、腹の熱は広がっていく一方だ。


 ……刺された?

 冷えた脂のような汗が顎を伝って床へ落ちる。首の後ろが段々と冷たくなっていく。


「俺はお前に同情してるんだ。でも同情は金にならねえ」

「な、に……」

「だが恨みは金になる」


 シモンはその場に倒れ込んだ。

 腹に手を強く押し当てて、傷口を塞ごうとする。けれど血が止まらない。熱いのか痛いのかよく分からない。


 顔を上げる。

 いつの間にか、ギルドの中に居た男たちに見下ろされていた。どいつもこいつもロクでもない、冒険者崩れの犯罪者たちばかりだ。

 ……いや。

 それは、自分も同じか。


「お前、金を集めるためによぉ。良い所の嬢ちゃんばっかり狙って、カモにして貢がせてたそうじゃねえか。まあお前、面だけは一級品だもんなぁ。そうするのが一番手っ取り早いよなぁ」

「グ、げほっ」

「だがいけねえ。お前はそのせいで恨みを買っちまった。一人や二人じゃねえ。お前が騙してきた女の数だけ、お前は殺したいほど憎まれてんだよ」

「っ、ァ」

「馬鹿だなあ、お前。恨みを買うような悪事を働いたんなら、恨みが残らないようにきっちり殺すのが筋ってもんだろうが。そうしねえと、結局こうなる」

「ぁ……」

「皆、いくら払ってでもお前の首が欲しいんだとさ」


 視界が歪む。

 心臓が耳の真裏にあるように錯覚するほど、自分の鼓動が激しく聞こえる。


「じゃあな。シモン」


 その瞬間、シモンは長い足を回して男たちを蹴り飛ばした。足を払われた男たちは身体のバランスを崩し、その場に崩れる。

 シモンは歯を食いしばって立ち上がり、部屋の端に積んであった木箱を持ち上げ、男たちへと目掛けて放り投げた。

 机を倒し、空になった酒瓶を投げつける。ギルドの中を滅茶苦茶に荒らし、出来るだけ多く障害物を作る。


「逃げたぞ!」

「追え! アイツを殺せ!」


 彼らが怯んだ隙に、ギルドの扉を蹴り飛ばすように開けた。追いかけてくる男たちには目もくれず、一心不乱に路地裏を走る。


「はぁッ、はぁッ」


 息をする度に激痛が走る。いくら腹を押さえても、とめどなく血が溢れてくる。


「はぁッ、は……」


 この辺りの路地裏は造りが複雑になっていて、だから何とか彼らを撒くことが出来た。

 けれど、見つかるのも時間の問題だろう。


 いや、それよりも先に、多分もう。


「は……」


 壁に寄り掛かる。頭と壁が擦れて乾いた音が鳴る。

 腹を押さえたまま、背を壁に押し付けて、倒れるように座り込んだ。


「はっ……はは」


 面白いことなんて何もないのに、何故か喉から笑い声が漏れる。


「……自業、自得、か」


 当然の末路、とでも言えばいいのか。

 考えてみれば、当たり前のことだ。自分はこれまで何人もの人生を狂わせてきた。騙して、搾取して、捨ててきた。

 そんな人間に、今更真っ当な自由が与えられるわけがない。


 シモンは徐に、服のポケットに手を入れた。

 そこから二枚の、取るに足らない紙切れを取り出す。


「……ふ」


 何故今になってまで、これを思い出したのだろうか。

 まさか今更、約束を破ることに罪悪感を感じたとでも言うのだろうか。

 馬鹿らしい。そんなことはあり得ない。

 自分は彼女に何の感情も抱いていない。ただ金のためだけに、好意を持っているフリをしただけだ。

 金にならないのなら、あんな地味な女に優しくなんてしなかった。


 そうだ。

 だからもう、こんな紙切れには、用なんてない。


 なのに、捨てることが出来ない。手が離れない。

 少しずつ血が染み込んで赤くなっていく紙を、じっと見つめることしか出来なかった。


「……なな、りー」


 今になって、どうして思い出したのだろう。

 今際の際に、あの子の顔を。



「──そこはせめて、私の名前にしておこうよ……」



 どこからか、呆れたような女の声が聞こえてきた。

 閉じかけていた瞼を、ゆっくりと持ち上げる。声の聞こえてきた方へと顔を向ける。


 そこに居たのは、華奢で目つきの悪い、長い黒髪の少女だった。

 ナナという名の少女。金のために騙していた女。

 シモンは呆気に取られた。どうして彼女がここに居るのか分からなかったからだ。まさか、これが走馬灯だとでも言うのだろうか。


 目を瞬かせるシモンを他所に、彼女はあくまでも冷静に、シモンの腹の傷を観察する。

 それは普段の彼女の挙動不審な態度とはかけ離れた、厳格な医者のような顔だった。


「腹部刺創か。かなり深いね。腹腔内での出血が酷い。消化器官にも損傷あり……」

「……な、に、を?」

「決まってるでしょ。魔法で治す」


 そう言うとナナは前髪を雑に上げてピンで止め、後ろ髪を一つに束ねた。

 その真っ白な顔は、やたらと凛々しくて冷たかった。


「……魔法、じゃ。想像、できない、ことは。実現、できないんじゃ、なかった、か?」

「想像できることは実現できる」


 彼女が両手を傷の前にかざす。

 途端に何かが身体の中に流れ込んでくるのが分かる。温度もない、感触もない、けれどそこに存在していることだけは分かる、巨大な何かが。


 シモンは「ぐっ」と呻き声を上げて、眉間に皺を寄せた。

 腹に強烈な痛みが走ったからだ。血が随分と外に流れ、痛覚も鈍くなっていたはずなのに、まるで「甘えるな」とばかりに容赦のない苦痛だ。

 ナナは少し視線を上に向けて、切り捨てるように「我慢しろ」と言う。


「傷口を接着してるからね。痛いのは当然だよ」

「っ、ぐ、ぅ」

「神経毒を注入すれば感覚を麻痺させることもできる。理論上。やってみてもいい? 人間相手で実験したことはまだないから、副作用が出るかもしれないんだけど……」

「い、いや、いい、大丈夫だ」


 ナナは何故か少し残念そうに「そうか」と言った。


「……君は、この魔法で」

「うん?」

「いつも、こうして、誰かを、助けているのか?」

「いや別に」

「えっ」

「怪我した人を治すのは初めてだけど……?」

「えっ。いやでも、想像できないことは、魔法じゃ実現出来ないって……」

「? 人間の身体の構造くらい、専門書を読めば分かるでしょ」


 あっけらかんと彼女が言う。

 開いた口が塞がらない、というのはこのことだろうか。まるで一般常識を語るかのような彼女の口振りに振り回され、シモンはその端正な顔を歪めた。

 そして息を深く吐き、真剣な表情で傷を治療している彼女を見つめる。


「……ナナさん」

「なに?」

「僕、ナナさんのこと、騙してたんだよ」

「知ってる」


 間髪入れずに彼女は答えた。

 シモンは少し目を見張り、それから唇の端を緩める。


「……誰かに教えてもらった?」

「そうそう。幼馴染のユウくんが調べてくれて、君が巷じゃ有名な詐欺師だってことを……じゃなくて! いや別にね? 最初から薄々分かってましたけど? 今まではわざと話に乗っかってただけですけど?」


 慌てた様子で彼女が自分の顔を扇ぐ。どうやら彼女にはもう既に身元が割れていたらしい。


「ここに居ると、危ないかもしれないよ」

「なんで?」

「僕は今、追いかけられているから」

「怖い人に?」

「怖い人に」

「ふぅん。でも私の方がきっと強い」

「……随分な、自信だね」

「何たって私は魔女だからね」


 白い歯を見せて彼女が笑う。

 下を見る。いつの間にかあんなに零れていたはずの血が止まっていて、腹を裂くように広がっていた深い傷は塞がりつつあった。

 シモンは首を曲げて、暗い空を見上げた。


「……妹が」


 そうして、ぽつり、ぽつりと、呟く。

 まるで寝言のような声色で、夢を見ているみたいに言った。


「妹が、いて」

「──」

「妹が、いたんだ」


 言葉を順序立てて組み上げられない。口の回りには自信があったのに、そんな自慢の饒舌さも今ではこのざまだ。


「親は、いなかったけど。妹が、いた。病弱な、やつだった」


 そもそも何故こんな話をしようと思ったのかすら分からない。別に同情を買いたいわけでもない。買ったところで意味がない。

 なのに、何故だろう。


「病気を治すには、金が要った。だから、必死で色んな所を回って、でも子供の僕に、そんな大金を貸してくれる所なんて、なくて」

「……」

「それで、結局、闇ギルドに借金を作った。どんな方法を使ってでも必ず返すって、契約もした」

「……」

「妹の病気を、治せるっていう医者を、見つけた。頼むから、妹を治してくれって、そう、言って。金を、払った」

「……で、どうなったの」

「妹の病気は、治らなかった」


 医者は詐欺師だった。

 払った金は持ち逃げされて、後に残ったのは莫大な借金だけだった。


「妹は、死んだよ」

「──」

「僕が、馬鹿だったせいで、死んだ。馬鹿だったから、騙された」

「……そっか」

「君は、少し妹に似ていた。名前だけじゃなくて、雰囲気も」

「そういう手口の口説き文句じゃなかったの?」

「本当だよ。詐欺師の言うことなんて、信用できないだろうけど……」

「……そう」

「……妹に、見せてやりたかったんだな。僕は」


 握りしめていた紙切れに視線を落として、そんなに単純なことだったのかと自分でも驚いた。

 妹も本を読むのが好きだった。それにいつもベッドの上で寝たきりで、だから外の世界に憧れていた。

 街で流行りの舞台を見せてやりたかった。

 きっと喜ぶだろうと思った。


 心のどこかで、きっと無意識に彼女を妹と重ねていたのだろう。

 だからこんなものまで買ってしまった。きっとやり方なら他にいくらでもあったはずなのに。


「……もし」


 ふと、脳裏に描く。

 有り得たかもしれない、もしもの話を。


「もっと前に、君に会えていたら……。そうしたら、妹だって、死なずに済んだのかもしれない」


 優秀な魔法使いである彼女ならば、妹の病気だって治せていたかもしれない。

 塞がった傷を見ると、そう思わずにはいられなかった。頼る相手を間違えなければ、今も妹は生きていたかもしれない。彼女だったら助けてくれたかもしれない。

 そんな後悔が身体の中を埋め尽くす。


 けれどナナは、口をおざなりに開けて、黒い眉の間に深い皺を寄せた。


「なんで私が必ず助ける前提なんだ……」

「え」

「言っておくけど、ちょっと前まで私はすんごい引きこもりだったからね。私を当てにするのは間違いだよ」

「……え?」

「誰かの役に立ちたい、とか。そういうの、別にないし……。大体、助けが必要な人間なんて、数え切れないくらい居るわけで。そういう人たち全員助けようと思ったら、私の人生全部使うことになるじゃん。やだよ、そんなの。面倒臭い」


 彼女はきっぱりと言った。それは心の底から嫌そうな、慈愛の欠片もない顔だった。

 あまりに綺麗に切り捨てられたものだから、返す言葉よりも先に笑いが込み上げてくる。身体を震わせると、その振動が傷に響いて痛かった。

 シモンは目を細めて、ふっと息を吐きだすように言った。


「……薄情な女……」

「魔女ってそういう生き物だよ」

「……。それも、そうか……」


 シモンは納得して、それからしかし、僅かに首を傾げる。


「……なら、なんで僕を、助けた?」

「……そりゃあ。目の前で人に死なれたら、気分が悪いからに決まってるでしょ」


 ナナは立ち上がり、埃を払う時のように手を叩いた。肩を押さえて首を回し、膝に手をついてシモンを見下ろす。


「どうだ? 立ち上がれそう?」

「……何とかね」

「そっか」

「……これから」

「うん?」

「これから、僕は。どう、生きていけば、いいんだろう」

「そりゃあ……今まで騙してきた人にちゃんとお金返した方がいいよ」

「っ。ふっ」

「あと私にも誠心誠意謝った方がいいと思う。騙されてショックを受け……いや別に受けてないけど。騙されてないし。最初から分かってたし。でも一応ちょっとは傷ついたのでごめんなさいをしてほしいと思う」

「ごめんなさい」

「よし。あと、ありがとうも」

「ありがとう」

「よし」


 ナナは満足そうに背を反らして、それからシモンの肩を叩いた。多少爪先立ちをして、彼女はシモンと目線を合わせる。

 そして彼女は唐突に言った。


「花の手入れは得意?」


 脈略のない質問に、一瞬思考が停止する。

 しかしシモンは何とか頭を動かし、質問の意図を読めないながらも、彼女の問いかけにおずおずと答えた。


「それは、まあ。得意、だと思う」

「ふぅん。それ、嘘じゃない?」

「嘘じゃないよ」

「じゃあこれ、あげる」

「? なに……」


 彼女に紙を手渡される。

 そこに書き込まれた手書きの文言を見て、シモンは目を見開いた。


「私の実家。今庭師が足りなくて困ってるそうだから、興味があるならそこに行くといい。それは私からの推薦状」

「……」

「給料は中々良いと思うよ。その代わり見習いへの指導は厳しい。甘い気持ちじゃやっていけないからね」


 シモンは顔を上げた。

 そして彼女の丸い笑みを見つめて、乾いた唇を開き、乾いた声で言う。


「……君って、何者?」


 問いかけると、彼女は右の眉だけを上げて、胸を張って答えた。


「どこにでもいる、ただの魔女だよ」


 と。







「それで、そいつ。結局どうしたんだ?」

「私の実家に送ってやった」

「実家に!?」

「今頃うちの庭師頭にコテンパンにしごかれてるよ。イーッヒッヒ! ざまあみろ!」


 ナナは長い袖で口元を隠し、邪悪な魔女のごとき笑い声を上げた。

 普通に彼に騙されたことを根に持っていたからだ。危うく好きになりかける所だったのに、まさか詐欺師だとは思わなかった。純情な乙女心を弄ばれた腹いせに、実家に使用人として送り込んでやった。きっと彼は今頃、厳しく苦しい修行の日々を送っていることだろう。


 するとユウトは眉間を押さえて、腹の底から絞り出すような深いため息をついた。


「お前は甘いな……」

「甘い? どこが」

「全部がだよ」


 彼は眉の間に浮かんだ皺を指で揉み込みながら、甘い果実水の入ったコップを両手で抱えたナナを見下ろす。


「……なあ。あの男、本当にお前の〝恋人〟じゃなかったのか?」

「グッ」


 膝を抱えて、目の高さを下げてユウトは尋ねた。

 途端にナナの心臓は激しく飛び跳ねる。

 触れたくない話題に触れられてしまった。ユウトが心配そうにこちらを眺めてくるが、そもそも「恋人がいる」ということ自体が嘘なので、何と答えるべきなのかが分からない。

 ナナは机に手をついて立ち上がり、水を浴びた犬のように顔を横に振った。


「違う違う! 彼はそういうんじゃなくて! ただお茶をご馳走してもらってただけで!」

「でもさっき『イーッヒッヒ! ざまあみろ!』って思い切り言って……」

「言ったかなあそんなこと!? お前の気のせいなんじゃないか!?」

「そうだったか……?」

「そうだったよ!」


 危ない所だった。

 危うく「滅茶苦茶誇らしげに〝素敵な恋人がいる〟と自慢してきたが、実は詐欺師に騙されていただけで、恋人ではなくただのカモだった」という悲しき誤解をされる所だった。

 ユウトは訝しげに眉を寄せたものの、しかしそれ以上ナナを追求しなかった。「それじゃあやっぱり、恋人は他に居るんだな……」と呟いて、それからふと窓の外を見る。


「……あ」

「うん? どうした」

「うちに何かが届いたみたいだ」

「郵便か?」

「分からん。取りに行ってくる」


 ナナは手を振って彼を見送った。

 数分後、ユウトが何かを抱えて戻ってくる。


「なに、それ」

「花だな」

「……誰から?」

「お前の実家から」

「え。私の?」


 ナナは彼からオレンジ色の花を受け取って、添えられていた封筒を開封する。

 そしてその中に入っていた手紙を見て、思わず笑みを零した。


「なんだ」


 手紙の送り主はシモンだった。

 内容を要約すると、曰く、『なんて恐ろしい職場に放り込んでくれたのか』と。

 ナナは手紙を丁寧に仕舞って、それから花を日の光に透かして眺めた。


「結構綺麗に咲かせたじゃないの」


 そう言って、ナナは花びらの端を指で撫でた。

 そうしてその花を花瓶に生けて、机の上に飾った。


 今もその花は枯れぬまま、ずっと眩しく美しく咲き誇っている。





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