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#10 ハーレム会議




 俺は間違えて魔王軍の幹部会議に来ちまったのかな、とカスパルは思った。

 しかし、いやいやと首を横に振る。魔王軍ならもう既に打ち倒したはずだ。勇者ユウト一行は魔王を滅し、世界に平和をもたらした。

 けれどそれならば、この首を強く締め付けるような威圧感は、一体何だと言うのだろう。



「──今日、あなたたちに集まってもらった理由は分かるわね?」


 王城の一室にて、銀髪の少女が桜色の唇を開く。

 煌めく銀糸を揺らす碧眼の彼女を一言で言い表すならば、それは正しく〝絶世の美少女〟。その肌は血管すらも透き通って見えそうなほどに白く、目鼻立ちは神様が作り上げた至高の人形のように整っている。

 彼女が一言言葉を発するだけで、誰もが惚けて耳を傾けずにはいられない。そんな魅惑の鈴の音を持つ、奇跡のように美しい少女だ。


 彼女の名はミレイユ・ヴァルディス。

 パルギリア王国王家・ヴァルディス一族の血を引く、この国が誇る美しきお姫様である。


「悪しき魔王を打ち倒してから数か月。勇者ユウトは私たちの元から去り、その行方は誰にも知れず……」


 彼女が目を伏せると、銀色の睫毛が光を反射して朝露のように輝く。胸の前で手を合わせる彼女の姿は、彼女を知らぬものが見れば女神と見紛っても致し方ないほど美しい。


「……まあ、ユウトにはそういう、自由かつ不可思議な所がありますから。そこはまあ、正妻として広い心で大目に見ますけれども」

「正妻って。あんたが勝手に名乗ってるだけじゃん」

「……なんですって? フィオナ。あなた、一体誰に口を利いているつもり?」

「勘違い頭お花畑お姫様だけど?」

「何ですって……!? あなたこそいつもいつも自分が彼の一番の理解者みたいな顔をして……!」

「だってそうでしょ。あたしが一番最初にユウトの仲間になったんだし。あんたの方こそいっちばん最後にオマケみたいに仲間になっといて、一番デカい面すんのやめてくんない?」

「面白いことを言うじゃない……! 表に出なさい! 今日こそ八つ裂きにしてあげる!」

「まあまあ、二人とも。喧嘩は止めましょう?」

「そうですよぅ。どうせあなた達みんなユウト様に相手にされてないんですから、どっちもどっちですよぅ!」

「何ですって……!?」

「メイリーン、あたしに喧嘩を売ろうっての……!?」


 喧騒が鼓膜を鋭く貫き、カスパルは光のない目で天井を見上げた。

 ああ、帰りたいなあ。と、死んだように思いながら。


 ユウトのパーティメンバー、ハーレム娘四人組。

 ミレイユ、フィオナ、クラリス、メイリーン。彼女たちは皆磨き抜かれた宝石のように美しい乙女なのだが、如何せんとにかく気性が荒い。皆がユウトを一心不乱に狙っているため、顔を合わせる度にこうして衝突が起きる。

 これで魔王軍を討伐できたのだから、もうほとんど奇跡と言っていいだろう。協調という概念がここまで欠けているというのに、よくも世界に平和をもたらせたものだ。


「……あなた達と、無益な口論をしている暇はないんだったわ」


 蛇のような目で睨み合ったあと、ミレイユは不意に視線を反らした。我に返った様子で髪をかき上げ、そして凛々しく背筋を伸ばす。

 彼女はメイリーンを指さして、その細剣のように鋭い瞳を容赦なく向けた。


「──メイリーン」

「はっ、はいぃ?」

「あなた。先日抜け駆けをして、一人だけでユウトの家へ押しかけたそうね」

「うっ」


 メイリーンは言葉を詰まらせ、さっと顔を背ける。それを見たフィオナが目を細め、獲物を見つけたような声で「へえ?」と呟いた。


「あんた、あたしたちの〝協定〟を破ったっての?」

「そっ、それは……」

「メイリーン。それは本当なの?」


 クラリスは頬に手を当てて、おっとりとした口調でそう問いかけた。

 クラリス・フローレンス。日の光のように眩しい金髪を腰まで伸ばした、厚い桃色の唇を持つ美女である。聖女であるクラリスはパーティ内での回復役を担っていた。要するに凄腕のヒーラーだ。そんな彼女は四人娘の中でも群を抜いて豊満なプロポーションを持っており、誰もが羨むような色気を漂わせていた。


「それは、そのぉ。悪気はなかったんですぅ。皆さんよりもわたしの方が一番ユウト様のお傍に居るに相応しいと思っただけで……!」

「それを悪気と言うのよ、メイリーン」

「大体あんたは前々からそうなんだよ! 自覚のない自己中が一番ムカつくっての……!」

「あなたたち、そこまでにしなさい」


 再び舌戦の火花が散りかけたその時、ミレイユが手を叩いてそれを止める。互いに掴みかからんばかりだった彼女たちは、顔を顰めながらも一旦ミレイユの声に耳を貸した。


「確かにメイリーンには後で灸を据える必要があるけれど……今最も大事なのは、彼女のことではないわ」

「他に何があるっての?」


 フィオナは焦茶色の猫耳をピンと立てる。彼女は獣人の血を引いているので、猫の耳と尾が生えているのだ。

 ミレイユは頷き、顎の下で手を組みながら言った。


「──ユウトに幼馴染が居るというのは、本当なのかしら?」


 彼女が呟く。

 その瞬間、身体を芯から凍り付かせるような冷気が部屋中を駆け巡った。カスパルは思わず自分の肩を抱く。そして途端に上下の歯が嚙み合わなくなったことに恐怖した。


「……へえ。幼馴染、ね」


 頭の後ろで腕を組み、一切の抑揚がない声でフィオナが言う。


「まあ。それは、大変なことね」


 新芽のように鮮やかな緑色の眼を丸くして、クラリスがそっと呟く。


「……」


 メイリーンだけは俯いて、下唇を噛みしめたまま何も言わなかった。


「そんなこと、ユウトは一言も教えてくれなかったけど?」


 フィオナが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ミレイユは重力に従って一直線に流れ落ちる滝のような銀髪を耳にかけ直した。その仕草には隙がなく、優雅で美しい。


「メイリーン。あなた、ユウトの元へ押しかけた時に見たんでしょう」

「……はい」


 メイリーンは肩を窄めて頷いた。


「彼女は……ユウト様の幼馴染の、ナナさんという方でしたぁ」


 ミレイユは桜色の唇に指を押し当てる。


「ナナ……。聞いたことのない名ね」

「どんな女だったわけ? 美人? あたしたちよりも?」

「ど、どちらかと言えば、大人しそうな感じで……こう、目立つタイプではないというかぁ」

「幼馴染ってったって。別に彼女じゃないんでしょ?」

「それは、そう、なのですがぁ……」


 メイリーンの口調はどことなく曖昧で、歯切れが悪かった。元より泣き虫でおどおどした所のある少女だが、今日の彼女の態度は普段に輪をかけて煮え切らない。

 彼女は唇を頼りなく震わせて、それから視線の矛先を違う方へと向けた。


「……そう言えば、なんでカスパルさんもここに呼ばれてるんですかぁ?」

「えっ?」


 突然話の焦点が自分へと当たり、それまで他人事の顔で成り行きを見守っていたカスパルは身体を強張らせた。四人娘の目線が一挙に自分へと注がれ、心臓がきゅっと縮こまる。

 何で、と言われても、カスパルにも分からない。カスパルとてこんな寿命が縮むだけで何一つ楽しくない会合になど参加したくはないのだが、ミレイユに無理やり引っ張り出されたのだ。この国の姫君の命令に背くことなどできるはずもなく、カスパルは嫌々ながらハーレム会議に顔を出す羽目になったのだった。


 カスパルは冷や汗を浮かべながら頬を掻き、「いやあ、俺にも何がなんだか……」と呟いた。すると目を細めたミレイユが、頬杖をついてカスパルを見つめる。


「この男。私たちに隠れてコソコソと、ユウトと密会を行っていたのよ」

「なんだって……!?」

「まあ……?」

「かっ、カスパルさんっ。酷いですぅ!」

「いやいやいや! 俺はただユウトの愚痴に付き合ってただけだから!」


 とんでもない冤罪を着せられそうになったカスパルは、慌てて机を叩いて立ち上がった。

 やましいことなど何一つないのに、ここまで凄烈な美女たちに睨まれると当然肩身が狭くなる。全く心臓に悪いことこの上ない。

 ミレイユは顔を少しずつ右に傾けて、淡く色づいた唇に白魚のような指先を添えた。


「その愚痴について、正直に聞かせなさいと言っているのよ」

「いやいや、そういうのはね? 軽々しく他人に話すもんじゃないから……」

「御託は良いのよ、カスパル。あなたを呼んだのは、ユウトとその幼馴染について詳しく話してもらうためなの。あなた、ユウトから何か聞いているんじゃなくって?」

「いっ、いやあ……?」


 カスパルは堅苦しい苦笑いを浮かべた。

 確かに聞いているとも。それはもう熱烈なまでの、ユウトが幼馴染のナナに向ける愛情を。

 だがそれを馬鹿正直にここで打ち明けてしまっては、きっと彼女たちはどんな手を使ってでもユウトの恋路を妨げようとするだろう。

 カスパルは彼の恋を応援している。彼には恩があるし、大事な友人だと思っている。だから彼には恋を成就させてほしい。

 そのためには、ここで自分が全てを曝け出すわけにいかない。


「言っとくが、俺は断じてアイツから何も聞いてないぜ……!」

「言え」

「はい」


 いつの間にか背後に回っていたフィオナに首へナイフを押し当てられ、カスパルは二つ返事で両手を上げた。

 致し方あるまい。命を質に取られて従わないわけにはいかないだろう。


 そもそもカスパルは彼女たちのことが心底苦手なのだ。

 理由は単純、恐ろしいからだ。ユウトには恩があるが、それはそうと彼女たちは圧が強くて怖い。気を抜けば首をサクリと切り落とされかねない凄みがある。

 カスパルが正式にユウトのパーティに加入していないのもそのためだ。四六時中彼女たちと寝食を共にするのは精神的に厳しいからだ。命がいくつあっても足りないわけである。そういった理由で、彼のパーティにはこの四人娘以外が居ないのだ。彼のパーティに加入しようとすると、射殺さんばかりの鬼の眼で睨みつけられるから。


 カスパルは内心で両手を合わせ、「後は頑張れよ、ユウト……!」と爽やかに祈った。

 まあ、きっと彼ならば何とか片付けられるだろう。何たって魔王を打ち倒した伝説の勇者だ。きっと彼にできないことはない。どんな不可能をも可能にする男ならば、きっと自らの恋路も自らの手で成し遂げることが出来るだろう。


「……これは、由々しき事態ね」

「どうするわけ?」

「わたしたち、これまで〝協定〟を結んでましたけどぉ……そんなこと言ってる場合じゃないと思うんです」


 メイリーンが言う。

 各々がその言葉に頷く。

 四人娘はこれまで互いに牽制を続けてきた。誰か一人がユウトとの距離を詰めようと画すれば、他の三人がそれを死力を尽くして阻止してきたわけだ。こうして四人の間の膠着状態は保たれたまま、終ぞ魔王退治を遂げて尚勢力図に揺らぎはなかった。


 しかし、最早そのような牽制に費やす余裕などない。

 突如として現れた伏兵の力量は未知数であり、現状最も警戒すべき相手であると言える。


「これからは、互いに好きなようにユウトへ好意を示す……それで、構わないわね?」

「牽制はなし、ってわけね」

「抜け駆け……なんて言っている暇はないものね」


 四人娘は互いに視線を合わせ、首を縦に振った。

 カスパルは目を上に向け、ここには居ない苦労人の友人へと思いを馳せる。

 きっとこれから彼の正妻争いは今まで以上に苛烈になるだろう。降りかかってくる災難も以前の比ではなくなる。

 しかし、めげずに頑張れよ、と。カスパルは疲弊交じりに呟いた。




「……へッきし!」

「なんだ? 風邪か?」


 一方その頃。

 鼻を擦るユウトに、ナナは心配そうに声をかけた。くしゃみだなんて、彼にしては珍しいことだ。滅多に彼は風邪など引かないというのに。

 しかしユウトは首を横に振った。


「いや。……?」

「どうした?」

「なんだか、妙な寒気が……」

「やっぱり風邪じゃないのか」

「そういうのでは、ない気がするんだが……」

「ふうん。変なの」


 原因が分からず、ユウトはしきりに首を捻るばかりだった。再び「へくしゅっ!」とくしゃみを零す彼を、ナナも首を傾げて見つめた。





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