#1 信じて送り出した幼馴染がハーレムパーティを作っていたなんて
「く、くそぉ……人里になんか降りてくるんじゃなかった……!」
引きこもりにとって日差しは大敵である。
太陽を自分の天敵だと思っていて、人混みを自分の墓場だと思っている。
故にナナにとって、その日の王都は正しく「地獄」だった。
「キャーッ! 勇者さまーッ!」
「勇者ユウト様の凱旋だーッ!」
「ちょっとどいてよ! ユウト様が見えないっ!」
「あっ」
ドン、と肩を押され、非力なナナの身体は容易に傾く。
地面に膝と額をぶつけ、その上尻を誰かに蹴られた。何も尻まで蹴ることないじゃないか。しかしそう呟いた所でその不満を聞き入れてくれる者は居ない。
既に帰りたい。何だこの最悪の権化は。人は多いわ暑いわうるさいわで、引きこもり絶対殺したる三拍子が揃ってしまっている。一刻も早くこの地獄から抜け出さなくては、ナナの細い細いロウソクに灯った命の炎は幾ばくもなく掻き消えてしまうことだろう。
しかしナナにはこの地をただでは立ち去れない事情があった。
「せめて、一目だけでも……」
歯を食いしばって立ち上がる。
人の波を必死で掻き分けながら、ナナは熱烈な歓声の中心地を目指して歩いた。
「ユウくん……!」
勇者ユウト。
それはこの世界を支配せんと目論む悪逆非道の魔王軍を打ち倒し、この世に平和と安寧をもたらした英雄の名前だ。
今や世界中で彼の名を知らぬ者は居ない。このパルギリア王国で生を受け、魔王軍に支配された国・オルペンシアとアーレンを救った、最強無欠の勇者である。
そんな英雄がこのパルギリア王国へと堂々たる帰還を果たしたということで、本日は王城周辺にて彼の魔王軍打倒祝賀凱旋パレードが行われている。
それでこの人の集まりよう。この密度。この騒ぎというわけだ。
普段のナナなら耳に小指を突っ込みながら「そんな暑苦しくて面倒なお祭りごとによく行く気になれますなあ」と冷笑していた所だが、今回ばかりはそうも言っていられないわけがある。
それが何かと言えば、彼、勇者ユウトがナナの幼馴染であることだ。
『ナナちゃん!』
『! ユウくん!』
『へへ、ナナちゃん見っけ』
幼い頃、彼とナナはそれはもう大層仲の良い間柄だった。
彼とは家族ぐるみでの付き合いがあり、日夜仲睦まじく過ごしたものだ。彼とナナはよく庭で遊び、よく共に風呂に入り、よく共に並んで寝た。
その時のナナはうっすらと「コイツさては私に気があるな」と思っていたし、「まあそっちが告白してくるなら受けてやらんこともないな」と思っていた。将来はまあそっちがその気なら結婚してやらんこともないし、そっちがその気ならイチャこいてやっても構わんが……と思っていたのだ。
しかしそんな受動的で上から目線な完璧人生設計は、ある日突如として崩れ去ったのだった。
『オレ、勇者になる』
『えっ』
何と彼が唐突に将来の夢を〝勇者〟という不確定要素の多い不安定ジョブに面舵一杯振り切ったのである。
忘れもしない、あれは彼が14歳の時だった。
『いやあ、勇者って大変だし危険だし稼げるかどうか分からんしぶっちゃけ安定しない仕事だよ? 絶対荷が重いって。ホント。うん』
『オレ、決めたんだ。勇者になって、立派な男になる』
『さ、さいですか……』
懸命にその決意を鈍らせようとしたのだが駄目だった。拳を固く握りしめた彼は、薄情にもナナを平気で置いて魔王討伐の旅に出かけてしまったのだった。
『もしや、ついていくべきだったのでは……?』
分岐選択を間違えたことには薄々気が付いていた。もしかしたらあの時、彼の門出を渋るのではなく、彼を健気に支える原初のパーティメンバーとして同行していれば良かったのかもしれない。そうすれば彼と疎遠になることもなかったはずだ。今も隣に平気な顔で立てていたはずだ。
でも仕方がないだろう。ナナは生粋の面倒臭がり屋で、家の外へ一歩踏み出すことすら躊躇するような人間であり、つまりはどうしようもないロクデナシだったからだ。だからユウトの旅についていくための一滴の勇気が絞り出せなかった。
彼が旅に出てからというもの、ナナの人生は堕落の一途を辿った。
最低限の人付き合いすらも面倒臭がって、森の奥地に引きこもるようになった。毎日好きな時間に寝て好きな時間に起きて、起きている時間は全て自分の趣味へと費やした。生活費は親からの仕送りに頼り、自分の人生から労働を切り離した。自由を謳歌し、自堕落を貪り、気づいた時にはニ十歳。友達も恋人も居ない。職もなければ夢もない。
つまりはどこに出しても恥ずかしい引きこもりに退化を遂げたのだった。
『……えっ』
さてそんな引きこもり生活の中、ある日ナナが耳にしたのは華々しい吉報であった。
【勇者ユウト一行、魔王軍を撃破!】
定期的に取り寄せていた新聞の表に大々的に書かれたその一文は、ナナの目を覚ますに相応しい輝きを放っていた。ナナは血相を変えて新聞記事を読み込み、そして放心状態で天井を見上げたものだ。
しばらく見ない内に、どうやら彼は正真正銘の〝勇者〟へ成り果てていたらしい。
彼の功績は凄まじいものだった。各地に攻め入る魔王軍を次々撃破、華々しい活躍の末に遂に魔王を打ち倒し、奪われた土地を奪還。旅に出てからたったの四年で世界に平和の光を灯したのだと言う。
『わっ、私に関係ない所で何かが始まって何かが終わってる……!』
ナナが堕落的な日々を貪っている間に、彼の英雄譚は華々しいゴールを迎えていた。
完全なる蚊帳の外だった。ナナはいつの間にか彼のヒロインルートから外れていたらしい。しかしこれもナナの決断の結果だ。だからどうすることもできない。
『……凱旋?』
けれど叶うならば、一度でいいから彼に会いたかった。
たとえもう住む世界の違う場所に進んでしまったのだとしても、彼を一目見たかった。
だから新聞記事の続きに、【〇月×日、勇者帰還の凱旋を城下で開催!】と書かれているのを見た時、これは神様が与えてくれた最後のチャンスかもしれないと思った。
すっかり有名人となってしまった多忙な彼には、きっと会おうと思っても中々巡り合うことができない。けれどこの凱旋を観に行けば、少なくとも一方的に彼の様子を覗くことは出来る。
『これならユウくんに、会いに……』
……しかし会った所で、一体何になる?
こちらはただの引きこもり。対して向こうは世界を救った勇者様だ。見えている世界も異なれば、立っている地も全く違う。何ならこんなに陰気に退化した自分を見て、彼はこちらを〝幼馴染のナナちゃん〟だとは思わないかもしれない。
そう思うと臆病風が吹いた。
『……そ、そーだな。どうせ私が行ってもな』
引きこもり歴四年。面倒事を拒絶し森奥に閉じこもり続けた自分が、こんな輝かしい勇者の凱旋になど適応できるわけがない。飛び込んだ所で、人の波に揉まれて壊滅的な状態になることは目に見えている。
行くだけきっと馬鹿を見る。
『……』
「分かってたのに来ちまったよぉ……!」
ナナは半泣き状態で叫んだ。
公平なる日差しは引きこもりにだって平等に降り注ぐ。せめてこんな真昼間ではなく夜に開催してくれたらいいのに、全くどこまでも優しくない。
ナナは人の多さに酔ってくたびれた雑巾と化しつつも、けれど何とか立ち上がって力を振り絞った。
たった一度でいい。
彼の顔が見たい。
それだけでいい。それ以上は望まない。
あと顔を見た瞬間に「ナナちゃん……!? ナナちゃんだよな!?」と言って駆け寄ってきてほしいし、「離れてから気づいたんだ……! オレは君を愛してる!」と叫んで抱きしめて欲しくないこともない。
旅の道中も他の女には目もくれず幼馴染であるナナのことだけ考えていてくれたなら最高だし、というか絶対にそうであってほしい。
そうでなかったら心が死ぬ。
人の列を掻き分けて、何とか先頭が見えてきた。
この先にユウトが居る。四年ぶりに幼馴染に会える。
一体彼はどんな人に成長しているのだろうか。面影は残っているだろうか。
自分を覚えてくれているだろうか。
稲妻のような緊張が心臓を駆け抜けていく。
「っ、ユウ──」
しかしその時、ナナは固まった。
それが何故かと言えば、凛々しく逞しく成長を遂げたユウト──を取り囲むように、多様な美女たちが並んでいたからだ。
ユウトは最後に会った時よりも随分と背が伸びて、身体付きも頑強になって、勇者の名に相応しい頼りがいのあるハンサムへと成長していた。は、いいが、その周りにとんでもなく美しい女たちを侍らせているではないか。
彼の後ろにはピンク色の髪を肩までに切り揃えた、少し転べば豊かな胸がまろびでそうなほど露出度の高いメイド服を着た美少女が付き従うように歩いている。
その隣には猫耳の生えた、腹を丸出しにしたショートカットの美しい盗賊猫娘が居て、彼女は頭の後ろで手を組んで退屈そうに欠伸をしていた。
更にはとんでもなくスタイルの良い、優しそうな金髪の聖女もしずしずと後ろを歩いていて、彼の隣には頭に冠を載せた銀髪の美少女まで居る。
ユウトはその夢のような集団の先頭を当然のように歩き、照れることもなく堂々と正面だけを見据えていた。
「おっ……おっぱい祭りだとぉ!?」
頭の中で神経が焼け焦げる音が鳴り響いた。
これは一体どういうことだ。もしやあれが勇者御一行か。ユウトのパーティメンバーなのか。
「よ、欲望が! 欲望が溢れ出すぎている!」
彼も健全な思春期の青年であるからして、そういった欲求があることは仕方がないだろう。
しかしあまりにも欲が露出しすぎている。何だあの夢のパーティは。何だあのあまりにも胸部に体積の集中した集団は。
まるで天国の擬人化ではないか。
「……は。ハハ……」
「? どうした? 嬢ちゃん」
「いや……ちょっと体調が激的に悪化して……」
街の住人に声を掛けられるほど不安定によろめいてしまう。ナナは強烈な眩暈に襲われて、思わず両手で口を押さえた。
純粋だった頃のユウトの姿が脳裏を過る。顔を上げる。そこには巨乳という夢を集めたハーレムパーティがある。一体どうしてこうなってしまったのか。
……いや、自分が文句を言うなどお門違いだ。きっともう自分は彼の人生からは切り離されていて、今更何を言っても分厚い蚊帳の外からうっすらと聞こえる曇り声にしかならない。
彼には彼の人生があって、それは彼の望むがままに在るべきだ。
たとえ彼が巨乳美女ハーレムを作り上げていようが、こちらに何かを言う資格などない。だって自分は所詮、彼の選択から逃げて引きこもった敗北幼馴染なのだから。
「……帰ろ」
要らぬ傷を心に負ってしまった。やはり観に来るべきではなかった。
分かっていたことではないか。引きこもりと勇者では立っている土俵が違い過ぎることなんて。
ナナは萎れた花のように項垂れて、勇者一行に情けなく背を向けた。敗北感に打ちひしがれるその背中は、枯れ落ちた葉のように色褪せていた。
「──」
そんなナナの後ろ姿に注がれる視線が一つ。
勇者ユウトはナナの背を、食い入るようにただじっと見つめていたのだった。
新しく小説の投稿を始めました。
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