音占い
今日のラッキーカラーは?ピンク色。
ラッキーアイテムが、折り畳み傘。
窓から外を見ても、絶対に雨は降りそうにもないけれど、とりあえずカバンの中に入れておく。
「今日の占い」を見てから、私の1日が始まる。
それは言い過ぎかもしれないが、ただ、私はいつの頃からか、占いを見て動くようになった。
その日の服装も、ラッキーカラーを見てから決めるようになった。
今日のラッキーカラーはピンク色。
でも、ピンク色の服は持っていない、こんな時は、ハンカチをピンク色にする。
小物はだいたい12色揃えている。
何をそこまで?と思われるかもしれないが、ただ、占いを見てラッキーカラーを身につけて、ラッキーアイテムを持って「これで大丈夫」そう言い聞かせている。
いつも自分に自信がなくて、人前ではいつも空元気で過ごしている。
だからとても疲れる。
占いで「…こうするといいでしょう」とか「今まで頑張ってきたことが、報われますよ」と言われると、一人納得して元気になれる。
仕事の帰り、あまり見かけない小さな簡易的な建物が目に入った
全体が黒紫色で「音占い」と書いてある。
「音占い」初めて聞く占いだった。
以前、易者を見かけたことはあるが、街頭で占ってもらう勇気はない。
「音占い」凄く気になるが、建物の「入り口」と書かれた下に掛かっている、分厚いカーテンを開ける勇気もない。
急いで帰る途中、コンビニで買ったサンドイッチを食べながら、「音占い」調べてみた。
「あった!」確かに「音占い」があった。
どこか垢抜けない、一昔前のサイトのようにも見えた。
壁紙は、抜けるような青空色の青。そして、見たことのないオレンジ色の花が画面の右下に貼り付けてあった。
このとき私は、オレンジ色の花の名前も、花言葉も知らなかったし、調べることもしなかった。
「音占いへようこそ」
「貴方のご相談の音をお聞かせください」
と書いてある。
「ご相談の音。って…何…?」そんなことを思いながら書かれてある通り、名前と生年月日を打ち込むと、まだ何も相談していないのに、すごい勢いで文字が並び始めた。読むのが追いつけないほどだった。
・あなたの性格
あなたは、とても社交的で明るく、自分の意見をはっきり持っている人です。
でも、それはそう見られたいだけで、いつも空元気、本当は大勢が苦手で、休憩時間は一人で本を読みたい。
たまに数人で行くご飯も、疲れを感じることが多い。
予定のない休日が何より大好きで…
「音占い」は、この後も私のことを知っているかのように、文字を並べていった。
これを読んだとき一瞬言葉を失った。
「図星だ、全部当たってる」
でも、なぜ?名前と生年月日だけで、そこまでわかるのか?
同姓同名の人もいるかもしれない、生年月日も偶然同じかもしれない。
だったら世界中の、川村風花、26歳は同じなの?
「音占い」って何?
・川村風花さん、皆さんが同じではありません。
・「音占い」とは、音を聞いて貴方だけの音で占います。
貴方が、文字を打ち込むときの音、目には見えない音が私には見えるのです。
だから、同姓同名で、生年月日が同じで、たとえば同じ時刻に生まれていたとしても、皆さんそれぞれ音は違います。
私は納得してしまった。ここまで当たるのは初めてだ。
この日から、私の1日は「音占い」で始まるようになった。
でも、この「音占い」少し変わっていて、
今日のラッキカラーは?
・白です。あくまでもお守りのようなものです。
着たい服を着てください。
気になるようなら、白の小物などがあればカバン
に入れておくと良いでしょう。
今日のラッキーアイテムは?
・冷蔵庫
「えっ、冷蔵庫?こんなのカバンに入るはずないよ、会社の食堂の冷蔵庫?」
すぐに打ち込んで聞いた。
・ラッキーアイテム全てが、カバンには入りません。だから臨機横変が大事なんです。
昨日、持って行った折り畳み傘は、昨日は必要なかったかもしれませんが、もしかしたら、今日かもしれません。
だから、私の言葉はあくまでも参考に貴方が判断してください。
そうなんだ、その日のラッキーカラーは白。
白の服は持っているけど、お気に入りの、ベージュのニットアンサンブルと黒のパンツにした。
会社のエレベーターで、上司の渡辺さんと一緒になった。「おはようございます」挨拶すると「おはよう。川村さん、そのアンサンブル素敵ね、よく似合ってるわよ。私もベージュが好きで…」と話が弾んだ。
渡辺さんは、美人で頭が良くて、仕事も出来て、男性からも女性からも人気がある。
憧れの存在だ。
このとき、ふと思い出した。「そうだ、今日はラッキカラーじゃなくて、自分の着たい服だ。なのに、こんなに良いことがあるなんて朝から幸せだ!」
昼ご飯は、いつも一緒の4人で行った。
ここでも、ニットアンサンブルを褒められた。
「今朝、渡辺さんとエレベーターが、一緒になってね…」と朝の話をした。
いつもの空元気ではなく、自然に話していた気がする。
夜、「音占い」に相談というよりは報告した。
「音占い」は聞いてくれて、直ぐに答えてくれるAIみたいだ。そして占いもしてくれる。
私は誰にも言えないが、「恋人です」と自信を持って言える人と、お付き合いをしたことがない。
いつも「一人の方が自由だしね」とか「今は、まだいいかなぁ」などと強がっているが、本当のことを言えば、いつか私も…と思っている。
思い切って「音占い」に聞いてみた。
私の恋愛運を教えてください。
・今住んでいるところから、南へ4キロ程の所に
思う人がいるのなら、声をかけてみるのもいい。
私は、また驚いた。ここから4キロ、今の職場だ。そして、誰にも言ってないし、そんなそぶりも見せていないが、気になっている人がいる。
2年先輩の谷口さんだ。
物静かで、穏やかで、休憩時間はよく本を読んでいる。
今はスマホで簡単に電子書籍も読めるのに、いつも文庫本を持っている。
浮いているか?というと、そうではない。
誰とでも気軽に話をして、私は時々挨拶をする程度だが、とても感じがいい。
親切で、谷口さんの悪口は聞いたことがない。
恋人の話も聞いたことはないが、いないはずもない。だから諦めていた。
「音占い」は「声をかけてみるのもいい」って言うが、そんな「一か八か。当たって砕けろ」
みたいなこと、できるはずも無い。
その後も「音占い」に相談を続けて、気がつけば深夜2時を過ぎていた。
あれから、毎日好きな服を着て出社するようになった。
「音占い」が言ったように、ラッキカラーは、小物を御守り代わりに持って。
そして、これも「音占い」のアドバイスだが、お弁当を持って行くようになった。
節約もできて、自分の時間もできる。
改めて気がついたが、お弁当を持って来ている人は意外と多い。
「今日はお弁当なの?」声をかけられた。渡辺さんだった。
渡辺さんはいつもお弁当を持ってきているようだ。お弁当がきっかけで、話をすることも増えた。
渡辺さんは、食べ終えると忙しいときは、次の仕事の準備をして、時間のあるときは本を読んだりしている。渡辺さんは電子書籍派らしい。
そして、私が気になっている、谷口さんもお弁当だった。
「やっぱりな!彼女の手作りとか、もしかして結婚してる?結婚の話は聞いたことないけど…
いても不思議はないな」
私はその夜、「音占い」に谷口さんのことを聞いてみた。
名前と生年月日。生年月日は入社した頃、クリスマスイブが誕生日だと話していたのを覚えていた。
2年先輩で、クリスマスイブが誕生日。
フルネームも勿論わかる。
打ち込んだ。
・…
何も反応しない、「えっどうして?」
もう一度、間違えないように確認しながら打ち込んだ。やっぱり反応しない。
改めて、自分の名前と生年月日を打ち込んでから聞いたみた。
・本人が打ち込まないと、その人の音がわかりません。
「そうかー」
それで私の相談として、「この人との相性を見て欲しい」と聞いた。
・わかりません。気になるなら声をかけてみてはどうでしょうか?
「そんな…もう少しアドバイスとか…」
でも考えてみると、「音占い」は、い
つもラッキカラーはあくまで御守りのようなもの、着たい服を着てください。臨機応変が大事。
私の言葉はあくまでも参考に貴方が判断してください。
結局「音占い」は、ぜんぶ私自身に決めさせている気がする。
でも、それでなんとなく上手くいっている。
「よし!決めた明日声をかけてみよう」
当たって砕けてしまったら、そのとき考えよう。
次の日、昼休み本を読んでいる谷口さんの後ろを、何気なく歩いた。
あっ!このとき心で叫んだ、「私もこの本持っている」好きな作家の本だった。このとき自分の視力の良さに感謝した。
思い切って「私もこの本、持ってます」言った!
もう後戻りはできない、心臓がバクバクいっている。
「川村さんも、紙の本派なの?」聞かれ
「はい、電子書籍もいいけど、私の手は紙の本が好きみたいです」
谷口さんは笑いながら「なるほど、手が紙の本が好きなんだね」その後少しだけ話ができた。
やった!話ができた。
心でガッツポーズをした。
その頃、いつも一緒にご飯食べたり、先月4人で旅行に行った内の1人が寿退社するらしく、「みんな、ちょっといいかな…」と部長が話し始めた。
代表して渡辺さんが花束を渡した。
彼女は「お世話になりました」と笑顔で挨拶をした。
私も知らなかったが、あとの二人も知らなかったらしい。結婚は昨年から決まっていて、実家の呉服店を継ぐようだ。
帰り際、私たちに「近くに来たら、寄ってね」と言って帰っていった。
その後も私たちは以前ほどではないが、3人でご飯を食べに行ったりしていた。
不思議と以前のような、空元気は必要なかった。
ある日、谷口さんに「川村さん、駅から少し行った所にある『風見文庫』って本屋さん知ってる?」正直言って聞いたことがある。でもこの場合、知ってる、知らない、どちらが正解なの?迷いながら「いいえ、知らないです。レトロな名前ですね」
話が少しでも長く続きますように。そう願いながら話してた。
「名前だけでなくて、店自体も古いんだけどね、本の種類も多くて、店の雰囲気も良くて落ち着くんだ。川村さんも本が好きみたいだし、今度案内しようか?」
私はあまりにもの嬉しさで一瞬声が出なかった。
そして「はい!ぜひお願いします」
次の日曜日、本屋さんへ行くことになった。
帰ると私は「音占い」に
今度一緒に本屋さんへ行くことになりました。
ラッキカラーは何色ですか?
・貴方の好きな色がラッキカラーです。
気をつけることはありますか?
・貴方らしくでいいです。
「音占い」を見るようになってから、楽になった。なぜだろう?
最終的には自分が決めている、そうするのが当然なのに、いつも占いに頼ってた。
日曜日、私の好きな服で私らしく、そして空元気は必要ない。谷口さんとなら静かな時間が共有できる。
わけの分からない自信を持って出かけた。
本屋さんは想像していた通り、古いがお洒落で、確かに落ち着く。本の壁と本の壁の間の細い通路を、谷口さんの後ろについて歩いた。谷口さんが時々立ち止まって小声で「…」何か話してくれるが、本屋さんで大声は出せないので、近づいて話してくれる。
もちろん緊張で何も覚えていない。
こんな日が来るなんて、本が好きで良かった。
心の底からそう思えた。
夜、さっそく「音占い」に報告と、今から気をつけることを聞いてみた。
「あれっ?」反応しない。
待ち受け画面から変わらない。
そして気がついた、画面に今までなかった文字。
「音占い」byふう
不思議に思ったけど、「ふう」は、兄たちが私につけた愛称だ、私の名前が「風花」なので、私がまだ小さい頃、兄たちが呼び始め、今では家族も親戚も、私のことを「ふう」と呼ぶ。
「byふう」私なの?
気になってオレンジ色の花を調べた。
名前「オハイアリイ」
ハワイ原産の植物で花言葉が、
「自分らしく生きる」「輝く個性」
と書かれていた。「自分らしく生きる」
占いにばかり頼っていた私へのメッセージ…
その日以来そのサイトはなくなった。
誰に聞いても、「見たことがない」と言われた。
「音占い」何だったの?
もう一人の私が、私に見せたもの?
私から私へのメッセージだったの?
不思議に思いながらも、少し変われた自分に感謝した。
数日後、昼休み谷口さんと話をしていたら、谷口さんから「もっと早く話ができていたら、もっと本の話とかできたのにね」と言われ「えっ…」唖然としていると、「今度、北海道に転勤するんだ。まだ若い方だし、独身だし、仕事もわかっているから。らしい」
私は何も言えずただ、手に持っていた文庫本を両手で握りしめていた。
すぐに谷口さんの同僚や後輩たちが来て、「引越しの手伝い行きますよ」「見送りに行くよ」「…」など言っていた。
谷口さんは終始、笑顔だった。
夜帰っても、相談する「音占い」はもうない。
「オハイアリイ」の花言葉のように「自分らしく生きる」
しばらく悩んだ…でも決めた!
明日、着たい服を着て、ラッキーカラーの小物を御守りに持って、谷口さんに声をかけよう。
次の日思い切って「谷口さん、私あれから教えていただいた本屋さん、とても気に入ってよく行くんですよ。今お忙しいと思いますが、今度お礼にご馳走させてください」
こんなことが言える自分に、自分が1番驚いていた。
谷口さんは、「えー、嬉しいな」と、いつもの笑顔で答えてくれた。
週末、仕事終わりに行くことになった。
楽しい時間は、あっというまに過ぎた。
もう谷口さんと食事をすることは無い、谷口さんはもうすぐいなくなる…そう思うと悲しくなって、何か話そう、何か…と思えば思うほど言葉が出ない。
谷口さんに、悟られないようにしたつもりなのに…。
「川村さん、最近何か面白い本読んだ?」
谷口さんが気づいたのか、私が好きな本の話を聞いてくれた。
また、しばらく楽しい話は続き、店を出たとき、外は雨が土砂降りだった。
「これは凄いね、川村さん家、どこ?」
「⚪︎⚪︎駅の近くの⚪︎⚪︎ハイツです」そういうと「よかった、同じ方向だね」そう言ってタクシーに乗った。
20分ほどで着いて、お礼を言って先に降りた。
本当なら「谷口さんと食事ができた!」と喜ぶところだが、「せっかくだから、美味しい店、紹介するよ」とご馳走してもらって、タクシー代もとってもらえなかった。
せめて、今日渡せた「キッチンタイマー」を受け取ってもらえて、それだけでもよかった。
谷口さんは来月、12月24日が誕生日だが、
誕生日プレゼント、とかクリスマスプレゼント
にはお粗末だけど、気軽に受け取ってもらえると思った。
「谷口さん、これ使ってください。あると意外に便利なんですよ」
谷口さんは箱を開けタイマーを取り出し、「キッチンタイマーだね。気がきくね、ずーっと実家暮らしだったからね、料理は全くできなくて」笑いながら言った。
そして「ありがとう。これを使って頑張るよ」
それから一週間後、谷口さんは北海道へ行った。
その後も同じように時間はすぎた。
ただ、先日、谷口さんと仲良くしていた、男性社員が話していたのが聞こえた。谷口さんの実家の住所は、私と真逆の方向だった。
私を送ってくれるためのウソだったんだ、谷口さんらしい…。忘れようとしていたのに、思い出してまた辛い。
今となったら、電話番号も住所もわからないのでお礼も言えない。
12月24日、「メリークリスマス」
2人の友達と、ささやかなクリスマス。
次の日も仕事なので早めに切り上げて帰った。
ポストに封筒が届いていた。
差出人は谷口さんだ。急いで部屋に帰り、コートも着たまま、マフラーもしたままで、封を開けた。
クリスマスカードだった。
Merry Xmas
元気ですか?タイマー
助かってます。
今は雪が多いけど、今度
遊びに来ませんか?
カードの終わりに電話番号とアドレスが書いてあった。
「もしもし川村です。クリスマスカードありがとうございました。北海道、行きます。絶対行きます」
自分の好きな服を着て、ラッキーカラーの小物を御守りに北海道に行きました。