第一章9 『記憶の檻と、仮面の牙』
夜が明けた。
洞窟を離れ、俺たちは西の丘陵地帯へ向かっていた。クラウスが「旧霊印家の文書庫が近くにある」と言う。そこに、五木の過去や“拒絶”の鍵となる手がかりが残されているかもしれない。
しかし、その道中――
五木は何度も足を止め、苦しげに頭を抱えていた。
「……五木、大丈夫か?」
俺が肩に手を置くと、彼女は震える声でつぶやいた。
「何かが、頭の奥でざわついてるの……夢? それとも……記憶……?」
クラウスが前を歩きながら振り返った。
「記憶を封じられている者には、こういう反応が出る。“拒絶”に近づくほど、封印が緩む。無理はさせるな」
俺は頷き、五木の手を取った。
やがて、小高い丘の上に、廃墟となった石の館が見えてきた。
中に入ると、古びた本棚や破れた巻物が散乱していた。
「ここが……霊印家の文書庫か」
リリナが慎重に歩を進める。その奥、朽ちかけた壁に掘られた古文が目に入った。
《“血の継承者は、拒絶の心臓となる”》
その瞬間、五木が悲鳴を上げて倒れ込んだ。
「うっ……ああああああっ!」
「五木!」
駆け寄る俺の目の前で、五木の瞳が赤黒く染まった。
――そして、映像が、俺たちの前に投影されるように浮かび上がった。
◆
小さな村。
そこで笑顔を見せる、幼い五木。
彼女の傍らには――犬の姿をした夫婦。
「五木、お前はいつか、この世界を救う役目を担うんだよ」
「私たちの血は、“扉”を閉ざす鍵になる。けど、それが狙われている……」
温かい声。優しい手。
だが――
《焼け落ちる村》《兵士に踏み殺される犬たち》《仮面の男が笑う》
「“拒絶の核”は無力だ。だが、制御できれば――“神を超える”」
そして、幼い五木の前で、両親は――命を落とした。
◆
五木は涙を流しながら叫んだ。
「やめてえええええ!!」
映像がかき消え、彼女は荒く息をして膝をついた。
「……私……思い出した。私、人間じゃない。父さんと母さんは……犬だった……!」
リリナは一瞬戸惑ったが、すぐに膝をついて五木を抱きしめた。
「それがどうしたのよ。私たちは、もう知ってた。でも、五木は……私たちの大事な仲間でしょ」
クラウスも言葉少なに頷いた。
「動物だから何だというんだ。お前の“意志”が、お前自身だ」
「みんな……!」
五木が涙を拭ったそのとき――
外で地響きが轟いた。
「これは……!」
俺たちが外へ飛び出すと、丘の下に仮面をつけた兵士たちが整然と並んでいた。
その中央、白と赤の奇妙な仮面をつけた、長身の女が一歩前に出た。
「“核”が目覚めたようね。さすがは《処刑犬》の娘……五木蓮」
「なに……?」
クラウスが目を細める。
「……お前は、“門の牙”の幹部か?」
「ええ、コードネーム《ジャーミィ》よ。この世界を正す“再編”の尖兵。そしてあなたたちは、“拒絶”を理解しない愚か者」
ジャーミィが手を振ると、周囲の仮面兵たちが一斉に動いた。
その身体は、まるで鋼鉄の塊のように膨れ上がっていく。
「来るぞ! 数が多い、包囲される!」
クラウスが剣を抜き、俺も構えた。
だが、五木が前に出た。
「お願い。戦わせて。私はもう、逃げない。自分の正体からも、過去からも」
その瞳は、しっかりと真っ直ぐに光っていた。
「やってやろうじゃねぇか、五木!」
「みんなで突破するぞ!」
俺たちは再び、世界を駆ける。
ただ生き延びるためじゃない。
五木の記憶と、“門”の謎を超えるために。
丘の上――
俺たちは、ずらりと並ぶ仮面の兵士たちに囲まれていた。
その数はざっと200人以上。全員が黒い仮面をつけ、金属のような鎧に身を包んでいる。
風が、ピィィィと鳴いた。
「来るぞッ!」
クラウスが抜刀と同時に駆け出す!
彼の動きは速かった――まさに風のよう。
一瞬で仮面の兵士の背後に回りこみ、鋭い斬撃を繰り出す!
「やっ!」
ガキィィィィン!!
剣がぶつかる音が響いた。敵の鎧は硬い……でも、クラウスの剣は、それを少しずつ切り裂いていく!
「蓮! 後ろ、来てるよ!」
リリナの叫びに振り返ると、俺の背後に仮面兵が迫っていた!
「おっとと!」
間一髪で避け、足を引っかけて転ばせる!
「五木、援護頼む!」
「うんっ!」
五木が、腰に下げた短い刀を抜く。
その目には、もう迷いがない。
「絶対に、負けない!」
シュバッ――!
軽やかな動きで仮面兵の脇をすり抜け、逆手で斬りつける!
1体、2体と倒していく五木。
リリナも体術で応戦していた。
素早い動きと蹴り技で敵を翻弄している!
「なによっ、仮面かぶって偉そうに! こっちだって、やられるわけにいかないのよ!」
ガスッ! ドカッ!
敵がよろけた瞬間、俺は叫んだ。
「クラウス! 一気にいくぞ!」
「任せろ!」
クラウスが高くジャンプし――その剣に、青白い光が走った。
(……魔法はないけど、これが“剣の技”か!)
「《閃牙の一撃》!」
ザシュッ!
広範囲を一閃! 数体の敵が吹き飛んだ!
「よっしゃああああっ!」
俺も叫びながら突撃し、敵の腹を殴って地面に叩きつけた!
――数分後。
仮面兵たちはほとんど倒され、立っているのは俺たちだけだった。
「ふぅ……終わった、か?」
「終わってないわ」
そう言って前に出てきたのは、白と赤の仮面をつけた女――ジャーミィ。
「雑魚を片付けただけで満足? 本当の戦いはこれからよ」
ジャーミィの体がゆっくりと変化する。
その腕が伸び、鎧のように変形していく。
「人じゃない……!」
「私たち“門の牙”は、拒絶を超えた存在よ。さあ、楽しませてちょうだい」
五木が一歩前に出た。
「私たちは、絶対に負けない……大切なものを、もう失いたくないから!」
風が止まり、全員の視線が重なった。
ここからが、本当の戦いの始まりだった――!
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