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キャナリ、避難所にて

 前略、故郷が燃えてしまったので住所が変わります。次のお家が決まり次第また手紙を送るので、少し待っていてください。草々。


 こんな内容でいいのかは分からないが、満身創痍の今思いつける文章はこんなものだった。後日受け取った伯父がどれだけ慌てて心配することになるのか。私はそこまで考えず、避難所の臨時ポストに投函した。


 五年ほど暮らした村を含む三つの町村が全焼してから二週間が経つ。魔法事故だったそうだ。

 空気中の魔力まで消費されてしまって、暫くは魔力式の機械や魔法が使えない。今が春だったのは、本当に運が良かった。これが夏でも冬でも、数人死者が増えていたかもしれない。

 今は平坦な地面や燃え残った石造りの基礎の上を綺麗にして作った避難所で、救護テントの手伝いをして過ごしている。

 火は無事に消し止められたけれど、記憶は消えてくれない。焦げと煤の混じった匂いと吸いにくい空気を、私は一生忘れないだろう。


 家どころか、働き口として第一候補に挙がる隣町まで炭に変わってしまった。多くの人が路頭に迷っている。私は着の身着のまま家から逃げ出したので、着ていたなワンピース一着と、支給品のもっとシンプルなワンピース、それから下着数枚が全財産だ。いつまで避難所に居られるかも分からない今、目下気にするべきは、今後どう食い扶持を稼ぐかということになる。

 東洋での生活経験と、ライトベージュの髪がある程度長さくて助かった。その辺の枝やペンを簪に使えば東洋式のまとめ髪がすぐできる。手伝い中も髪が邪魔にならなくていい。でも、それでお金が稼げるわけではない。


「貴女は大丈夫?」

「どうしようね。ひとまず治療費はそれで払えそうだけど」


 友人が簡易ベッドの枕元に置いたままの小包を指さす。私は友人の包帯を変えながら、この村は田舎のわりに薄情者しかいないらしいなとため息を漏らした。


 大火傷を負って救護テントで治療中の友人は、目が覚めると家族が新しい家を求めて出発する当日だったそうだ。継母と妹だけ連れて、実の父は当面のお金だけ枕元に置くと背を向けてしまったという。


「お前はもうすぐ成人だろう。それを元手に、仕事を見つけなさい」――なんて言っていたそうだ。


 彼女の父親にとって、あと二年は“もうすぐ”の範疇らしい。元々商人らしく仕事人間で、商人の割には愛想の悪い人だな、なんて印象だったけれど、これは驚きだ。信じられない。これでは友人が余りにも可哀想だ。

 思わず彼女のヘーゼルブラウンの髪を撫でてしまった。綺麗だったのに、燃えて肩に届かないくらい短くなってしまっているのが残念だ。


「貴女が働かなければいけないなら、私ももっと早く働かないといけないわ」

「……ああそっか。キャナリは私より二つ年上だもんね。小さいから忘れがち」

「貴女もおんなじ身長でしょ、この国基準じゃ貴女の方が平均身長より下じゃない」

「ノーコメントで。……意外と根性あるし、何でもできそうだと思うよ。私は」

「そう?じゃあお仕事探してみようかな」


 包帯だらけの友人とそんな会話をしてから一週間後には、早くも仮設住宅の設置が始まった。

 瓦礫が除けられた土地に皆でお揃いの四角いお家が沢山建てられて、三つの町村の生き残りが一纏めにされる。この頃には、救護テントも同じく簡素な建物に変わっていた。


 物資や必要な設備が搭載された馬車が続々と到着して、車部分だけ置いて馬が去っていく。驚いたのはシャワー室になる馬車や、台所がある馬車があることだ。車輪で好きなところに移動できて、不要になったらまた馬で引いて片付けられる。とても効率的で、これには友人が興味を持っていた。


 仮設住宅への入居は老人や子供連れの家族が優先される。だから独り身の私が家を手に入れられるのは、きっと暫く後になるだろう。お気に入りの本は全部燃えてしまったし、置くような私物もないから、家が手に入らなくても特に困らない。テント生活も意外といいものだ。


 避難所のテントに残っている同年代のうち、行動力のあるしっかりした人は今後の方針を決めていた。

 仮設住宅代わりに補助金を貰って、中央主都や南の港町へ引っ越そうと考えているらしい。火災による失業者が多いこの西部地域で就職するより、そっちの方が新しい生活を始めやすいとの考えだ。


「安定したら、家族を呼ぶつもりなんだ。きっとあっちの方が求人もあるから」


 そう誰かが言って、希望者がお金を持ち寄って、団体用の切符を手配すると数日後には主都行きの列車に乗ってしまった。


 取り残されたような心地がした。

 こんなことがあったのよ、みんな行動が早いったら。空気中の魔力濃度が回復して、ようやく使えるようになった医療錬金術で回復した友人にそう零すと、困った顔で私を揺れる瞳に映していた。


「あの、私も行き先決まったんだ」


 ビックリして、きっと私の真っ黒な目はコロコロに丸くなっていた。

 ボランティアに来ていたらしい一人が、友人を気に入って身元保証人を引き受けてくれたそうだ。その人の推薦で主都の専門学校に入って、卒業したらそのまま専門職に就くらしい。


「どんな仕事?」

「遺産と魔法の研究者。村を焼いた魔法の事も分かるかもしれないしね」


 創作の主人公みたいなことを言うものだ。クールに見えて、頑固で執念深い友人の事だから、将来本当に火事の原因を突き止めてしまう気がした。

 これから国営の学校へ通うにあたって、友人は寄宿舎に入ってしまう。なんとも早いことだけれど、秋からの入学に間に合うように、数日後にはその身元保証人と一緒に手続きのため主都へ行ってしまうという。それを引き留めるなんてできるわけがない。


「頑張ってね」

「ありがとう、キャナリ」


 友人にあてられて、少し頑張って探そうかなという心地になった。焦ったともいう。

 どうしよう、父の故郷へ帰ってみようかな。でも東洋の島国だし、お金も時間もかかってしまう。

 考えた末、何となく避難所の掲示板に貼られる求人を誰よりも早く確認しようと考えた。思い立ったら即行動、翌朝から早速、九時に始まる掲示に向けて十五分前から掲示板前を陣取る。本がない今、待ち時間はとても退屈だった。でもそのおかげだろうか。私はとってもいい縁を手繰り寄せて、新天地を見つけることができたのだ。


「これ、いいかも!楽しそう!」


 国の北西部にある、開拓の町トレン。その外れにある、廃業した果樹園の引き取り手を募集するチラシだった。売値は破格の二百万ディテリ。町からだいぶ離れた立地だけれど、だからこそのんびりと過ごせそうな広さがある。


 仮設住宅に入らなければ、国からの補助金が三百万ディテリ貰える。新居を用意できたうえにおつりがくるなんて、なんて幸運なのだろう。早速チラシを貼られた先からはぎ取って、補助金の申請と土地の購入申し込みのために役人さんを探しに向かうのだった。


 後に、住所を伝えた伯父が態々新居に来て絶句した。

 なんでもっと調べてから行動しないのかとか、一旦持ち帰って相談してくれてもよかっただろうとか、そもそもなぜ自分を頼って返事を待たなかったんだとか。こんな事をくどくどお説教されることにはなったが、今でもこの判断は正しかったと思っている。

初めてオリジナル作品を最後まで書くことができました。

拙い文ですが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。


補足

主都:よみは同じでも首都にあらず。君主がいる都という造語なので誤字ではないです。

ディテリ:お金の単位。ざっくり一ディテリ=一円

シャワー室とかがついた馬車:キャンピングカーのイメージ

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