エピローグ
目が覚めたら深夜になっていた。
冴えない頭でぼーっと窓を見つめる。
真っ黒で星の見えない空は、私をどこか遠い所へ連れていったみたいだ。
香菜の弾く音がまだ耳の中に残っている。
もう聴くことの出来ない美しい旋律が、頭の中に響き渡る。
私はこの音を知っている。
いつだったか、この音に救われたんだ。
『小さい時から、ずっとありがとうね』
……そっか、香菜だったのか。
小さい頃、雑音が苦手だった私に、音楽がこんな綺麗なものだと教えてくれたのは。
香菜はあの時から私のことを覚えていたんだ。
授業に飽き飽きして時間を潰していたあのトイレで。
だから私に道案内を頼んで、ピアノの話をしてくれた。
それなのに、私は今頃になってやっと思い出した。
香菜は私が覚えていなくても、友達になろうとしてくれたのに。
私を不安から救い出してくれたのに。
勇気を与えてくれたのに。
私は何も、返せなかった。
奏者のいなくなったグランドピアノが静かに佇む。
溜め込んでいたはずの嗚咽が胸の内から溢れ出た。
昨日までの日常を思い出した私は、頭の中で鳴る香菜の音楽に包まれて、耳が割れるほどの大声で泣いた。