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90~99(完結)

カクヨム版の90~99をまとめたものになります。これにて完結です。

90 対策会議



「じゃあ、友人同士の会話ということで――これは公式なものじゃないから、気を楽にして話してくれ」


 アレクシスが微笑んだ。


「で、単刀直入に聞くぞ。お前の領地で強烈な瘴気の反応があったという話だったな。そこからつながる異空間には【魔界の扉】があり、その向こうには伝説の魔界が……そして【魔創樹セフィロト】とやらが存在している可能性がある、と」

「友だちにしては、いきなり尋問か?」


 俺は軽口を叩いた。


「ふん、この質問に冗談で返すか? まあ、それくらいの胆力を示してくれた方が、友人としては面白い」


 軽口を返すアレクシス。


「とはいえ、本当にお前の領地に【魔界の扉】が通じていて、王国を騒がす魔物の出現にも関連している……となると、さすがに見過ごせない。友といえども、な」


 その瞳に宿る眼光は強烈だった。


「お前が潔白であるという前提の上に、俺たちの友情は成り立つんだ。理解できるな?」

「当然だ」


 俺は深くうなずいた。


「友として誓おう。我がローゼルバイト家に叛意や邪心はいっさいない、と。もちろん王国がローゼルバイト領内で調査を行うなら全面的に協力する」


【人心掌握】のスキルを乗せて、宣誓する。


 俺の言葉は真実であるとアレクシスの心に強く響いたはずだ。


「もとよりお前を疑ってはいない。目を見ればわかる」


 アレクシスが微笑んだ。


「これでも人を見る目には長けているんでな」


 その瞳で見つめられると、本当に心の奥底まで見透かされている気がした。


 正直、少し気持ちが悪い。


 もちろん、そんなことを表面には出さず、俺は笑顔で答えた。


「ありがとう、アレクシス」

「じゃあ、ここからは具体的な対策を練ろう。まずお前の領地で探知された瘴気についてだが、その理由は明らかなのか?」

「俺の手の者に天才的な錬金術師の素養を持つ少女がいる。彼女に具体的な解析をさせているところだ。早ければ数日内に結果が出るだろう」


 答える俺。


「もし実際にお前の領地に【魔界の扉】と隣接する空間があった場合――どう対処する?」

「具体的な手立てとしては『結界を張って封印』というのが、一番現実的だろうな」


 俺は即答した。


 これは実際にゲーム内で取られた手法だ。


 ただし、これを成功させるためにはウェンディの協力が必須である。


 ゲーム本編の主人公である彼女の【植物魔法】こそが、最後の解決のカギを握っている――。

..91 語られるのは真実なのか




「封印……そんなことが可能なのか?」

「それも含め、さっき言った錬金術師に解析させている」


 俺はアレクシスの問いに答えた。


「彼女は天才だ。期待は持てると思う。ただ、必ず解決方法が見つかるという保証は当然ない。駄目だった時に備えて、別の手立ても考えておく必要はある」

「なるほど。俺の手の者の中から、結界術に長けた者たちを集め、対策を相談させよう。無論、ローゼルバイトの名前は出さん。お前に不要な嫌疑がかかるのは避けたいからな」

「心遣い、痛み入る」

「堅苦しいぞ、ディオン」


 俺が頭を下げると、アレクシスは笑った。


「ただ、今一度――確認しておく」


 と、その笑みが消え、ふたたび鋭い眼光が俺を射抜いた。


「くどいかもしれんが、俺は慎重派なんでな。お前の家が没落しかけていることを、俺は知っている。それを覆すための乾坤一擲の手段として、魔の力に頼ろうとした――そんなシナリオはないのか?」

「アレクシス……」

「俺の目を見て答えてくれ、ディオン」


 アレクシスの目がスッと細められる。


「お前の真意が知りたい。俺に、お前を信頼させてくれ」

「兄上、さっきからディオンを試すような言葉が多くないか?」


 ヴィオラが横から口を出した。


「少なくとも私は彼を信頼している。ともに戦い、ダンジョン探索でも苦境を共にした――戦友だ」

「俺だって彼は信頼に足る男だと感じているよ。けれど、それは俺の感想に過ぎない」


 アレクシスが言った。


「感想ではなく確証が欲しいんだよ。分かってくれ」

「アレクシスの言うことはもっともだ」


 俺はヴィオラをとりなした。


「だから、君の目を見て、真実を語り――そして誓おう。このディオン・ローゼルバイトがこの場で語ったことに嘘偽りは一切ない、と」


【人心掌握】を最大限に使い、俺の言葉でアレクシスを震わせる。


「――ふむ」


 アレクシスはわずかに眉根を寄せ、うなった。


「お前の言葉はやけに心に響く。それは真実の証のように思える……」


 その瞳の光が、さらに強まった。


「だが――だからこそ引っかかるんだ。どこか作為の匂いを感じる、と」


 こいつ――!?


 俺の【人心掌握】スキルのことを感じ取り、疑念を抱いているのか?

.92 信頼と疑念



「……お前の言葉には、妙な説得力がある。確かに俺の心に心地よく響くが……不自然に心を揺らされているようにも感じる――」


 アレクシスが目を細める。


「ディオン、お前は何者だ?」


 俺の【人心掌握】の正体をつかんではいないものの、何かを感じ取っているようだ。


 さすがは王子様、といったところだろうか。


 だが――だからこそ、ここで動揺は見せられない。


「君がそう思うのも無理はない。俺はもともと悪評だらけの男だったからな。それが今では国を思い、献身的に動いている――作為的なものを感じ取られても仕方のない変貌ぶりさ」


 多少自嘲気味に説明する俺。


「兄上、ディオンは信用に足る男です」


 と、ヴィオラが横から言った。


「私は一度ならず彼とともに行動し、その勇気や知略を目にしてきました。そして他者を守るために体を張る場面も――」

「今の俺は、かつて悪評を受けていた男とは別人のつもりだ」


 俺は彼女のフォローに感謝しつつ、言った。


「領民と王国のために尽くしたいと思っている。ただ、過去に対する後悔は未だに色濃く残っているからな……その反動で、俺の言葉は強く響くのかもしれない」

「過去に対する後悔と、それを払拭したいという志がこもった言葉……ということか」


 アレクシスがうなずいた。


「俺はお前を疑っているわけではない。むしろ、お前とは心からの信頼関係を結びたいと願っているさ。だからこそ、お前の力を見極める必要があった……疑うような物言いになってしまったが、許してくれ」

「あらゆる可能性を検討するのは当然のことさ。むしろ、それを包み隠さず教えてくれた君を、俺はこの上なく信頼できる男だと判断する」


 今度も【人心掌握】付きの言葉だ。


「……ふん、やはりお前の言葉は俺の胸に響く。まあ、それもお前の資質の一部なんだろう」


 アレクシスがニヤリとした。


「さて、これで話は終わりだ。ディオン、ローゼルバイト領の問題については最大限の協力を約束する。実際にどのような問題に発展していくかは、今後の調査次第だろうが――お前の領地が抱える問題は、俺の問題でもある。これからは、な」

「無論、私もだ。自分自身が抱える問題として対応させてもらうぞ、ディオン」


 ヴィオラも言った。


「二人とも感謝する」


 俺は深々と礼をした。


「君たちの協力は何よりも心強い」


 ――よし、これで王家の二人の後ろ盾を得た。


 俺は内心でほくそ笑んだ。


 今後どう転ぶか分からないが、ひとまずの信頼関係を築くことができて、俺は安堵したのだった。

.93 解析結果



 ローゼルバイト城の執務室――。


 俺は山積みになった領地の書類に目を通していた。


 ここ数日、アレクシスやヴィオラとの会談、そしてセレスティアに託した魔道具の解析結果待ちと、落ち着かない日々が続いていた。


「とにかくセレスティアの解析結果が出るまでは動けないな……」


 もどかしい気持ちだった。


 気持ちは張り詰めている一方で、具体的な行動を起こせないというのは、かなりのストレスである。


 とにかく俺は待ち続けた。


 俺自身の破滅を回避するためにも、そしてこの領地を守るためにも。


「セレスティア、頼むぞ――」


 彼女の結果を、ひたすら――待ち続けた。


 と、そのときだった。


 ばたんっ!


 扉が勢いよく開け放たれる。


「ディオン様! や、やりました……魔道具の解析、終わりました!」


 肩で息をしながら、セレスティアが執務室に駆け込んできた。


 その手には例の古代魔道具と羊皮紙の束が握られている。


 彼女の瞳は爛々と輝いていた。


 いつもはおどおどしている彼女が、ここまで興奮をあらわにするのは珍しい。


「セレスティア、よくやってくれた! さっそく聞かせてくれ」


 俺は椅子から立ち上がって彼女に向き直った。


「ローゼルバイト領で発見された瘴気の吹き溜まりのような箇所ですが……やはり【魔界の扉】に関係があるようです」


 と、セレスティア。


「……そうか」


 なら、俺たちの立場は悪いものなりそうだ。


「ただ、【魔界の扉】は他にも数カ所あります」

「何?」

「正確に言うと、国内の数カ所に【魔界の扉】のパーツのようなものが存在している状態、と考えてください」


 セレスティアが説明する。


「それらが集まることで本来の【魔界の扉】として完成するんです。おそらく扉がこの世界に来る時に、何らかの原因で数個の破片に分裂して、王国各地に点在するようになったんじゃないかと」

「――なるほど」


 数カ所に分かれているなら、ローゼルバイト領にその一つがあるのは、むしろ『偶然』とみなされる可能性が高い。


 もちろん、その数カ所の所在地を治める各貴族が結託して【魔界の扉】を得ようとしている、という疑いをかけられる可能性もあるが――。


 少なくともローゼルバイト家が単独で王家に叛意を持っている、と疑われることは、おそらくないだろう。


 それだけで俺はホッと安堵できた。


「魔道具を使うことで、その扉の欠片を集めて統合することができるようです」


 セレスティアが言った。


「道具の使い方は分かるか?」

「はい、解析済みです」

「よくやってくれた」


 俺は彼女の手を取り、礼を言った。


「では、すぐに王都へ飛び、アレクシスとヴィオラに報告に行く。悪いが一緒に来てもらえるか。専門的な説明になると、やはり君の力が必要だ」

「もちろんです、ディオン様。あなたのお役に立てるなら、私――」


 セレスティアが顔を赤らめる。


 よし、さっそく王都へ行くぞ――。


 少しでもローゼルバイトの立場をよくするために。

.94 王子の責任



 王城の一室――アレクシスの執務室に俺たちはいた。


 俺とセレスティア、それにアレクシスとヴィオラの四人だ。


 緊迫した空気が部屋を満たしている。


「――以上が、我が領内で発見された古代魔道具と、それによって判明した【魔界の扉】に関する報告だ」


 俺はセレスティアの説明を補足しながら、アレクシスとヴィオラに事の次第を伝えた。


 セレスティアが解析してくれた羊皮紙の資料も彼らに渡してある。


「セレスティア、説明の補助をしてくれて助かった。ありがとう」

「ディオン様のお役に立てたなら、何よりです」


 彼女の顔がパッと輝く。


 ここに来る前はだいぶ緊張していたようだけど、俺が事前に【人心掌握】で落ち着かせておいたおかげで、しどろもどろになることなく説明を終えることができた。


「【魔界の扉】は一つではなく、複数の『部品』に分裂して王国各地に点在している、ということか……」


 アレクシスは腕を組み、鋭い視線で資料に目を通している。


「そして、その魔道具を使えば、各地に散らばった扉の欠片を統合し、完成させることができる……と。同時に、その力を使って扉を封印することも可能だ、というわけだな」


 ヴィオラも真剣な表情で俺を見た。


「ああ。俺の提案は、その魔道具を使って各地の扉のパーツを特定し、集めて封印する、というものだ」


 俺はきっぱりと言った。


「この魔道具の力を秘密裏に使えば、ローゼルバイト家は【魔界の扉】を掌握することもできたかもしれない。だが俺はこうして情報を開示した――それが何よりの、俺たちに叛意がないことの証拠としたい」

「兄上、ディオンは自分たちにとって不利ともいえる状況を包み隠さず知らせてくれたのだ。まずはその誠意を汲むべきではないか?」


 ヴィオラが俺を援護してくれた。


「ヴィオラの言う通り、俺はこの問題を隠蔽するつもりはない。むしろ、王家と共に解決の道を探りたいと考えている」


 俺はヴィオラの言葉に重ねて、アレクシスに力強く告げた。


 この言葉にも【人心掌握】のスキルを乗せている。俺の誠意が、真っ直ぐに彼に伝わるように。


「…………」


 アレクシスはしばらくの間、黙考していた。


 彼の金色の瞳が、俺の心の奥底を見透かそうとするかのように、鋭く細められる。


 やがて、彼は重々しく口を開いた。


「ディオン……お前の言葉、そしてヴィオラの言葉も、確かに俺の心に響いている。ローゼルバイト家の誠意も理解したつもりだ」


 アレクシスの声には、王族としての威厳と、それだけではない何か……深い苦悩のようなものが滲んでいた。


「だが、この問題はローゼルバイト家だけの問題ではない。グレイス王国全体……いや、この世界全体の運命に関わる可能性がある。王子として、この国の未来を預かる者の一人として、俺は軽々しい判断を下すことはできない」


 彼は立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。


 その背中からは、若くして国を背負う者の重圧が感じられる。


「アレクシス――」

「俺たち王族は民を守り、国を繁栄させる責任がある。そのためには、時に冷徹な判断も必要になる。たとえそれが、友に対する厳しい判断になったとしても――」


 アレクシスの言葉は、彼自身の覚悟を示すものなのだろう。


 俺は黙って彼の次の言葉を待った。


 ヴィオラも、固唾を飲んで兄の言葉に耳を傾けている。


 執務室に、しばしの沈黙が流れた。

.95 方針決定



「王家としても、この問題を座視しているわけにはいかない。俺の方で専門家を選定して調査隊を編成する。そして、それをローゼルバイト領に派遣したいと思う。お前はその調査隊を指揮し、事態の収拾にあたってほしい」

「俺が、指揮を――」


 俺はゴクリと息を呑んだ。


「お前が適任だろう」


 言って、アレクシスは微笑んだ。


「ディオンの力と誠意を信頼するからこそだ」

「――ありがとう、アレクシス」


 俺は礼を言った。


「俺もその調査隊に加わる。一緒にこの問題を解決しよう」

「君の決断に、そして友情に感謝するよ」


 俺たちは握手を交わした。


「よかった……私からも礼を言うよ、兄上」


 ヴィオラが俺たちの手に自分の手を重ねた。


「私も調査隊に入るぞ。全員でこの事態を必ず解決しよう」

「ヴィオラ――」

「この中で一番剣の腕が立つのは私だからな。二人とも、この私が守ってみせる」

「はは、頼もしいナイトだな」


 俺は軽口を叩く。


「妹は昔からこうだ。そのせいで男っ気がなくてな」


 ため息をつくアレクシス。


「ディオン、お前のような男ならヴィオラを任せられる。よかったら、もらってやってくれ」

「兄上! 私は、自分の相手は自分で選ぶぞ」


 ヴィオラが抗議した。


「なんだ? お前だってディオンのことを少なからず意識しているだろう?」


 と、アレクシスが彼女をジッと見つめる。


 また、あの心の底まで見透かすような視線だ。


「っ……!」


 ヴィオラが視線を逸らした。


「そ、そういうことを言うな。ディオンが迷惑しているだろう」

「いや、迷惑ということはないが」

「ほら、見ろ。俺は最初からお前たちがお似合いだと思って――」

「兄上っ……!」


 ヴィオラがアレクシスの言葉を即座に遮る。


「はは、少し言葉が過ぎたな。許せ」


 アレクシスは苦笑した。




 俺は二人との会談を終え、領地に戻ってきた。


 アレクシスやヴィオラの方で調査隊のメンバーを選定し、それが終わり次第、俺に連絡をくれるということだ。


 俺はローゼルバイト城の執務室でふたたび仕事をしていた。


 と、その日の午後に、ジュリエッタが訪ねてきた。

.96 ジュリエッタの不安



 王都での対策会議を終え、俺は領地に戻っていた。


 アレクシスやヴィオラの方で調査隊のメンバーを選定し、それが終わり次第、俺に連絡をくれるということになっている。

 それまでの間、俺はふたたび領主代理として、山積みの仕事に取りかかっていた。

 その日の午後に、ジュリエッタが訪ねてきた。


「ディオン、また危険な調査に向かうって聞いたんだけど――」

 応接室で出迎えると、ジュリエッタは俺の顔を見るなり、心配そうな顔で切り出してきた。

「私、その……心配で」

 彼女はうつむき、自分のドレスの裾をぎゅっと握りしめた。

 王家が主導する調査隊に参加することは、ヴィオラを通じて彼女の耳にも入っていたんだろう。


「大丈夫だよ、ジュリエッタ」

 俺は彼女を安心させるように、明るい笑みを浮かべてみせた。

「今回は王家の正式な調査隊だ。優秀な騎士や魔術師が同行してくれる。それに、この間の遺跡探索で一緒だった冒険者の人たちも参加するらしい。たとえ強力なモンスターが出たとしても、きっとあっさり倒してくれるさ」

 けれど、ジュリエッタの表情は晴れない。


「私、待ってることしかできない……」

 絞り出すような、か細い声だった。

「あなたのために、私も何かできたらいいのに……。いつも、あなたは危険な場所にいて、私はそれをただ待っているだけ……」

 彼女の無力感と俺を想う気持ちが伝わってくる。


「ありがとう、ジュリエッタ。君がそう言ってくれるだけで勇気が湧いてくる」

 俺は彼女の手を優しく握り、まっすぐに瞳を見つめた。

「君は俺にとっての勝利の女神だよ」

 ――歯の浮くような台詞だな。

 俺は内心でつぶやいた。

 前世の俺なら、絶対に口にできない言葉だ。

 俺は【人心掌握】のスキルを最大限に発動させ、自分の言葉にブーストをかけた。


「だから、安心して待っていてくれ。必ず、君の元へ帰ってくる」

「う、うん……」

 彼女はこくりとうなずいた。

 その頬が、ほんのりと赤く染まっている。


「なんだか……ディオンがそう言ってくれると、大丈夫そうな気がしてきた」

 固く握られていた彼女の手から力が抜けた。

 俺の言葉で不安を和らげることができたらしい。

「勝利の女神さまのお墨付きか。それならきっと無事に調査を終えられるよ」

「ディオン――」

 ジュリエッタがぎゅっと抱きついてくる。

 次の瞬間、柔らかい感触が俺の唇に触れた。


「ジュリエッタ……?」

 何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

 ジュリエッタにキスをされたのだ。

 彼女の強い想いが込められたようなキスだった。

 ゆっくりと唇が離れる。


「どうか、無事で――」

 彼女は、震える声でそう言った。

「あなたが、大切なの」


.97 ウェンディの成長1(ウェンディ視点)




 王立学院の広大な訓練場の一角。


 そこには真剣な表情で向かい合う二人の少女の姿があった。


 ウェンディとヴィオラである。


 二人の周りには訓練用の的がいくつも設置され、地面からは瑞々しい草や蔓が伸びている。


 これらはすべて、ウェンディの【植物魔法】によって生み出され、あるいは生長したものだ。


「ウェンディ、集中だ。魔力をもっと精密にコントロールするんだ」


 ヴィオラが厳しい表情でウェンディを見つめている。


「うん、ヴィオラちゃん」


 ウェンディは真剣な表情でうなずき、両手を前に突き出した。


 足元から数本の蔓が伸び、蛇のようにうねりながら訓練用の的に向かっていく。


 だが、的の中心をわずかに外してしまった。


「精度が完全じゃないな」


 ヴィオラが言った。


「途中で蔓の動きに乱れがあった……集中が途切れているんじゃないか?」

「うーん……そうかも」


 ウェンディが眉を寄せた。


「難しいな」

「練習あるのみだ。そうだろう?」


 と、ヴィオラ。


「そうだね。ヴィオラちゃんが、あたしの集中が乱れたタイミングを教えてくれるから、イメージしやすいよ」

「はは、私はその程度のことしかできないからな」

「ううん。ヴィオラちゃんがいて、助かってる。ありがと」

「素直だな、ウェンディは」


 ヴィオラが微笑んだ。


「私が男なら、お前を放っておかないぞ?」

「もう、何言ってるのよ、ヴィオラちゃん」




 しばしの歓談の後、また訓練に戻った。


「植物をただ操作するだけでは、駄目だ。お前の真の力はもっと上のレベルにあるはずだ」


 ヴィオラは首を横に振り、手にしていた分厚い魔導書をウェンディに突きつける。


 その古びたページには、複雑な魔法陣と古代文字がびっしりと書き込まれていた。


「上の、レベル……」


 ウェンディは息を切らしながら、その言葉を繰り返す。


 ヴィオラがこの特訓のために王家の書庫から持ち出してくれた、植物魔法の奥義が記された秘伝の書。


 そこに書かれている内容は、ウェンディが今まで学んできたものとは比較にならないほど高度で難解だった。


「【植物魔法】の神髄……この魔導書に書かれた通りなら、お前の力は――まだこんなものじゃない」


 ヴィオラがウェンディをまっすぐ見つめる。


「お前は調査隊の切り札だ。その自覚をもって励め!」

「う、うん、ヴィオラちゃん……!」


 ウェンディは唇をきつく結び、ふたたび魔力を練り始めた。


.98 ウェンディの成長2(ウェンディ視点)



 ヴィオラの厳しい言葉は、彼女への期待の裏返しだと分かっている。


 だから彼女の期待に応えたい。


 そして何よりも……ウェンディの胸には、この訓練を乗り越えなければならない強い理由があった。


(今度の調査にはディオン様も加わる……あたし、もっと強くならなきゃ)


 彼女の脳裏に、あの日のディオンの姿が鮮やかに蘇る。


 遺跡で恐怖に震える自分を力強い言葉と……そして、情熱的な口づけで救ってくれた優しくて素敵な少年。


(ディオン様をお守りするんだ……!)


 今度は、自分が彼を守る番だ。


 無力なまま、ただ守られるだけの存在ではいたくない。


 彼の隣に立ち、その力になりたい。


「はあああああああっ!」


 ウェンディの叫びとともに、彼女の体から淡い緑色の光が溢れ出した。


 その光は訓練場全体に広がり、地面の草花が一斉に輝きを増す。


 もはや数本ではない。


 地面から伸びる無数の蔓が、まるで統率された軍隊のように、すべての的に向かって正確に伸びていった。


 さっきまでの、ただの力任せの操作ではない。


 一本一本の蔓が、ウェンディの意思を完璧に反映し、的を傷つけることなく、それでいて決して逃がさない絶妙な力加減で拘束していく。


 さらに、彼女がそっと手のひらを掲げると、


 ポウッ……。


 柔らかな光が生まれ、訓練で傷ついた草花へと降り注いだ。


 光を浴びた植物は生気を取り戻し、以前よりも瑞々しく輝き始める。


「ほう……!」


 その光景を目の当たりにしたヴィオラが、驚きに目を見開いた。


 彼女の厳しい表情が、感嘆の笑みへと変わる。


「【広範囲植物操作】に【生命治癒の光】か。この短期間でここまで成長するとは……やったな、ウェンディ」


 ヴィオラは満足そうにうなずいた。


「ありがとう、ヴィオラちゃん」


 この力で、きっとディオン様の力になってみせる――。


 ウェンディは決意も新たに、彼との再会を心待ちにしていた。


.99 俺のトゥルールート(完)



 いよいよ『扉』の調査の日がやって来た。


 俺の隣には、錬金術師のセレスティアと天才騎士のバルゴ。そして、王女ヴィオラとゲームの主人公であるウェンディも同行している。


 さらに、王立騎士団の騎士や魔法師団の魔術師、さらにはベテラン冒険者たちも加わり、総勢30名の精鋭部隊となった。


「いよいよか……」


 俺は覚悟を決める。


 この先には戦いが待っているかもしれない。


 けれど必ず勝利し、俺の破滅フラグを完全に叩き折りたいところだ。


 そのために、俺は全力を尽くす――。




 調査隊はローゼルバイト領の奥深く、瘴気が渦巻く異空間の裂け目に到着した。


「ここが……」


 俺は鑑定を発動する。


「まさしく【魔創樹セフィロト】だ……」


 異空間の裂け目の向こうに、禍々しくも荘厳な巨大な樹木がそびえ立っているのが見えた。


 その姿はゲームで見たものと酷似していた。


 そして、その樹木の根元には巨大な『扉』が鎮座している。


「みんな、気を引き締めろ。ここから先は敵のテリトリーだ」


 俺の号令に、全員が剣や杖を構える。


「セレスティア、魔道具を頼む。各地の扉のパーツを統合するんだ」

「は、はい! ディオン様!」


 セレスティアがコンパス型の魔道具を掲げる。


 すると、その針が激しく回転し、扉のレリーフが刻まれた魔道具が淡い光を放ち始めた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 地面が揺れ、遠くの空から黒い光の粒が飛来してくる。


 それが扉に吸い込まれ、扉がゆっくりと形を成していく。


「始まった……!」


 俺は剣を抜き、セレスティアの護衛につく。


 ずずず……ずず……。


 扉の完成に比例して、瘴気が濃くなる。


 そして、扉の周辺から強力な魔物たちが次々と出現した。


 ――やっぱり、出たか。


 ゲームのシナリオの中には、扉の調査に向かうと魔物が大量に出てくるパターンがある。


 ただ、それも織り込み済みだ。


 ヴィオラに言って、今回の調査に騎士や魔術師を加えたのも、これがり中だからな。

 と、


「ディオン様、ここは僕が――俺が引き受けます」


 バルゴが前に出る。


 その顔には、以前にも見たことのある獰猛な戦士の光が宿っていた。


「はあああああああああっ!」


 バルゴが駆ける。


 その速度はまさに超絶――。


 魔物の群れに突っ込み、一撃で数体を両断する。


「な、なんて速さだ……!」


 他の騎士たちから驚きの声が上がる。


「バルゴ、無理はするな!」

「大丈夫です、ディオン様! 俺があなたをお守りします!」


 バルゴの剣が閃光となって魔物を屠っていく。


「私も加勢するぞ、ディオン」


 ヴィオラが剣を抜き、俺の隣に立つ。


「ヴィオラ、ありがとう。俺はセレスティアの護衛を続ける。援護を頼む」

「ああ、任せておけ」


 ヴィオラが魔物の群れに突っ込んでいく。その剣技は神速だった。一撃で魔物を切り裂き、その圧倒的な力で魔物の群れを押し戻す。


「負けていられないな……」


 俺も剣を振るい、セレスティアに近づく魔物を次々と倒していく。


 とはいえ、さすがに数が多い。


 中には傷を受ける騎士や魔術師も出てきていた。


 このままごり押しで来られると厳しいか……?

 と、


「【生命治癒の光】!」


 ウェンディの手のひらから柔らかな光が溢れ出し、傷ついた仲間たちを癒していく。


「【広範囲植物操作】!」


 地面から無数の蔓が伸び、魔物の動きを封じていく。


「すごい――」


 俺は息を呑んだ。


 ウェンディの魔法は、以前よりも格段に強力になっていた。


「よし、このまま封印作業を進めるんだ!」


 俺はセレスティアに指示を出す。


 だが、その時だった。


「グオオオオオオオオオオオオオッ!」


 扉の奥から、巨大な魔物が現れた。その姿は、ゲームのラスボスとして描かれていた『セフィロトの守護者』そのものだった。


「――大丈夫、みんながいれば」


 俺は周囲に向かって声を張り上げる。


【人心掌握】の最大ブーストをかけて。


「ひるむな! 俺たち全員の力を合わせれば勝てるぞ!」

「応!」


 バルゴが勇猛に応え、守護者に突っこんでいく。


 それを見て、騎士たちや魔術師たちが次々と攻撃を加える。


 守護者は強敵だけど、ブーストがかかったバルゴたちは、その力をさらに上回っている。


 激闘の果てに、ついに俺たちは守護者を倒した。

 そして――。




 扉の封印は大成功だった。


 ローゼルバイト領は英雄の地として名声を得た。


 ゲーム本編とは違い、『ディオン』の悪評は完全に払拭され、俺の地位は確固たるものとなった。


 領地改革はさらに加速し、ワイン事業は大成功。


 ローゼルバイト領は王国一の豊かな土地へと成長していった。


 そして俺はジュリエッタと正式に婚約した。


 俺としては彼女の自由意思に任せ、彼女が望むなら婚約を解消しても構わないという条件も提示したが、


「はあ? 何言ってるのよ! 私はあなたと一緒になりたいの! 今さら言わせないでよ、こんなこと!」


 とまくしたてられ、半ば押し切られるようにして婚約成立となった。


 やがては、俺の良き伴侶となってくれることだろう。


 ウェンディは聖女として名を馳せていった。


 セレスティアは宮廷錬金術師に匹敵するほどの才能を開花させ、俺の右腕として腕を振るってくれている。


 バルゴは俺から王国の騎士団に推薦し、そちらに務めることになった。


 やがて史上最年少の騎士団長となり、さらに剣技を開花させるのだが、それはまた別の話。


 ミリィの商業ルートは拡大し、クリスティナは領地の農業を支えてくれている。


 ルーシアはあいかわらず有能メイドとして、ローゼルバイトの家事を切り盛りしてくれている。


 俺は、前世では決して手に入らなかった『勝ち組』人生を謳歌していった。


 けれど、それは単に地位や裕福さによるものじゃない。


 俺の周りには大切に思える人がたくさんいる。


 それこそが本当の宝であり、勝ち組ってことなんだろう。


 そして、俺の物語はこれからも続いていく。


 もはや悪役ディオンの道はどこにもない。


 これは俺自身の新たな人生という名のトゥルールートだ――。

                          【完】

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敵国で最強の黒騎士皇子に転生した僕は、美しい姉皇女に溺愛され、五種の魔眼で戦場を無双する。


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